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「もう少しでキスヴァス共和国との国境ね」

「うん。キスヴァスに入ったら今日はそこで休もうか」

「了解」


ミランとロスを並走させながら、私とヒバナで軽く会話を交わす。もう日が暮れ始めているので、今日の移動は終了だ。

次の日の朝には進路を東寄りに変えて、ラモード王国を目指すつもりである。


そうして少し進んでいくと遠くの空が少しだけ明るくなっているのを発見した。

――あれは何だろうか。


「みんな~大変です~!」


疑問に感じていると突然、ノドカの声が耳に届く。これは風魔法による言葉の伝達だろう。

彼女の口ぶりから、これは私個人ではなく他の子たちにも呼び掛けているのだと分かる。

私をはじめ、他の子たちがノドカに顔を向けると彼女は話し始めた。


「魔物さんか~何かの集団さんが~人を襲っているみたい~!」


――こんな場所で、か。

そう思ったのには理由がある。この近くには魔泉がないのだ。

……いや、正確に言うとあるにはある。でもあそこは広大な花畑になっており、魔物が生まれることもないはずなのだ。


そこまで考えた時、私は最悪の事態を想像してしまった。

そのことに気付いたのは私だけではなかったようだ。再び近づいてきたシズクが私に話しかけてくる。


「ユウヒちゃん、まずいかも」

「まさか……そういうことなの、シズ?」


ヒバナもその考えに至ったのか、前に座るシズクの顔を覗き込むと彼女は頷いて肯定を示す。

ダンゴが気付いた素振りを見せていないのは幸いだったかもしれない。

すっかりと元気を取り戻したとはいえ、あんなことを経験した後だ。もしこの予想が当たっていた場合、その真実を受け止めさせるのは酷でしかない。

――そうだ。何らかの理由で花畑が破壊されたかもしれないなんてあの子には伝えられない。

ダンゴはあの場所を特に気に入っていたみたいだった。

あそこは膨大な魔素を花の栄養分とすることで魔物の発生を防いでいるから、花がなくなれば魔物は再び生まれ始めるだろう。


「でも、まだそうだと決まったわけじゃない」

「そう、だね」

「なら予想が外れていることを祈るしかないわ。とりあえず助けには向かうんでしょ?」


私はヒバナの問いに頷いた。

どうかあの子にこれ以上、辛い思いをさせないであげて。そう私は願わずにはいられなかった。




そしてノドカの案内の元、進んでいった私たちの目の前には逃げる冒険者とそれを追いかける黒いゴーレムたちの姿があった。


「あのゴーレム、まさかこの前と同じ!?」

「だとしたら邪魔ベーゼ……!」


テサマラを襲ったゴーレムのうち、小型の方と同じゴーレムらしい。奴らの狙いは霊堂だけではなかったようだ。

何が目的でここにいるのかは分からないが、一先ずあの冒険者たちを助けることが先決だ。


「わたしが先に。エルガーを頼みます」

「了解よ。シズ、援護してあげて」


幸いにも数は10体程度。

小型はそこまで脅威ではなかったとヒバナも言っていたことから、ハーモニクスをするまでもないだろう。


「……アンヤも行く」

「うん、わかった。気を付けてね」

「……ええ」


戦力はコウカ1人で足りているが、あの場所には冒険者たちがいる。

不測の事態を避けるためにもこの子があの場所に向かうことは予想できていたことだ。


結局その後は何も起こらず、ゴーレムをすべて撃破した私たちはそれらから逃げていた冒険者に話を聞いてみることにした。

すると聞きたくなかった事実を耳にすることになってしまったのだ。

花畑に対する邪魔ベーゼたちの急襲。ただの花畑を襲うにしてはあり得ないほどの大戦力だったらしい。

そのうえ、それらを率いていたのは邪族ベーゼニッシュと思われる存在であったという。

花畑の周りにはほとんど人が住んでおらず、当然そこに配備されていた防衛戦力はゼロ。

すぐには動けない軍隊の代わりに、近くの街にいた冒険者たちで救援へ向かったものの全く敵わずに敗走してきたということだ。


「ねえ、お婆さんは? 花畑にはお婆さんがいたよね!?」


ダンゴが沈痛な面持ちで事情を説明してくれていた冒険者に縋りついた。

彼は辛そうに顔を伏せる。


「花咲かせ婆だろ。すまん、分からない。東に向かって撤退した奴らが救助に当たっていたはずだが、それもどうなっちまったか……」

「そんな……」


やはりこうなってしまった。

俯いて体を震わせるダンゴをノドカが包み込むように抱き締めていた。

みんながその様子を痛ましそうに見つめている中、私はみんなと軽く打ち合わせをして次の行動を決める。

そしてそれを彼らにも告げた。


「私たちはその街に向かいます。あなた方は?」

「俺たちもボチボチと歩いて戻るよ。……すまなかったな、お嬢ちゃん」


最後に向けた言葉はダンゴに対してのものだった。

そうして彼らと別れた私たちは花畑には向かわず、その東側にある街を目指した。







どうやら街に邪魔ベーゼたちの手は及んでいないようだった。

遠目から街の無事を確認した私たちは警戒状態にある軍隊が警備している街の門を通してもらい、中へと入ることができた。

夜であることを踏まえても、人々の雰囲気は非常に暗い。


「怪我人ばかり……」

「今、襲われたらマズいでしょうね」


冒険者たちが至る所で手当てを受けている。本当に今さっき逃げ帰ってきたところといった風貌だ。


「アンタ、スライムマスターの……いや、今は救世主様だったか」

「あなたは……」


私たちに話しかけてきたのは、以前あの花畑のことを紹介してくれた冒険者ギルドの職員だった。


「来てくれたんだな」

「残念ながら、たまたま近くを通りかかっただけなんです。事情は概ね南側に逃げた冒険者さんから聞きましたけど」

「そうか……急な出来事だったからな。まだ情報が届いていなくても仕方がない」


彼は疲れたように額を抑えていた。そしてポツポツと語り始める。


「襲撃が始まってからまだ数時間しか経っていない。だが、あそこは今ではもう焼野原だ。辿り着いた頃にはほとんど何も残っちゃいなかったという。真っ先に向かってくれたアイツらはせめて人命だけでもと動いてくれたようだが」

「…………」


視線の先には怪我を治療してもらっている冒険者たちがいた。彼らの表情は皆、沈み切っている。

あの花畑は多くの人に愛されていたという。彼らもその場所を守りたかったのだろう。


「何とか連れ帰ってきた数名は診療所で寝かせている。花咲かせ婆もな」

「お婆さん、いるの!?」

「ああ。だが……」


喜ぶダンゴとは対照的な彼の表情を見れば、何となく察しは付く。ダンゴはそのことに気付いていないのだろう。

果たして会いに行かせてもいいのだろうか。傷付いてしまうとしてもその場所へ向かわせてもいいのだろうか。

だがこのまま私たちの口でそれを伝えたとしても、今は隠し通して会わない選択をしたとしても、ダンゴはきっと後悔して傷ついてしまう。

これが最後かもしれないのだから。

だったら――。


「会わせて、もらえませんか?」


彼にそう告げた瞬間、事実を察していたであろう数人が驚いたように目を見開いて視線を飛ばしてきた。

私はその一人一人の目を見て、ただ頷くだけだ。


「……命はたった1つの尊いもの」

「アンヤ?」

「……だから、後悔を残しては……だめ」


アンヤは自分の胸に手を当て、力強い眼差しでダンゴを見つめていた。

それに感化されたのか、ヒバナも息を吐いて言葉を紡ぐ。


「そうね……いつかは分かってしまうことだもの。隠すのは良くないわ」

「どんな結果になったって、あたしたちでちゃんと受け止めて……支えてあげよう。だって……家族だもん、あたしたちは」


悲しみを決してあの子だけに背負わせたりしない。

私たちはお互いがお互いを支え合えるんだ。


――そうして、私たちは診療所でベッドの上に横たわっている花咲かせ婆と再会した。


「あ、ああ……」

「そんな……」


だいぶ衰弱しているのだろう。顔色も悪く、呼吸の音がやけに大きく聞こえる。

そんな花咲かせ婆の姿を見て、後退るダンゴを後ろからノドカが受け止める。さらにその両サイドからはシズクとヒバナが寄り添ってあげていた。

ダンゴは彼女たちに任せるとして、わたしはコウカの背中を優しく撫でた。

この子は花咲かせ婆の姿にショックを受けているというよりかは、ダンゴが気の毒でならないようだった。


「あぁ……あなた……大きく、なって……」

「お婆さん……っ」


花咲かせ婆は布団の中から、青白い手を取り出してゆっくりとダンゴの方に伸ばす。

ダンゴは姉たちの手から抜け出すとふらふらと吸い寄せられるように近づいていき、その手を縋りつくように握った。

その瞬間、ダンゴの体が強張る。

そんな彼女の様子を朧気な目で見つめていた花咲かせ婆が口を小さく開く。


「ごめんねぇ……あなたが好きだと、言ってくれた花畑……駄目に……なってしまって……」

「……ッ! ボクはっ……あの花畑も、お婆さんのことも……ッ!」

「…………もっと、その瞳を見せておくれ……」

「え……? うん……」


ダンゴが花咲かせ婆の要求を聞き入れ、顔を花咲かせ婆の前へ近づけていく。

すると花咲かせ婆は儚げに微笑んだ。


「純粋で曇りない、綺麗な目……大きくなっても、変わらない……」

「…………」

「何度……辛いことがあったとしても、それをなくしちゃ……いけない……捨てようとするのも……」

「ボクは……」

「怒るのも、悲しむのも……人として当然だけど……決して、想いの原点を……あなた自身の願いを……見失わないで……あなたはありのままの姿で、咲いていて……ほしい……」

「ありのままの、ボク……?」


ダンゴの行動理由はいつも単純だ。

あの子はいつも自分の気持ちに従って行動している。それでいて純粋で曇りない目で世界を見ることができるから、それだけでより良い未来への道が拓けていく。

そしてあの子の抱く純粋な願いが作り出す熱は人の心を動かす原動力にもなる。その原動力をテサマラの人々はきっと“希望”と呼んだのだ。

このお婆さんは最期の時間を使ってダンゴの大切なものを守ろうとしてくれている。

そして純粋に相手を想う気持ちもまた人の心には届くものなのだ。

だからダンゴにもきっと――。


「……もう大丈夫だよ。絶対にあの場所を取り戻して、ボクがまた花を植えていくよ」


そう口にするダンゴの表情はここからでは伺い知れない。

今、あの子の顔を見ているのは花咲かせ婆だけだ。


「ボク、少しは植物魔法が上手くなったんだから。それで綺麗な花をたくさん咲かせて、お婆さんが驚いちゃうくらい大きな花畑にするから……だからっ……ちゃんと見に来てくれないと……嫌だよ……っ」


震える声で最後まで言い切ったダンゴの言葉を聞いた花咲かせ婆は大きく息を吐く。

すると彼女の呼吸が次第に静かなものへと変わっていく。


「えぇ……それは……楽しみ……」


ゆっくりと花咲かせ婆の目が閉じられていく。そして完全に閉じ切る前に彼女の瞳が私の方を向いた。

――分かっている。

私は、私たちはずっとダンゴのそばにいる。だから任せてくれたって平気だ。


花咲かせ婆がその最期に浮かべている表情は穏やかな笑みだった。


「――行こう」


花咲かせ婆の手をそっと離し、立ち上がったダンゴは私たちに背を向けたまま目元を拭うような仕草をする。

彼女があの花畑に未練があるのは先ほどの会話からも明白だ。

でも、私たちはそこへは行かない。今やるべきことはそうではないからだ。

それをダンゴに伝えようとする。


「ダンゴ、私たちは――」

「うん、わかってる」


私の言葉を遮り、振り返ったダンゴは笑顔を浮かべていた。


「お婆さんはボクに自分らしくしていろって言ったんだ。たしかにボクは頑張っている人が好きだ。あの花たちもお婆さんも好きだったよ。でも、ボクが本当に大好きなのはみんななんだ」


ダンゴの語る口調は穏やかだ。でも、とても力強いもので私たちは口を挟めなかった。


「ボクがこの力を得る前に願ったのは大切な人たちを守るための力。だからボクは家族を守る。そのために戦うよ。花畑は……また今度だ」


本心から出たとはっきりとわかるまっすぐな言葉、そして瞳。とても心が温かくなって、愛おしいとすら感じさせる。

これがこの子が人に与える希望でこの子の愛なんだ。それが今、私たちだけに向いている。それが無性に嬉しい。

――だが、それが本心なのだとしてもさっきまでの言葉が嘘だとは限らないだろう。


「ダンゴは強いね。それにかっこよくて……温かい」

「主、様?」


その小さな体を私は腕で包み込む。

本当に温かい。この熱を私もこの子に返してあげたいと強く思った。


「でも、悲しい気持ちを我慢しないで。泣きたいときは……思いっきり泣いてもいいんだから」


恐らく、これがこの子の心を堰き止めている最後の枷だった。

守ろうとして、強くあろうとするダンゴだからそこだけは自分の心に正直になれなかったのかもしれない。

でもその結果、得た物を強さだとは思わない。それが我慢だったとしてもだ。


「よしよし~。よく~頑張りました~さっきのダンゴちゃん~立派でしたよ~? えらい~えらい~」


私の腕の上からノドカが体を重ねる。彼女は私の胸に顔を埋めるようにして泣きじゃくるダンゴの頭を撫でていた。

そして私は先ほどの彼女の言葉の意図を理解しようとして、ある考えへと至る。

――そういうことだったのだ。

私がダンゴから一方的に受け取ることを良しとしなかったようにダンゴも花咲かせ婆から受け取るだけではなく、希望を返したのだ。

最期にあの人が安心できるように。


本当に強い。私には到底、真似できない。

死は残される人に悲しみしか残さなくても、人の遺志はたとえ死んだ後にも遺り続ける。

そういうこともあるのだと私は今日、身を以て学んだ。

――なら、私にもあったのだろうか。


「さてと、この落とし前は私たちの手できっちりとつけさせてやりましょ」

邪族ベーゼニッシュ……碌なヤツがいないね。せめて今回の襲撃を率いていた邪族ベーゼニッシュの名前を知ることができたらいいんだけど」


ヒバナとシズクの言葉に私はハッとして顔を上げる。

……どうやらダンゴを悲しませた邪族ベーゼニッシュに対して怒りを抱いているのは私だけではないようだ。


「それなら冒険者どもが聞いていたらしいぞ」


突然、部屋の入り口から聞こえてきた男の声に全員の視線が集中する。そこに居たのはここまで案内してくれたギルドの職員だった。

彼は部屋の中の状況を目で確認したのち、話を続けることを優先した。


「何でもそいつは“イゾルダ”と名乗ったらしい」

「イゾルダ……」


聞き覚えのある名前だった。

そして邪族ベーゼニッシュで名前を教えてもらったのはプリスマ・カーオスの他に4人、四邪帝と呼ばれる者たちだった。


「……氷血帝」


アンヤがボソッと呟いた。その言葉でハッキリと思い出す。

それで思い出したのは私だけではないらしく、コウカもその名前を迷うことなく告げた。


「氷血帝イゾルダ、たしか四邪帝の1人でしたね。……あの男と同じ」

「そんなヤツと遭遇して、よく無事に帰ってこられたわね」


ヒバナの疑問は尤もだった。

名前を聞いているということは、冒険者たちはその邪族ベーゼニッシュのすぐ近くにいたということだ。

だが街に戻ってきていた彼らは怪我をしていたものの、人数は結構多かったと記憶している。


「何でも自分の力と美貌を周知しろと言って邪魔ベーゼにも追撃しないように命令していたんだと。ふざけた女だ」

「……本当にふざけているわね」


そのイゾルダが何を目的としてそう言ったのかがよくわからない。まあなんにせよ、追撃されなかったのなら良かった。

――いや、違う。


「わたしたちが助けた冒険者たちはゴーレムに襲われていましたよね」

「うん。追撃されてたよね」


コウカの言葉に私は頷いた。

東に逃げた冒険者たちは無事に逃げ切れたようだが、私たちが助けた方はあのままだったら全滅していただろう。

私たちの言葉を聞いたギルド職員は頭を掻いている。


「そればかりは分からんな、すまん」

「多分、指揮系統が違うのかな」


何やら考え込んでいたシズクは彼女なりの考えを口にする。


「ゴーレムは独立して動くようになっていたのか、それとも別の指揮官がいたのかは知らないけど」

「どちらにせよ、ゴーレムもそのイゾルダとかいう女も見つけ次第倒せばいいんでしょ。あのゴーレムたちにもこっちは世話になったわけだし」

「それはそう」


分からないことを今さら考えていても仕方がないということでこの話は打ち切りとなった。


今日はこの街で休むことになった私たちは泣き止んだダンゴを連れて、宿へと向かう。

そして私はダンゴ、ノドカと一緒のベッドで眠りについたのだった。







『マスター……わたしは……あなたを……みんなも……』


どうして……。


『何よこれ……いや、怖い……寒いの……』

『ユウヒちゃん……お願い……あたしたちの手を……』


どうして、こんなことに……。


『まだ~……眠りたく~……ないのに~……せめて~最後は~……みんな……の……』


何も掴めない。


『ちく、しょう……ボクはまだ、頑張れるのに……動いて、よ……』


何もかもこの手から零れ落ちてしまう。


『……ずっとそばにいたかった……ごめん……なさい……』


こんな世界。嘘。嘘だ。嘘だよ。

私はただみんなと一緒に居たかっただけなのに。こんなことなら全てを投げ出してしまえばよかった。

でももう遅いんだ。

もうやめよう。もう求めることはお終いにしよう。私のやってきたことは全部無駄だったんだから。

もうすべて――。




――そして暗闇の中、私は跳び起きた。


「ハッ……ハッ……夢、夢……っ!」


呼吸が荒い。じっとりとした汗でシャツが体に張り付いて気持ち悪い。

だがそんなことを気にする余裕はなかった。

私はベッドから這い出ると覚束ない足取りで部屋の中を歩き回る。


――みんな、いる。

穏やかな寝息を立てて眠っているみんなはいつもと変わりない。

安心した途端、足から力が抜けて尻餅をつくようにその場へと座り込んでしまった。

これで何日目だ。あの日、たくさんの人が亡くなっている光景を見てから。愛し合っていた者同士の別れを見てから、毎晩同じような夢を見る。

寧ろ日に日にひどくなっているように思える。

あれは夢だって理解できるが、それが絶対に現実にならないとは限らないのだ。

私たちは今、そういうことがあり得る環境下で生きているのだから。

でもみんなには心配を掛けられない。私はしっかりしていないといけないのだ。

だから大丈夫。息を整えて眠れば、明日の朝には元の私に戻れる。みんなには気付かれないから。

――そのはずだったのに。


「んぅ~……お姉さま~……?」

「ノドカ……ノドカぁ……」


その声を聞いた途端、私は吸い寄せられるようにノドカのベッドへと近づいてしまった。

すると彼女が布団を持ち上げてその中へと誘ってくれるので私はそのままノドカに縋りついた。


「んふふ~温かい~。……お姉さま~甘えん坊~」

「うん……」

「こわい夢~見たの~……?」


怖かった。本当に怖い夢だったのだ。あれがもし現実だとしたら、私は今頃壊れてしまっているだろう。

今はただノドカの温かさを求める。


「ねえ、ノドカはいなくなったりしないよね。ずっと一緒にいてくれるよね」

「もちろん~。お姉さまと~みんなと~ずっと一緒ですよ~」

「私、みんながいないと生きられないよ……みんながいない人生なんて考えたくない……」

「考えなくて~いいんです~。そんなもの~あり得ませんから~」


ただ抱きしめてもらっているだけなのにすごく温かい。

私はノドカの温もりと匂いに包まれるまま、再び微睡の中に沈んでいった。







「やっと聖教国に着いたわね」

「移動ばかりで疲れちゃったね」


ヒバナとシズクが揃ってスレイプニルの上で体を伸ばしており、私も同じことをしていた。

仕方のないことではあるのだが、1日中移動しているというのは精神的にも肉体的にもダメージが蓄積するものなのだ。


「お姉さま~お休みは~?」

「んー、あと1時間は移動したいなぁ」

「え~!」


これが急ぎの用でなければここで休んでもいいと思えるのだが、今も遠くの国が襲撃されているのだ。

今は少しでも時間が惜しい。


「仕方ありませんよ、ノドカ。今は踏ん張り時なんですから」

「わかっていますけど~……」

「落ち着いたときに今日の分もしっかりと休みを取りましょう」


コウカが拗ねるノドカを宥めてくれる。

本当は私もノドカのお願いを叶えてあげたいところだ。でも、私たちにも立場というものがあるのでそう思い通りにはいかなかった。

ノドカもそれが理解できていないはずがない。

だがそもそもあの子は今のように何かに束縛されるような状況自体が好きではないのだろう。隙があれば自前の抱き枕かぬいぐるみ、私たちに抱き着いてゴロゴロしているような子なのだ。


「その時は~コウカお姉さまも一緒に~寝てくれる~?」

「もちろん。今ならマスターも付いてきますよ、ね?」


茶目っ気を出したコウカの投げ掛けに私は肩を竦めることで応える。まあ最初から断るつもりなんて更々ないのだが。


「わ~い!」

「よかったね、ノドカ姉様!」

「ダンゴちゃんも~一緒ね~!」

「うんっ!」


――何だ、まだまだ元気じゃないか。

ダンゴに後ろから抱き着いてじゃれ合っている2人を見てそう思った。

次に私の体に背中を預けるようにして座っているアンヤの様子も確認する。


「アンヤはまだ平気そう?」

「……大丈夫」


口ではそう言っているものの、この子も少し疲れ気味のようだ。

でもそれを指摘したところで、この子に楽をさせてあげられるわけでもない。

だから私は頑張り屋さんであるこの子の気持ちが少しでも安らいでくれるようにと、頭を撫でることで労ることにした。


「ん、そっか。でもどうしても辛くなった時は遠慮しないですぐに言ってね。いい?」

「うん……そうする」


そう素直に頷いたアンヤに対して、私は頭を撫でる手を強めた。




――それから2日後。

目的地が目前に迫っているというところで、私たちは聖都ニュンフェハイムが再び襲撃を受けているという話を耳にしてしまうのだった。

七重のハーモニクス ~異世界で救世主のスライムマスターになりました~

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