「あっ、ありがとうございます!」
考え事をしているうちに喜多久さんが来たようで、私はぺこりと彼に頭を下げる。
「味見してみても?」
「はい」
言われて、私は未使用のスプーンと小皿を用意し、煮物の汁をひとすくい小皿にとる。
喜多久さんは小皿を傾けて汁の色を見たあと、煮汁を口に入れて目を閉じた。
わぁ……、プロに味見してもらってると思うと、ドキドキする……。
すぐ側に綾子さんもいるので、尊さんをチラリとも見る事すら許されない。
色んな意味で緊張していると、喜多久さんが「うん」と頷き目を開ける。
「悪くないけど……」
そのあとに味の感想を言われ、調整案を出されたあと、あとから改めてできあがった物を食べてもらう事になった。
大名行列みたいなのが通り過ぎたあと、恵がボソッと言う。
「喜多久さん、結構焼けてるね。テレビにも出てるし、ジム行って日焼けサロン行って……ってしてるのかな。エステも行ってそう」
「かもねー」
基本的に他人に興味のない私は、適当に相槌を打ってから再度自分でも味見し、喜多久さんが求めている味を想像して、次作の方向性に見当をつけていく。
恵はメモしている私をジーッと見ていたけれど、やがて顔を寄せてコソコソと囁いてきた。
「おぬし、分かってる? バレンタインまであと少しだよ。あんたもエステ予約入れたら?」
「んっふ!」
言われた言葉があまりにも突然で、私は口の中に微かに残っていた煮汁に噎せた。
またジロリと恵を睨むと、彼女は愉快そうな顔をして私の反応を見ている。
「何か案はあるの?」
「んー、一応、美味しいと噂のお高級なチョコレートを、幾つかピックアップしてるけど」
バレンタインは平日だけど、十日から十二日まで連休があるので、そろそろ尊さんが何か言ってくるのでは……と目星をつけている。
でも自分から聞いても、おねだりしてるみたいでなんだかなぁ……、と変な遠慮を抱いてしまい、触れられずにいる。
「彼、グルメだからチョコレート一つにしてもうるさそうだね」
恵が鼻で嗤うので、私は彼女をつんと肘でつついておく。
「そこまで意地悪じゃないよ。どこの姑を想像してるのかね、君は」
冗談めかして言ったあと、私は溜め息をつき、小さな声で言う。
「……ただ、別の意味でうるさそうだから、お給料出たらちょっといい下着を買おうかと思ってるけど……」
そういうと、恵は真顔になったあと、口で「ひゅ~」と言ってきた。
「もう……、その反応」
私はボソッと突っ込んだあと、暑さを覚えて手で顔を仰ぐ。
さっきからずっと体がポカポカ熱くて、頭がボーッとしてる。多分コンロの近くにいて、顔周りもスッポリ覆っているからだと思うけど。
(あと、生理始まってちょっとやな感じがしてるんだよな……)
昭人戦が終わって家に帰ったあと、なんか調子悪いと思ったら案の定、生きる理を見いだしていた。
(前日に尊さんとエッチできて良かったけど、やけにムラムラしてたと思ったら、生理前だったからか……)
なんとなく生理痛のジャブみたいなのがきていて、腹痛というほどじゃないけど、モヤモヤした感覚が下腹にある。
(今、商品開発の大事な時期だから、なるべく休みたくないんだよな。これ以上重たくなりませんように)
私は無意識に眉間に皺を寄せながら、そのあとも実験室での仕事に取り組んだ。
――けど。
(やばい。これ絶対熱ある)
実験室での仕事を始めたのが午後になってからで、片づけを始めたのが十八時半を超してからだった。
篠宮ホールディングスは大きい会社なので社内施設もしっかりしていて、医務室や休憩室もある。
ただ保健師さんの勤務時間もあるので、体温計を借りたくても医務室が開いてるかどうかだけど……。
私はフラフラしたまま片付けをし、終わったあとはマスクをつけたまま、部署に荷物を取りに戻った。
フロアにはまばらに人が残っていて、皆帰り支度をしている。
チラッと部長室を見ると、尊さんはまだデスクについていた。
帰り支度をしてスマホを開くと、尊さんからメッセージが入っている。
コメント
2件
( ゚ー゚)ウ ( 。_。)ン 体調のほうが大事(๑•̀ㅂ•́)و✧
バレンタインなにするの〜💓なんだけど、アカリンの体調が気になる😥