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「王よ!」「父上!」「いやよ!私の王よ!まだ行ってはだめよ!!!」国王は非常に病弱であった。そんな国王を流行病が連れ去ってしまったのだ。
国は変わった。女王の独裁政治が始まったのだ。
チャトラは次期女王になることが決まっていたが、娘に甘かった国王は教養をつけるための姫教育を、嫌がるチャトラを自由に育ててきた。女王はそれを酷く嫌がっていたようで、20年分の躾が濁流のようにチャトラに押し寄せた。
チャトラから、自由と、
マールが奪われた。
別れ際チャトラはマールの耳元で言った。
「離れても忘れずに、毎月15日の夜私の部屋の窓辺で待っているから…かならず…」
マールは城を追い出された。行くあてはなかった。ひたすら悲しみにくれ、愛する人に会えない苦しみを抱えながら当てつけのように託された金を少しづつ削り、何とか留まれた城下町の宿で住み込みで働くことになった。
そしてふたりの運命が分かたれた1年後の15日。
マールは約束を果たそうと美しい首飾りを持って窓辺に現れた。
窓辺には少し痩せてより可憐になったチャトラがいた。
まるで月のようだった。
チャトラはこちらに気がつくとにこりと微笑んだ。
「やっと来てくれたのね?マール。」
「チャトラ様…。1年も続けてくれていたのですか…?私は…もしやしたらもう忘れてしまっているかと…。」
「そんなわけないでしょう?忘れずにと言ったのは私なのだから、忘れて許されるはずが無いもの。それに、あなたが忘れるはずがないとも思っていたわ。少し肌寒い日もあったけれどもね?」
とからかうように微笑んで見せた。
「すみません。けれど確かに貴方様のことを1日たりとも忘れたことはありませんでした。毎日毎日貴方様のことを思って日々過ごしておりました。これを…!」
月明かりに照らされキラキラと光る首飾りは宙を舞い、ベランダから差し伸べられたチャトラの手に渡る。
「これを私に…?」
「えぇ、あなたを愛するこのマールからのささやかな贈り物でございます。また次来れるのもいつか分かりませんから。けれど必ず逢いに来ますから、それまでその首飾りを私めだと思ってくだされば…!」
「マール…うれしい。私凄く嬉しい…!」
星ほど美しい涙が2人の頬を流れる。離れて尚、二人の愛は証明されたのだ。月明かりは少し冷たくされども二人の愛の証人となって優しくふたりを照らしている。
首飾りの水晶は二人の涙の結晶のように輝く。
またたく間に時は過ぎる
「チャトラ!!!!何をしているの?まだ寝ていないの?!!」
女王の怒号だ。
ハッとしたチャトラは名残惜しそうに手を振って窓を閉めた。
パシンッ……
窓越しに乾いた音がひとつ、炎のような怒りの声が二つ三つ…マールは見つからないうちに城を去るしか無かった。自由を生きる自分の罪悪感が四つ。それらにマールは耳を塞ぐことしか出来なかった。
程なくして国に幸せな知らせが広がった。
「チャトラ姫が結婚するらしい!」
「あの美しい姫がねぇ!」
「いやぁ嬉しいねぇ!」
1人を除いて、全ての国民がその知らせを祝福した。そう、マール1人を除いては。
あの首飾りを渡した日からほとんど毎月、15日は姫と元随伴の愛の密会が開かれていた。
しかしそれも一年がたとうとしていた頃、窓越しに見えたのはいつもとは違う情景だった。部屋の中には3人。
1人はチャトラを押さえ付け。
チャトラは泣き叫び。
1人は嬉々として花を貪っていた。
泣き叫びながら犯されている大輪の花。ぼとぼとと音を立てて、花弁が散っていく。けれど目が離せなかった。
微かに目があった。
「あいしてる…」
確かにそう言った。
マール逃げ出した。気づけば宿に戻っていた。無我夢中で走っていたため、足は切り傷だらけで所々服も破けていた。
マールは燃え盛るように泣いた。じっとりと濡れる感触は頬だけではなかった。
『王女様がご懐妊したそうだ!』
その知らせはあの日からそう遠くない時期に広まった。
マールの足はゆらりと城へ向かった。
その日何回目かの15日の夜だった。
気づけばマールはチャトラの部屋にいた。
チャトラの部屋はかつてとは違い、赤子用のベッドやおもちゃがずらりと並んでいた。どれも青色や王冠などのデザインで、孕んだ子が男児であることは容易に想像できた。
あぁ、これは当てつけなのか。
恨めしかった。私が男だったなら彼女の花を散らすのは私だったのかもしれない。できるなら彼女と交合い、孕ませ、その愛の結晶をどこか静かな場所で大切に大切に愛でていたかった。自らの邪な気持ちにはとうに気づいていた。本当の意味で彼女を愛していた。
『Nessun dorma! Nessun dorma!
Tu pure, o, Principessa,
Nella tua fredda stanza,
guardi le stelle
Che tremano d’amore e di speranza!
Ma il mio mistero è chiuso in me,
Il nome mio nessun sapra!
No, no, sulla tua bocca lo diro,
Quando la luce splendera!
Ed il mio bacio scioglierà il silenzio
che ti fa mia!
Dilegua, o notte!
Tramontate, stelle!
Tramontate, stelle!
All’alba vincero!
Vincero! vincero!
Nessun dorma! Nessun dorma!
Tu pure, o, Principessa,
Nella tua fredda stanza,
guardi le stelle
Che tremano d’amore e di speranza!
Ma il mio mistero è chiuso in me,
Il nome mio nessun sapra!
No, no, sulla tua bocca lo diro,
Quando la luce splendera!
Ed il mio bacio scioglierà il silenzio
che ti fa mia!
Dilegua, o notte!
Tramontate, stelle!
Tramontate, stelle!
All’alba vincero!
Vincero! vincero!』
(誰も寝てはならぬ!
誰も寝てはならぬ!
御姫様、あなたもです
冷たい寝室で、
眺めているのか、星々を
それは愛と希望に打ち震えている
然し私の秘密は胸の内に閉ざされたまま
誰も私の名前を知ることはできない!
いいえ、しかしあなたの唇に告げましょう
陽の光が輝くときに
そして、私の口付けが溶かすでしょう
その沈黙を そして、あなたは私のものになる。
誰も彼の名前を知らない…
ああ私たちに必ず、死が訪れる。
おお、夜よ消え去れ!
星よ色あせろ!
星よ色あせろ!
夜明けに私は勝つ!
私は勝つ!
私は勝つ!)
(引用:誰も寝てはならぬ/https://classic-fan.com/nessun-dorma/)
這いずるように廊下を歩いた。
半開きになった本棚の裏、秘密の扉は手を差し伸べている。
そこには美しい母がいた。私がここに来ることをわかっていたように、聖母のようなほほ笑みを向けながら佇んでいた。
深く深く愛するものに口付けた。
かつて共に過ごした秘密の部屋で。
本能のままに交合った。
折れた刃は私の誇りだった
私の誇りから滴り落ちるは愛した者の生きた証。
秘密の部屋で最後の密会。
あぁそうだあの時姫はこうも言っていた。
「王様にはね、ときには身分を忘れて安らぐ場所がいるんだって。だからここは王様専用なんだって!すごいよね!私知っちゃった!」
姫よ。それはきっと王からの言伝だったのだ。
『お前にも必要になる。お前も王になるのだから。』
と。優しさではない。呪いの怨嗟だ。
けれどもそんなものは我らが名のもとには関係の無い事だ。
安らぐ場所で安らかに。命の灯火が消えゆくと共に少しづつ夜が明けて行く。月が沈んでゆく。
今なら言えるだろう。私たちが何なのか、私たちの名前は何なのか。それは紛れもなく暖かな日差しであり、希望であり。安息である。
きっとこの名を、『愛』と言うであろう。」