朱里は孤独を感じているし、母親に頼りづらくなっているだろう。
母子家庭になり、寂しい分甘えたい気持ちはあるだろうが、自立心もあるからこそ、素直になれず反発してしまっているかもしれない。
同い年の友達とは価値観が異なっているだろうし、相談しやすい第三者の大人がいたら、そいつを頼るに決まっている。
頼られるのはやぶさかではないし、自分の意志で朱里を助け、励ましたいと思って言葉を送った。
けど、この先ずっと画面越しに朱里に頼られる未来を想像すると、『依存させてはいけないと』心で警鐘が鳴った。
この子がこの先生きていくのは、父親がいない現実の世界だ。
朱里自身が父親のいない環境で、母親と協力して過ごし、学んで、将来の事を考えなければならない。
勿論、誰かを頼るのは悪い事じゃないが、現実から目を逸らして、スマホの中にだけ安らぎを求めるのは健康的ではない。
朱里だって本音を話したいだろうし、誰かに甘えたくなるだろう。
理解できるが、朱里の今後を思うからこそ、彼女の手を振り払う事にした。
もっと言えば、自分を止めるためだ。
人に頼られるのは気持ちいい。朱里が俺の言葉を信じ、それを支えに生きていくと思うと、何とも言えない甘美な感情に見舞われる。
俺も凄まじい孤独を感じ、もう自分しか信じられないと思っているはずなのに、まだ『誰かに必要とされたい』『愛されたい』と願っている。
そんな中、朱里に頼られたら俺のほうが彼女に依存してしまう。
最悪、共依存になって、お互いスマホの向こう側ばかり気にし続け、自分の側にいる人を必要としなくなるかもしれない。
せめて朱里が俺と同じ大学生なら、関わり続けようと思ったかもしれない。
でも大学生が中学生に依存し、依存されて……の関係はキツい。あと二年も経てば俺は社会人になるし、絶対に駄目だ。
『忍の旅館は? スマホを取ってきて、連絡先を……』
俺はなおも食い下がる朱里の頭を、ポンと撫でた。
『俺はまだ未熟だ。社会人にもなっていない。朱里の人生に関わって、責任を持てる自信がない』
『……忍に責任なんて求めない』
朱里は肩を落とし、悄然として言う。
『この縁が本物なら、いつか大人になった時にまたどこかで会える。その時は運命だと思って、ちゃんと向き合うよ』
女子が好きそうなフレーズを口にすると、朱里は物憂げな目で川向こうのネオンを見た。
『……絶対だよ。私の事、忘れないでね』
『このクソ寒い時期に寒中水泳しようとした奴を、そうそう忘れられねぇよ』
『もう! 人が真剣に悩んでるのに!』
茶化すと、朱里は怒って俺の腕を叩いてきた。でもその顔は笑っている。
やがて俺たちは、彼女が泊まっているホテルの前で別れる事にした。
『じゃあね、忍』
『元気でな。あんまりお母さんを困らせるんじゃねぇぞ』
『うん』
朱里は俺に手を振り、出入り口に向かって歩いていく。
――と、立ち止まって尋ねてきた。
『忍って彼女いるの?』
『いない』
『あと十年経ってもまだ恋人がいなかったら、私が結婚してあげる! その時は私、二十四歳で立派な大人だよ』
『そん時は俺は三十歳だよ。さすがに誰かいるだろ』
『いなかったら? 三十歳で独身だったら?』
朱里は挑発するような目で俺を見てくる。
まったく、女って生き物は中学生でも〝女〟だ。
『……その時は宜しく』
仕方ねぇな、と思って譲歩すると、朱里は嬉しそうに笑った。
今泣いた烏がもう笑う。
コロコロと表情が変わる朱里を見て、本当の彼女は感情豊かで前向きな性格なんだろうと思った。
多分朱里は、絶望していたところを年上の男に助けられ、擬似的な恋に落ちたんだろう。吊り橋効果ってやつだ。
その気持ちに応えるつもりはないが、今の朱里の希望になるなら『いつか会える』と期待させるのは一つの手だ。
『幸せになれよ』
俺はそう言って朱里に手を振り、自分が泊まっている旅館に向かって歩き始めた。
もう会うつもりはないし、万が一遭遇したとしても、夜に少し話した男の顔なんて、ろくに覚えていないだろうと思っていた。
それに、人生の黒歴史になった日の事を連想させる奴なんて、覚えていないほうがいい。
それが俺の結論だった。
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コメント
3件
そして....お互い 大切な思い出として、胸に秘めつづけてきたんだね💝✨
朱里ちゃんは可愛いし、尊さんはカッコイイし、そりゃー2人して 忘れられないよね。🤗
カワイイ💠朱里ちゃん🩵 これから先大切な人が現れたとしても尊さんは朱里ちゃんを忘れる事はできないだろうな。