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「ああああああああ――――ッ!」
身体の中心に集まったものが、カッと光ったように周りに解き放たれた。自分から信じられないぐらいの魔力があふれ出して暴走しているようだった。
ガタガタと揺れていたガラスの棚は、耐えきれず粉砕し、パキン、ピキンとガラスが宙を舞う。花瓶に飾られた花も、絨毯も、天蓋つきのベッドも揺れて、ついには崩壊してしまった。
私達の目の前でナイフを構えていた黒服の男は詠唱を唱え、防御魔法を発動しようとしていたが、その発動が上手くいったところでその魔法は完全に砕け散ってしまった。男は衝撃波に当てられ、もの凄いスピードで壁に打ち付けられ、そのまま気を失ったようだった。
だが、私の暴走が収まったわけではない。
(何これ、苦しい、痛い……!)
身体では耐えきれないほどの魔力が溢れているためか、私は自分の魔法を制御出来なかった。意識すら持っていかれるような、そんな力に翻弄されてしまい、その場に膝をつく。
苦しくて、悲しくて、涙が出てくる。
こんなはずじゃなかった。どうしていいのか分からず、ただひたすら泣き続けた。
「りゅし、おる……リュシオル!」
私は泣きじゃくって、私の腕の中で意識を失っているリュシオルに呼びかけた。呼びかけてもその返事が返ってくることも「エトワール様」と私の名前を呼んでくれることもない。まだかすかに心臓は動いているものの意識は薄く、心臓の音も小さいように感じる。だんだんと身体も冷たくなっていって、私はどうすれば良いか分からなかった。
私がもっとちゃんとしていれば、私がもっと早く気づいていれば、リュシオルはこんなことにならなかったのに。
そう思うと、さらに罪悪感で胸が苦しくなった。
私のせい、私がちゃんとしていないから。
私のせいで、私を庇ってリュシオルは刺された。リュシオルは、扉の向こうにあの男がいることも、開けてはいけないことも、いち早く聖女殿で起っていることに気がついて、私に声をかけてくれた。なのに私は、何処かゲーム感覚だとか、そんなことあるはずないだとか、勝手に決めつけて、魔法を発動できなかった。
全部私の落ち度だ。
「ねえ、ねえ、リュシオル……リュシオル、目を開けて、お願い、嫌だよ」
揺すっても彼女が目を開けることはなかった。
瞼は重く閉ざされていて、口の端からは血が流れている。刺された際に吐いたであろう血が彼女のメイド服を汚していた。真っ白なレースやフリルで装飾されていたはずのそれは、今は赤黒く染まっていて、とてもみていられなかった。
それどころか、血は止らず永遠と流れている。このままじゃ出血多量で死んでしまうのではないかと思った。
刺し傷は深いようには感じなかった。でも、それだけじゃ無い気がした。
(血が止らないのは、毒が塗られているから?)
彼女が苦しそうに呼吸を浅くしているのはそれも原因の一つじゃ無いかと思った。どうにしろ、止血しなければならないし、解毒薬があるなら飲ませてあげなければと思った。
けれど、私を中心に発動している魔力が収まる気配はなかった。
止る気配はなく、寧ろ大きくなっていく一方で、このままじゃ私も魔力を使い切って倒れてしまうのでは無いかと思った。けれど、ここで倒れたらリュシオルを救えない。
「止って、止ってよ!」
リュシオルの血も、私の魔力も。
どうして、魔力がいきなり暴走したのだろうか。
原因はいくつも思い当たる。けれど、そんなこと一つ一つ解明していくような余裕も何もなかった。部屋は酷い状態になっており、まるで嵐が部屋の中に入って荒らしていったあとのようだった。壁紙も剥がれ、絨毯は一本一本毛がほどけただの糸くずになっている。
(どうして……!)
私の腕の中には、瀕死の親友がいる。なのに魔力は私の言うことを聞いてくれない。
こんなに自分の思い通りにならない事があるのだと、私は酷く胸が痛かった。
私の命を差し出せばどうにかなるだろうか?
そんなことも頭によぎった。この魔力をリュシオルにぶつけたら、魔力を殆ど持たない彼女の身体は破裂してしまうのでは無いかと思った。それに、アルベドに以前言われたことを思い出したのだ。死者を蘇生する魔法は禁忌だと。その存在すら消えて、忘れ去られてしまうと。
瀕死の状態、死の間際にいる人間をこの世に引き戻すのもその禁忌に当たってしまうような気がした。
それでも、どうにかしてリュシオルを助けたいそんな思いが、膨らんでいき、益々それに答えるように魔力が膨張していく。
リースやルクスの暴走とはまた違う、魔力だけが暴走し、制御が効かないのだ。身体と心がバラバラになったように、私の感情もぐちゃぐちゃだった。
リュシオルを失いたくないという気持ちが強すぎて、もうどうしたらいいのか分からなかった。
こんなに苦しいのに、涙は出るのに、身体は全然動いてくれなくて、どうしようもない絶望感に苛まれる。
「嫌だ、嫌だよ……誰か助けて」
不甲斐ない自分、何も出来ない惨めな自分。
今になって、まるで聖女のような強大な魔力に目覚めて。今じゃないって、叫びたかった。もっと前に目覚めていれば、リースだって、トワイライトだって皆助けられたのに。
そんな風に泣いていると、ドタバタと廊下の方から足音が聞えた。
まさか、まだ潜んでいたのかと、顔を上げてみれば扉の向こうにはリースとルーメンさん、そしてブライトが立っていた。皆、私を見るなり驚いたように口を開けたまま固まってしまっていた。
「エトワール!」
「リース……ひぐっ、リース!」
私は、泣きながらリースの名前を呼んだ。手を伸ばそうと思ったが、そんな力も無く、ただリュシオルを抱きしめることしか出来ない。
リースは私を見ると、部屋の中に入ろうとしたが、それを拒むように私の魔力はドアの方へと流れていく。まるで、入るなと魔法が意思を持って彼らを阻むように。
(何でよ。言うこと聞いてよ!)
私は必死に願うが、魔力は私の願いを叶えてくれなかった。
リュシオルの身体はどんどん冷たくなって、呼吸も浅くなっていた。毒や、治療をしてくれるだろうブライトがそこにいるのに、彼らに近付くことも、彼らが私に近付くことも出来ない。このままでは、皆ダメになってしまうと。
「エトワールッ!」
「ダメです。殿下!」
無理に進もうとする、リースをルーメンさんは必死に抑えていた。この魔力に触れたら、幾らリースでも傷ついてしまうと思ったのだろう。確かに、こんな強力な魔力を前にしたら、そこに突っ込むのは台風の目に突っ込むのと同じ事だと私は思う。
それでも、リースは私に向かって手を伸ばしていた。彼の黄金の髪は強風に煽られぐちゃぐちゃで、彼の頬にはスッと切り傷が出来ていた。私の魔力が彼を傷つけたというのだ。
ああ! 推しの顔が! などと思う暇などなく、私は自分のせいで彼を傷つけてしまったことに対しても胸が痛んだ。
ダメダメな私の魔力。
悪役聖女じゃなくて、ダメダメ無能聖女じゃないか。自分の力も制御出来なくて。
ひぐっ、うぐっ……と私は嗚咽する。泣くことしか出来ない。助けて、助けてと心では願っているのに、私の心が入ってこないでとでも言うように魔力に反映されていて。
どうしてだろうか。
「エトワール様、魔力をおさえてください! このままでは、貴方も!」
と、吹き付ける風の中でブライトの声が聞えた。
彼の綺麗な黒髪のハーフアップは崩れ、乱れており、頬を伝って汗が流れていた。彼も必死なのだろう。こんなにも強い魔力を前にしたことがないのだろうし、きっと対処法が分からないのだろう。でなければ、おさえてくださいなど、無理を言うはずがない。
前代未聞。
だからこそ、皆慌てている。それだけじゃなく、聖女殿が襲撃されたと言うことすら緊急事態だというのに、聖女である私の魔力の暴走まで重なって、皆てんやわんやなのだ。
分かっている。
私は、どうにか自分の中に魔力を納めようとした。少しずつ、自分の中に戻って行くような気もしたが、意地を張っているのか、意思のある魔力は全く戻ってこようとしない。言うことを聞かない。
そうしているうちに、私の視界はぼやけ初め、頭がくらくらと回り始めた。このまま気を失ってしまったら、魔力は完全に尽きて死んでしまうだろう。
(私、ダメ……死ぬの、かな……?)
そう思った時だった。
瞼が重くて閉じそうだったその時、ふわりと誰かに抱きしめられたのだ。
「エトワール、もう大丈夫だ。だから、泣かないでくれ」
「りー……す」
リュシオルが押しつぶされないように配慮しながら、ボロボロになったリースが私を抱きしめていた。大丈夫だと、私の銀色の髪を何度も優しく撫でて、大丈夫、大丈夫だから。と言い聞かせるように呟いていた。
その言葉は魔法のようで、私は徐々に落ち着きを取り戻していった。それと同時に、魔力も私の元へと帰ってきているようだった。
そして、私の魔力は暴走はフッと静かに消え、私はリュシオルを抱きしめていた腕がぷらんと地に着く。
「リース、リース……」
「大丈夫だ、エトワール。もう、大丈夫だからな」
と、リースは私の頬を撫でた。よく見れば、彼の頬や肩といった至る所は何かで切り裂かれたような痕が残っており、それが私の魔力によって切られたものだと後々気がついた。
だがそんな中、彼は自分の危険を顧みず私を安心するためにここまで来てくれたのだと。あの嵐の中に身を突っ込んで。
彼の優しさに触れて、私は涙が零れてきた。だが、泣いている場合ではないと、リュシオルをみて、リースに頭を下げた。
「お願い、リース! リュシオルをたす……け……」
そう言いかけたとき、ぐわんと頭が回り、私の身体は横へ倒れた。