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そういえばこれ、目黒に見つかりそうになったことあったな。というか、なぜかそれ以前にノーマルの人間じゃないってなぜかバレてたけど。
自慰行為を終えて抜き取った玩具を手にして、ふとあの日のことを思い出してしまった。俺達が所謂セフレになってしまった日のこと。
あの日はいつもみたいに嫌なことを忘れるため、浴びるように酒を飲んでいたらなぜか突然目黒が現れて、酒を奪われそうになって抵抗してたらその拍子に押し倒され、酔って自制が利かなくなっていた俺は思いのままにキスをしてしまった。
しかし優しい目黒は俺を受け入れてくれて、確かそのまま抱かれた。思い返す度に夢なのではないかと疑ってしまうそれは、紛れもない事実で、その証拠に俺のカバンにはあの日渡された目黒の家の鍵が入っている。
でもきっと、それを使って部屋へ上がることはもうない。「やめにしよう」という言葉は伝えることができずにいるけど、その代わりに連絡することをやめた。目黒に会いたい気持ちを必死に押さえつけて玩具を使い自慰に耽っている。
いつからか目黒の家に行く目的が、嫌なことを忘れるためではなく目黒に抱かれるためになっていた。それに気がついて、自分勝手過ぎる俺自身に嫌気が差しても、そんな自分を見て見ぬふりして幾度も身体を重ね続けた。
俺が快楽に悦ぶ度に、目黒を傷つけ穢してしまっていると分かっていたのに、夢にまで見た光景が目の前にある現実に甘えてしまい、中々やめられなかった。
ではなぜ、今になって目黒の家に行かなくなったかというと、数ヶ月前に楽屋で耳にした会話がきっかけだった。
久々にメンバーが全員集合したのは音楽番組の収録で、いつも通り楽屋では話に花が咲きまくって花畑のようになっていた。
そんな平穏な空気の中、俺は遠くから不自然にならない程度にそっと目黒の姿を見つめた。それは意識的ではなく、不可抗力に似た何かだったと思う。
そんな目黒はメンバーの深澤と何やら密やかに会話をしているようで、賑やかな楽屋ではその声は俺の耳まで届かなかった。
読唇術を取得しているわけでもない俺は、その会話の内容がどんなものか検討もつかなかったが、ふと、二人が確実に俺の方を見た途端「あ、俺の話だ」と確証めいた何かを感じた。
声は聞こえてこないはずなのに、なぜか嫌な想像ばかりが働いて思わず耳を塞いだ。きっと目黒は俺のせいで困ってるんだ、それで最年長で信頼の置けるふっかに相談してるんだ。
ザワザワとした心の曇りがノイズになって聴覚を侵してくる。不安の渦に飲み込まれかけた途端、肩を優しく叩かれ意識は現実へと戻っていった。
💚「舘様顔色悪いけど、大丈夫? 体調悪い?」
❤「え、?」
🧡「あ、舘さんうるさかった? ごめんなぁ」
❤「いや、ちょっと考え事してて、全然大丈夫だから、」
そうは言ったものの薄暗い妄想が脳裏に張り付いて悪寒までしてきた。こういうところの勘が鋭い阿部はその会話をしたきり、隣に座って俺の様子を窺いながら何かの資料を読み込んでいた。
先程までハイテンションで話し込んでいた康二や佐久間も俺に気を使ってだろう、幾分か声のボリュームを落として話している。
ただその優しい気遣いが今の俺には逆効果になって、もしかしたら目黒の冷たい声が、嫌がっている本音が聞こえてきてしまうかもしれないという焦燥のような不安になって被害妄想は肥大していった。
分かってる、目黒はそんなやつじゃない。そんなこと、わかって、……。もう何年も一緒にいて苦楽をともにしてきたというのに、そんな自信さえなくしてしまった。
どんどん顔色が悪くなっていっているであろう俺を見かねてか、阿部は優しく背中を擦ってくれた。今から撮影なんだからしっかりしろ、と自分を奮い立たせようとするものの虚しく、体温が徐々に下がっていくのを肌で感じた。
阿部がこちらをじっと見ていることに気づかないふりをしていると、背を擦っていた手を止め、顔を近づけて小声で問いかけてきた。
💚「ねぇ舘さん、大丈夫じゃないでしょ」
❤「いや、ほんとに気にしないでいいから」
💚「顔真っ白だよ……収録、やめとく?」
❤「やめない。ちゃんと歌うし、迷惑はかけないから」
そう言うと、阿部は困ったような顔をして再び黙り込んでしまった。今自分が苦しんでるのも全部自分のせいなのに、それで出演を蹴るなんてもってのほかだ。あり得ない。
そんなことを考えながら自責の言葉を並べていると、ふと鋭い一筋の視線を感じた。阿部は相変わらず隣にいてくれている。そしてその方向には確か、目黒とふっかがいた。やめてくれ、謝るから、もう家になんて上がらないから、だから俺を見ないでくれ。
身体が震えそうになるのを懸命にこらえて、俺は俯き意味もなく靴の爪先を見つめた。静まり返っているような、騒々しいような、存在しない音が聴覚を覆っていく。
そんな俺を救い出すかのように楽屋に響いたのは、メンバーではない男の声だった。何を言ったのかが上手く聞き取れず、周りの動きを見て出番で呼ばれたのだと察し、座り込んでいた椅子から立ち上がった。
幸いなことに目眩はなく、これだったらダンスにも支障が出なさそうだ。集中しろ、俺。
爪が手のひらに食い込むくらいに手を握りしめ、メンバーの後を追うように廊下へと出ると、そこでもまた一つの視線を感じて、俺はそれから逃げるように目の前にいたメンバーへ話しかけた。
その間も俺の背中にはその視線が刺さり続けていて、ひとりになったら駄目だと、ぼんやりした頭でそう思った。
そう思ったはずなのに。
🖤「舘さん、やっぱり顔色悪いですけど、大丈夫ですか」
❤「……うん、大丈夫」
収録も無事終わり、頑なに送っていこうとする阿部を振り切って廊下へと進みエレベーターホールへと向かうとそこには目黒がいた。待ち伏せを疑いたくなるものの、目黒がそんなことをしてなんの利益になるのかが分からず、俺は疑うのをやめた。
軽快な音とともにやってきたエレベーターは幸か不幸か誰も乗っておらず、扉が閉まるとそこは二人きりの密室空間と化した。
🖤「もし嫌なことがあったなら、この後俺の家に……」
❤「いかない」
🖤「え、?」
振り返ることなく「じゃあ」と別れを告げて、俺はタクシーを拾い足早に乗り込んだ。
嫌なことがあれば目黒はそれを忘れさせるために俺を抱いてくれる。けれどそんなの都合が良すぎるだろ。その行為自体が優しさでしかなくて、それが目黒にとっての嫌なことなんだとしたら、俺は代償に何をすればいい?
流れていくビル街を横目に眺めながら、整理できそうにない現実を、複雑過ぎる感情を、ぼんやりとただ受け流した。
スマホの通知音に反応するように瞬きをすると、そこはタクシー内ではなく静まり返った俺の部屋だった。手には目黒の家の鍵が握られていて、数カ月も前のことを鮮明に覚えていた自分自身に心底引いてしまった。
❤「……返しに、行かないと」
手の内の体温を持たぬ玩具は当たり前に冷たくて、いつまでもこの関係性を断ち切れず立ち止まっている俺を嘲るようだった。