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それから、暫く後、表宮と裏宮、それぞれへ、書状が届いた。


一通は、劉備宛のもので、領内に不穏な動きがあり、平定を求める


官の声だった。


そして、もう一通は──。


「尚香様、兄王様からの正式な、書状でございます」


嬉しげに、侍女は書状を差し出した。


書かれていることは、ここにいる者は、わかっていた。


「さあ、この日が、参りましたよ」


せかす、侍女に、尚香は何故か気が重かった。この日を待っていたさずなのに──。


もし、孫朗と名乗り続けていたなら、これ程、気重になっていただろうか。


「姫様、尚香様!母上様がご病気ですぞ、それも、重篤な!」


書状には、そう、書かれてある、と、国を出る時、兄王より聞かされていた。


それを理由に、帰国せよと。できれば、その時──。


ああ、そうか。


と、尚香は思う。


この気重さは、あの、天真爛漫な笑顔を謀る事になるからだ。


しかし、自分に課せられている役目は、それ、であり、その為に嫁いで来たのだ。


「姫様、早速、帰国の嘆願を。この書状を見せれば、今の劉備ならば、二つ返事で許可することでしょう」


「ああ、わかった。……そして、後の繋ぎは頼む」


尚香は、口重に答えると、差し出されている書状を受け取った。


その頃、劉備は皆の反対を押しきって、自ら問題の地へ赴くと言い張っていた。


「書状が、無事に届くくらいだ。まだ、暴徒が現れ、動乱とまではなっていないということ。視察、で、構わぬだろう」


集まる官僚達は、当然ながら反対した。


罠かもしれぬ。


そもそも、何が起こっているのかもわからない。


そんな曖昧な書状に乗せられ、お出ましになるのか──と。


「だがな、私が出れば、収まるかもしれぬだろう?それに、名のある武将達は、各地へ出ておる以上、私しか、おらぬだろう?」


「お待ちください!」


趙雲が、声をあげ、自分が行くと、言い張った。


「だがな、ここは、どうなる?そして、仮に、現状が想像以上のものだったとしよう、さすれば、援軍を要請せねばなるまい。趙雲、お前には、残っていて欲しいのだよ」


柔らかな口調ではあるが、劉備には、それなりの覚悟がみられた

君主の責任、と、でもいったものだろうか。


その重層的な志向に、場にいる者は、結局、異を唱えることができなかった。


劉備が、部屋を出ると、尚香の姿を確認した。


きっと、話を聞いていたのだろうと劉備は思い、


「ああ、尚香殿、暫く、私は視察のために、ここを開けまする。すまぬが、兵の気が抜けぬように、しっかりと、鍛練を行ってもらえまいか」


と、尚香の機嫌をとってみた。


あの気性、共に行くなどと言われては、なんとなく、収まるものも収まらなくなりそうな、なによりも、敵国であった国から嫁いで来た姫を連れて行っては、余計な混乱を招くだけだろう。


劉備は、平定を優先することを思案していた。


そして、何か、一言二言かえってくるものだと、身構える劉備に、一通の書状が手渡される。


何事かと、中身を改めて見ると、尚香の母が重篤な病であると、書かれてあった。


「国へ、いえ、宿下がりを……できましたなら」


「ええ、もちろん、お母上のお側に、おられた方が良いでしょう。きっと、尚香殿のお顔をみたら、お元気になりますよ」


劉備は、二つ返事で、国元へ帰ることを承諾した。


空々しい、取って付けた言葉も、何故か、劉備が語ると、心のこもった物に変容する。


心から尚香の母の容態を気にして、なおかつ、妻である、尚香のことも気を配る、なんと繊細な男だと、思いつつも、尚香は劉備に対して申し訳なく思っていた。


それが、謀っているからか、それとも、幾ばくか、夫婦という時を過ごしてきたからなのか……。


いや、やはり──。


「おお、その様に、気落ちせず。きっと、良い方向へ向かいますよ。どうか、こちらのことは、考えず、お母上が落ち着かれるまで、国元でお過ごしなさい」


劉備は尚香へ、優しく声をかけた。

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