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◇◇◇
「また動き出すぞ!」
「どうにかできんのか!?」
「無理だ、デカすぎる!」
仰向けに倒れたまま沈黙していた巨大ゴーレムであったが、少しの間を置いた後に腕を支えにしながらゆっくりとその巨体を起こそうとする。
周囲に集まった戦士たちも何とかそれを食い止めようと食い下がるが、ゴーレムはそれを意にも返さない。
――そこに小さな少女が栗色の髪を風になびかせながら躍り出た。
聖教団所属を示す制服を身に纏った彼女はマントを翻しながら、ゴーレムの体を支える手の甲に鉄槌を打ち込んだ。
人間たちがいくら攻撃しても傷ひとつ付けられなかった装甲が大きく歪む。
「効いているぞ!」
驚愕と歓喜の声が占める割合は半々だ。
しかし、ダンゴの顔は少々険しい。
(くっ、止められない!)
支点となる部位を破壊できなかったため、ゴーレムが足を地面にしっかりと踏み込ませてしまうことを阻止できなかったのだ。
「キミたちは離れて!」
ダンゴが周囲へ呼びかけると、冒険者たちが慌てて散らばりながら距離を取る。
そしてそれと入れ替わるように、シズクがローブをはためかせながら地面へと降り立った。
彼女は着地と同時に声を張り上げる。
「ダンゴちゃん、動力源のコアを破壊するよ! それがゴーレムの弱点!」
「シズク姉様! そのコアってどこにあるの!?」
「魔力が一番集まる場所だから……砲門のさらに奥のはず!」
そう言われて、ダンゴはほとんど起き上がりかけているゴーレムの腹部を見遣る。
だが困ったことに砲門は既に硬い装甲の奥へと覆い隠されてしまっていた。
「見えないよ!」
「また砲撃動作を見せてくれればいいけど……最悪、装甲を引き剥がすしかないかも……!」
そう口にしたシズクの表情は渋い。
相手に接近を許している状況下でゴーレムが弱点を露出させる可能性は限りなく低いということが容易に想像できるからだ。
「だったらこれで!」
杖の形をしたままのイノサンテスペランスを掲げると、それから10秒ほどで巨大ゴーレムの真上にその巨体が誇る胴体部分とほぼ同サイズの巨岩が現れる。
これで相手を押しつぶそうというのだが、鋼鉄の巨人は腕を振り被って応対する。
重力に従って落下する巨岩に剛腕が激しくぶつかり合った。
――勝負に敗れたのは巨岩の方だ。衝撃により粉々に打ち砕かれたそれは周囲に破片を散らす。
対して、ゴーレムの腕には僅かな損傷しか見られなかった。
「まずい! ダンゴちゃん、魔法を魔素に還元して! このままじゃ街に被害が出る!」
「ッ!」
姉の言葉を受け、ハッとした表情を浮かべたダンゴは急いで魔法で作った巨岩を分解する。魔力で形作られたそれは次第に空気に溶けるように消えていった。
彼女はそのことで安堵の息を吐こうとしたが、ゴーレムが動き出している事実に表情を引き締める。
ダンゴは警告してくれたシズクへと簡易的な礼を告げた。
「ありがとう、姉様!」
「ううん。でもこれ以上はやめておいた方がいいね。ここからは正攻法で行こう! 悔しいけど、あたしの魔法じゃ効果が薄いからダンゴちゃんの力が頼りだよ!」
「うん! 任せてっ!」
ダンゴがイノサンテスペランスを大きな鉄槌へと変化させる。これで巨大ゴーレムを打ち砕こうというのだ。
彼女はまっすぐゴーレムに向かって駆け出し、その後ろで杖を構えたシズクが叫ぶ。
「胴体への集中攻撃! サポートするから、あたしの魔力を感じて!」
そう言うと、彼女はダンゴの背中に狙いを定めて水流を放った。
「乗って!」
そして、それを感覚でも感じ取ったダンゴは振り返らずに叫ぶ。
「どうやって!?」
「魔力の波長を近づけるの! 感じるでしょ、できるはずだよ!」
「シズク姉様の魔力……!」
シズクは自らが生み出した水流をダンゴの足場にしようというのだ。だがそれは自然界に存在する水の上を走るのとでは訳が違う。
自然界のものと違い、シズクの魔法により発生した水は魔力の塊だ。
当然、波長の異なる魔力と接触すれば反発が起こる。
だが限りなく波長の近い魔力同士なら互いが溶け合うように作用し、安定した足場として利用することだってできるのだ。
通常は相手の魔力の波長を瞬時に読み取ることは非常に難しく、さらに自分の波長を操作することもまた難しいのだが、彼女たちは魔力の扱いに長けた種族だ。
シズクが意図的に分かりやすい波長をダンゴに示したのもあるが、これらを感覚的に実行してみせるだけの能力はダンゴにもすでに備わっていた。
「一か八かだ!」
「大丈夫だよ、ダンゴちゃんなら!」
その場で跳躍したダンゴは己のブーツの表面に魔力の層を作り出した。
直後、勢いを増した水流がダンゴの魔力と接触する。
「うわっ!?」
流れに攫われそうになったダンゴの体が傾く。波長を上手く合わせ切ることができなかったのだ。
だが、その光景をシズクは冷静に見つめて対処する。
「ダンゴちゃんの波長……」
今度は逆にシズクの方からダンゴの波長に合わせに行き、調整を行う。
するとダンゴの足が数センチほど水流に沈み込んだところで安定した。
「乗れた!」
この状態ならダンゴは自由に……とは言えないが、疑似的に空の上を高速で移動することができる。
それに悪いことだけではない。飛行と比べた際の利点として、この水流は足場として利用できるため、踏み込みを入れることも可能であるという点がある。
接近してくるダンゴに対して巨大ゴーレムは腕を振るうことで迎撃を試みるが、巧みに水流を操るシズクはその振るわれた腕の下を潜り抜けるようにダンゴを移動させた。
すると目標である胴体はダンゴの目の前に現れる。
ダンゴはその絶好の機会を逃さない。
水を足場として踏み込み、飛び出した彼女は水平方向に回転して勢いを付けながら、巨大な胴体に向かって鉄槌を振り抜いた。
――激しい衝撃音と共に巨大ゴーレムの装甲が僅かに歪む。
そして勢いを失い、徐々に落下を始めるダンゴの体は反撃が繰り出される前に、水流によって拾い上げられた。
「重さを上乗せできないから威力が……っ!」
角度の関係上、立っている巨大ゴーレムに対して目標である砲門が隠されている装甲を攻撃しようとすれば必然的に武器を水平方向に振り抜く必要がある。
だが、それでは眷属スキル《グランディオーソ》によって硬度は自由に増強できても、質量の操作に関しては制限が課される。
これが仮に垂直方向であれば重力に従って振り下ろせばいいのだが、それを狙うには相手が直立状態では不可能だった。
「どうにかして――ッ、コイツ!」
次の攻撃のチャンスが巡ってくるまで、必死に頭を働かせるダンゴが巨大ゴーレムの動きの変化に反応する。
ゴーレムは動き回るダンゴを追うのではなく、地上に向かって拳を叩きつけたのだ。
「シズク姉様!」
そこは丁度、先程までシズクが立っていた場所だった。
息を呑むダンゴだったが、自分が未だに水流に乗って移動していることに気付いて呑んでいた息を吐いた。
煙が舞う地上から小さな水の球が幾つも現れ、煙の中から飛び出したシズクがその上を飛び移っていく。
彼女はゴーレムから少し離れた建物の屋根に飛び乗ると、杖を構え直して水流の操作を続ける。
――そしてこれは期せずして訪れた転機だった。
地面に腕を振り下ろしたゴーレムは前傾態勢となっている。
この角度であれば、全力とまでは行かないが十分な質量を乗せた一撃を相手の背後からぶつけることができる。
先ほどまで攻撃していた位置とは違うため、また最初に振り戻される形となってしまうが、少しでもダメージを蓄積させるべきだと判断したダンゴとその考えを汲んだシズクによって、水流はゴーレムの背後から急速に接近していく。
そうして絶好のタイミングで、ダンゴが空の上へと跳び出した。
「がら空きだぁ!」
鋼鉄同士の衝突により、突風が生じる。さらにゴーレムの体を伝達した衝撃により、地面も軽く揺れた。
そこまでの威力を発揮する攻撃であったが――効果のほどは芳しくない。だが確実に効いてはいるのだ。
ダンゴが再び水の上に飛び乗った時、ゴーレムからの反撃が飛んでくる。
幸いにも振り向き様に振るわれた剛腕は宙を切る結果に終わったが、その影響で風が吹き荒れたため、一時的に水の流れが不安定になってしまう。
そのため、一度距離を取ることを余儀なくされたダンゴがゴーレムの様子を窺っていると、その足元に数多の人影が動いているのを見つけた。
再度、ゴーレムへと接近したダンゴは地上にいる彼らへ向かって叫ぶ。
「キミたち、何やってるんだ! 離れていてって言っただろ!?」
ゴーレムの足元に集まっていたのは、ダンゴの呼び掛けで散らばっていった冒険者たちだった。
彼らは小さな少女からの問い掛けに対して、何かしらの作業を続けたまま答える。
「へっ、それは無理な相談だな!」
「こいつの言う通りだ! 女の子を前にして腰が引けちまっていたら、男が廃るってもんだ!」
「それにコイツを倒したら報酬がたんまりだろ!? アンタらに独占されるのは気にくわねぇぜ!」
男の言葉に周囲が同意を示す。
下品な笑い声がダンゴの耳に届くが、彼女の顔には自然と笑みが浮かんでいた。
「キミたち……うん! 一緒に戦おう!」
「報酬は山分けだからな!」
「キミたちがちゃんと頑張ったらね!」
彼らの強い意志を感じ取ったダンゴは再び空を駆ける。
足元の冒険者たちなど大した脅威ではないと判断したのか、ゴーレムが狙ってくるのはダンゴただ一人だ。
「シズク姉様! 真っ向勝負だ!」
声を張り上げたダンゴは自分の要望を姉へと伝える。シズクもまた水流を操ることで彼女に応えた。
ダンゴを乗せた水流はゴーレムの正面へと回り込んだ時、その勢いを急激に増す。
それとほぼ同時にゴーレムの足元が爆ぜた。
「地面を崩せ! こいつにもう一度ここの土を舐めさせてやれ!」
巨大な両足の踵部分に当たる地面が同時に崩れ、ゴーレムの巨体が後ろへと傾く。
ダンゴを迎撃しようとしていたゴーレムであったが、体が傾いたことでその腕は宙を切った。
そして肉薄したダンゴは今出せる全力の一撃をゴーレムの胴体へと叩き込む。
だが――。
「足りない!」
衝撃でゴーレムがさらに傾くが、踏ん張られたことで転倒するまでには至らない。
そこに追撃を仕掛けるように迸る激流がゴーレムを襲った。一度、ゴーレムを転倒させた時よりも弱いがそれでも相当な圧力を与えるものだった。
しかし、その時はゴーレムの砲撃による強大な反動に合わせていたため転倒させることができたが、今はその助けはない。
やはり、この一撃でもまだ足りていなかった。未だに激流がゴーレムを襲うが、鋼鉄の巨人は踏ん張り続けている。
その時、激流に烈火の炎が加わる。だがそれだけではない。闇や風といったあらゆる色が街中から巨大ゴーレムへと殺到する。
「……無駄には、させない!」
アンヤもまたゴーレムのそばに駆け付けると、実体化させた影を何重もその巨体に巻き付け、後方へ向かって引っ張りはじめた。
そして最後の一押しとなったのは遥か彼方から襲来してきた一筋の稲妻だった。
――ゴーレムが今、轟音と共に倒れる。
人々の大きな歓声が街を包む中、それに決して掻き消されないほどに美しい音の調が響き渡った。
その場にいる誰もがその音の発生源を探し始める。そしてそのうちの1人が空を指させば、全員の視線がそこに集まっていく。
ハープを奏でながら、少女が紡ぐ歌が街を包み込んでいる。
そしてその少女とは別にもう1人の少女が空から降下してきた。地上から空を見上げていたダンゴもまた、その少女を捉える。
「主様!」
「ダンゴ! 私たちのハーモニクスで!」
上空から地上へ手を伸ばすユウヒに対して、ダンゴもまた地面の上から空の上へと手を伸ばした。
◇
「デュオ・ハーモニクス!」
倒れるゴーレムを前にダンゴとのハーモニクスを無事に成功させると、周囲の人々から驚愕の声や歓声が聞こえてくる。
それらの言葉を背に私はハンマー型のイノサンテスペランスを両手で構えた。
空の上からは依然としてノドカの歌が聞こえてくる。
私はノドカとのデュオ・ハーモニクスで街の上空に飛んできて、そのままハーモニクス状態を解除、こうして地上でダンゴと合流した。
私の役割はダンゴとのデュオ・ハーモニクスでゴーレムに止めを刺すこと。
ノドカの役目は眷属スキル《カンタービレ》による私たちへの支援だ。
「ダンゴ、マスター! 決めてください!」
私たちとは別にこの街へと戻ってきていたコウカが振り向き様にそう叫んだ。
その声を受け、私はイノサンテスペランスの感触を確かめながら強く握り込む。魔素が集まっているおかげで魔法も眷属スキルもより強力な状態で扱える。
それに街をこんな状態にしたゴーレムを残しておくわけにはいかないんだ。
『やろう、主様。これ以上、アイツには何も壊させない』
ダンゴが思い出しているのか、彼女がこの街に戻ってきてから経験した様々な記憶が私の頭にも流れ込んでくる。
この子の抱いた想いも、傷付けられた心も……凄惨な光景も何もかもが。
――より一層、このゴーレムのことを許せなくなった。
1歩ずつゴーレムへの歩みを進めるとともに魔力を高めていく。放つのは最大の攻撃だ。
私は霊器を大きく振りかざす。
「一撃だ――【ガイア・インパクト】!」
ダンゴが教えてくれた通り、狙いは若干凹んでいる胴体部分だ。そこの奥にこのゴーレムの動力源があるはずなのだ。
「うおぉぉっ! 砕けろッ!」
振り下ろしたハンマーが胴体に打ち付けられた瞬間、衝撃が突風となって街の中を駆け抜ける。
だがそれだけではない。霊器からゴーレム、ゴーレムから地面へと伝わっていった魔力によって、一瞬にして地面がクレーター状に陥没する。
当然その衝撃はゴーレムにも伝わっており、黒い装甲は衝撃に耐え切ることができずに拉げ、衝撃は心臓部まで到達する。
そして奥にある何かが壊れる確かな感触が私たちに伝わってきた。
「やった!」
私とダンゴはそれぞれ、同じことを叫んでいた。これでもう、このゴーレムによって悲劇が引き起こされることはない。
……そう思っていたが、すぐにそれが間違いだと悟った。
動力源を破壊したのにもかかわらず、ゴーレムの奥で魔力が膨れ上がっていっているのだ。
一体何が起こったのだと考える前に、焦った様子のシズクが建物の上から飛び降りてきて声を張り上げていた。
「動力が暴走してる! そのままじゃ爆発しちゃう!」
「えっ!?」
爆発、という言葉に私は咄嗟に飛び退くことでゴーレムから離れた。
だが私の中のダンゴがすぐに次の行動へと移ろうとしたので私もそれに追従して杖へと変形させたイノサンテスペランスに魔力を込める。
この状況では壁を作ることくらいしか爆発を防ぐ手立てはない。
「くっ、間に合って!」
ゴーレムの魔力は凄まじい勢いで膨らんでいる。このままでは街の大半が火の海になってしまうのは疑いようがない。
私たちだけを守ること自体はすぐにでも可能だし、コウカはこの瞬間にも街から離れることができるだろう。
しかし、人々を見捨てることなどダンゴが望んでいないのだ。
『あの人たちに託されたんだ! だからもう絶対に見捨てるもんか!』
ダンゴの強い想いに私も突き動かされる。
みんなも私ほどしっかりとダンゴの意志を確認できるわけではないだろうに、爆発から人々を守ろうとそれぞれが必死に頑張ってくれている。
「シズ、爆発魔法を使うわ! フォルティデスを!」
「うん!」
駆け付けてきたヒバナはシズクに助力を仰ぎ、適性の低い爆発魔法で何とか爆発を相殺しようとする。
そしてノドカもまた、歌いながらゴーレムを囲うように風の結界を張ってくれる。衝撃には弱いが、無いよりも断然あった方がいい。
「衝撃が来ます! 態勢を低くしてください!」
コウカはその自慢の足を活かして、注意喚起をして回ってくれる。今は遠くにいる人に伝えに言ってくれたのかその姿は見えなくなってしまった。
だが、それでも足りない。
このままのペースではどのみち間に合わない。私たちにできるのは祈ることだけだ。
――そんな時だった。
「ダメ……ダメ!」
「アンヤ!?」
叫ぶと同時に私たちの横を駆け抜けていったのはアンヤだ。
ゴーレムに向かってまっすぐ走っていくアンヤの伸ばした右腕が風の結界へと触れる。
その直後、風の結界が最初から何もなかったかのように完全に掻き消えた。
「ダメッ!」
そしてアンヤはそのまま右手でゴーレムの体へと触れる。
その一瞬、アンヤの右腕がブレるような錯覚を見た気がした。
――静寂が場を支配している。
最初に声を出したのはそれぞれの霊器を連結させて魔法を放とうとしていたヒバナとシズクだ。
「ぇ……止まった?」
「どうして……」
彼女たちと同様に私とダンゴも状況を飲み込めていない。
アンヤがゴーレムの体に触れたかと思えば、その中で膨らみ続けていた魔力が徐々に減少し、数秒ほどで完全に消失したのだ。
それと同時にゴーレムの体も崩壊を始める。
「アンヤがやったの……?」
タイミング的にそうとしか思えなかった。
爆発の危機が去ったことで街中から歓声が上がり、私たちを讃える声が数多く聞こえてくるが私としては釈然としない思いだった。
私の知る限り、アンヤにあんなことができる力は今までなかった。かといって進化したのかというとそうではない。あの子の姿は変わっていない。
私たちの視線はこちらに背を向けたまま自分の右手を見つめたまま動かない彼女へと集中する。
その後、アンヤはその力について尋ねる私たちに対して、「……わからない」としか答えなかった。
◇
ゴーレムを倒した後、私たちは救助活動を行った。
戦闘は無事に終わったが、街は4分の1ほど崩壊してしまっている。
だがその救助活動の中で、ダンゴが見捨ててしまったと思っていた人々が無事であったことが発覚した。
どうやら、あの子が去り際に彼らを守るために使った魔法のおかげで冒険者たちの助けが間に合ったようだった。
そして彼らを助けたその冒険者というのがアルマたちだと言うのだ。ヴァレリアンに抱えらえた小さな子供にお礼を言われたダンゴは唯々嬉しそうだった。
――だが、救助活動を続けるほどにその笑顔も陰りを見せていく。
「……あの人たちの想い……こんなにも取りこぼしちゃった」
目の前の広場ではその一面が、この戦闘によって亡くなってしまった人たちの遺体で埋め尽くされていた。
俯くダンゴにヴァレリアンがそっと語り掛ける。
「お前は諦めずに頑張ったんだ。それで結果が上手くいかないことなんて……人生ではしょっちゅうだ」
「でも……」
依然として、ダンゴの顔は暗い。
納得していない彼女に対して、ヴァレリアンは更なる言葉を紡ぐ。
「希望があれば、人はまた立ち上がれる」
「え?」
虚を突かれたような声を上げるダンゴに対して、今度はアルマがその目の前にしゃがみ込み、微笑んだ。
「誰も君が守ってくれなかったなんて思っちゃいないさ。感謝はすれど、恨みなんかしない。君は守りたいという想いを無駄にせず、ちゃんと守って未来への希望を残した。だから胸を張って前を向くんだ、小さなヒーロー。君はこの街の人にとって希望を与えてくれるヒーローなんだよ。ヒーローが暗い顔をしてちゃ、皆が不安になるだろ?」
アルマの言うことは誇張でもなく、事実なのだ。
戦いが終わった後、色々な場所で私たちは感謝の言葉を受けた。
それは私たちに対してでもあるが、多くの人によってその頑張る姿を見られていたダンゴにはより一層、強い感謝を抱いているようだった。
「私たちがやろうとしてたこと、あの人たちに取られちゃったわね」
「まあ~いいんじゃないですか~? ダンゴちゃんが~笑顔になったなら~」
「ま、それもそうね」
ダンゴはもう暗い顔をしていなかった。
ヒバナやノドカをはじめとして、みんながダンゴのことを優しく見守っている。
――もう大丈夫そうだ。
私もホッと息を吐いた。亡くなった人たちのことは本当に残念だが、これはそんなこともあり得てしまうような戦いなのだ。
今回はそれを再認識する結果となったが、かといって暗い気持ちを引き摺ってしまえばこれからも耐えられないだろうし、悪影響を及ぼすことにも繋がるだろう。
だから割り切ってもらうしかない。私もそうするつもりだ。
「親より先に死ぬ子供がいるか……どうしてなんだ……っ!」
「一緒に世界一美味いレストランを開くんじゃなかったのかよぉ!」
「母さん……起きてよぉ……」
死んだ人はいつも悲しみしか遺さない。
でも、あの子たちは大丈夫なはずだ。みんなはずっと一緒にいてくれるはずなのだ。
……手のひらに感じるのは、ペンダントが強く食い込んだことによる痛みだ。
――大丈夫だから、みんなは大丈夫。
◇
巨大ゴーレムが街を襲撃してから今日で2日目。
私たちはこの地域における最後の魔素鎮めを終えた。
「ふぅ……これで風の霊堂に関してはひとまず大丈夫かな」
異変さえ起こっていなければ邪魔が現れることはまずないだろうから、私たちもこの場所を離れることができる。
「アリアケ様、魔素鎮めお疲れさまです」
「あぁ、ありがとうございます」
この2日、私たちと行動を共にしていた聖教騎士の1人が労いの言葉を掛けてくれたので私も言葉を返した。
「次はどちらへ?」
「まだ決まっていません。取り敢えず教会へ行って、異変が特に酷い場所へ向かおうと話していました。聖教騎士団の方たちも国へと撤収するんですか?」
「いえ。我々は一部の戦力を除き、霊堂やテサマラの防衛に残ることになっています。霊堂の位置が明るみになった以上、聖教国でのこともありますから」
彼の顔が固くなる。恐らく、聖教国の聖都ニュンフェハイム襲撃のことを思い出しているのだろう。
あの襲撃は予兆も何もなかった完全な奇襲。その原因として最も有力なのが四邪帝のうちの1人による大規模な転移魔法だ。
魔力消費という大きな制約が課されているとはいえ、そんなものを相手側が手段として持っているというのであれば、安全な場所などどこにもないことになる。
「どんどん人手が足りなくなってきますね……」
「ええ、本当に。要所以外が後回しになっている現状が本当に歯痒い」
そう言うと彼はギュッと拳を握りしめた。
要所となるのは残り6つの霊堂と聖都ニュンフェハイム、次点で各都市といったところだ。
戦略的な価値の低い小さな町などへ回せる戦力は本当に乏しい。それでも彼らは自分たちができることを精一杯頑張るのだ。
私はダンゴと話している王国の兵士を見遣る。
「ボクたちは行っちゃうけど、キミたちも街の復興、頑張ってね」
「任されよ。諸君らが紡いでくれた希望。決して無駄にはしないとこの胸に誓おう」
彼らの目は曇っていない。きっといつか来る平和な未来を信じているんだ。
それだけ彼らも救世主という存在に希望を見出し、期待してくれている。
そうして私たちはテサマラに戻り、教会へと向かった。
だがそこで教会の人間から驚愕の事実を告げられることとなる。
「エストジャ王国、それにゲオルギア連邦までもが襲撃されている……!?」
エストジャ王国やゲオルギア連邦において、複数の都市が今まさに襲撃を受けているというのだ。
そのうちのエストジャ王国には確か水の霊堂もあったはずだ。
最悪なことに襲撃を受けている国々はここからだと大陸の反対側に位置する。とてもじゃないが数日で向かうことなどできはしない。
どうやら襲ってきているのは大量の邪魔だそうだ。その中に邪族がいるのかは未だ不明らしい。
実際は既に判明しているのかもしれないが、遠く離れた場所から情報が届くまでにも時間が掛かるのだ。
「聖教国からは竜騎士団が向かったとのことです」
「なら、私たちもこのまま援軍として向かえばいいんですね」
「ええ。ですがまず、救世主様御一行は一度ニュンフェハイムに戻ってきてほしいとのことです」
どのみち、東に向かうには聖教国の近くは通ることになる。戻って来いと言われたのなら戻るべきだ。
それに私もティアナに聞きたいことがある。プリスマ・カーオスが語っていたことについてだ。
私はティアナやミネティーナ様を信じることにしたが、あの少女が語ったことすべてが嘘だとは思えない。
迷いなく戦うためにも、どこまでが真実だったのかはハッキリさせておきたかったのだ。
「ああ、それとコウカ様宛に本部からお荷物が届いておりますよ」
「荷物?」
「はい。何でも急いで届けたいというティアナ様からのご要望でして」
結局、その荷物については何も明かしてくれないまま教会の職員が包みを持ってやってくる。
そしてその中身はというと衣服だった。
「騎士団の制服に似てる……」
コウカが手に持って広げているその服を見て最初に思ったのがそれだ。
だが似ているといってもそれは全体的な意匠の話で細部に関して言うと多分、違う点も多いように見受けられる。どちらかというと私とダンゴが着ている物に近いだろう。
「もしかして、これって」
「コウカ様が今後ご活動されるにあたっての制服だと我々は聞いております」
つまり、私やダンゴと同じというわけだ。
前に別の教会で採寸を受けていたのはこのためだったらしい。進化して体が成長したコウカに合わせて作り直してくれたのだろう。
「早速、着替えてきます!」
コウカが意気揚々と制服を抱いて職員の案内の元、奥の部屋に入っていった。
そうして戻ってきたコウカの服装は当然ながら大きく変わっていた。
白とローズゴールドが大きく主張しているのは聖教団関連の制服と共通だが、コウカの物独自の特徴として挙げられるのはペリースと呼ばれる左の肩から流れるように垂らされているマントだろう。
あれは聖教騎士団の制服にはなかったはずだ。もしかすると式典などでは使うのかもしれないが、コウカの制服には最初から備え付けられているらしい。
聖教騎士団の人たちは戦闘においてあの制服ではなく鎧を身に纏うが、コウカが受け取った荷物の中には鎧も手甲等も見当たらなかった。
つまり、あれは公的な場でも戦闘でも使用することを考えられているはずだ。
邪魔ではないのだろうか、とふと思う。
「かっこいい! それにボクとお揃いのマント!」
「はい、お揃いですよ! ダンゴのマントがかっこよかったので追加で頼んでしまいました!」
コウカは何度も手を開閉することでグローブの感触を確かめながら、そう口にした。
なるほど、かっこいいからか。……素晴らしいじゃないか。
「コウカねぇもマント族だったの……」
ヒバナが呆れたようにそう口にするが、コウカのマントは彼女に非常に似合っている。
今のコウカは清廉な騎士といった風貌で非常にかっこよかった。