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Side 樹
「だーかーら、大丈夫だって。いつもの不整脈かなって思ってたら、気づいたら病院だったの。痛くも苦しくもないからすぐ帰してもらっただけ」
失神して倒れた「らしい」日の翌日、学校に行くときょもが駆け寄ってきた。ほんとに大丈夫なの、と畳み掛けられて俺も苦笑せざるを得ない。
「いや、マジで言ってる? それ」
「ほんとだよ。だって記憶ないし。もう治ってる」
薬ももらったし、と言うとやっと静かになった。
記憶にないのは事実だ。学校に行こうと準備していたら、突然もう慣れてしまった不整脈の感覚があって、気づけば病院だったわけだ。
「受験も近いし、学校休んだら厄介だからな」
よかった、ときょもは小さくつぶやく。
その微笑みを見て、俺は今日も安心するのである。
それから1か月が経った。
2人とも無事に過ごし、大学受験も終えた。
そして、今日は志望校の合格発表の日だ。
俺はさっきから、スマホでマイページを見つめている。俺の胸は狂ったのかと思うほどに忙しそうだ。これは動悸ともとれるし、緊張ともとれる。
「ふう…」
首を上げると、壁の掛け時計の長針が動いた。
サイトをリロードして、真っ白なページが色づくのを待つ。そして突然浮かび上がってきたのは、桃色の桜だった。
「……っ!」
心臓が、身体の内でどくんと大きく跳ねる。
俺は胸を押さえて立ち上がった。
そのままスマホを操作して、電話を呼び出す。一番に伝えたいのは、なぜかあいつだった。
「もしもーし?」
こっちは重要な案件だというのに、間延びしたきょもの声。それにクスッとしながら、俺は息を吸う。
「今、大学の……合格通知、来た」
電話越しに、ひゅっと息を呑む音が聞こえた。
「…すげえ、よかったじゃん! おめでとう!」
めったに聞かない彼の大声を受け止め、
「ありがと。じゃあ、今度お祝いで遊び行こうな」
きょものほうは、数日前に「受かった」と連絡があった。
「うん、おっけ。じゃあね」と言って電話が切れる。
あとは卒業式を待つだけだ。それまでに大きな発作が起きなきゃいいんだけど、とどこか他人事のように思う。
それでもまだ暴れたままの心臓を落ち着かせようと、俺は棚を開けて処方箋の袋を取り出す。
「――ケホ、ケホッ…」
軽く咳き込みながら薬を飲む。それを戻して、ふと隣の抽斗を引いた。
そこには、長い間しまっていたバスケットシューズ。ボロボロになった靴はひっそりと息を潜めていた。
勉強よりもバスケに熱中していた2年間を思い出す。大会にも常連で出場するこの高校だから、必死でプレーして必死で頑張った。
悪夢の始まりは、その練習中だった。急に呼吸と胸が苦しくなって、俺は一人控え室に走り戻った。それから数日、症状は良くなるどころか悪化の一途をたどった。
そして告げられた心臓病。
バスケを奪われた俺には何も残っていなかった。
いや、何も残ってなかったと思ってた俺には、きょもがいた。
同じく心臓に病を抱え、苦しいときでもそばにいてくれた。彼には何度救われたことか。
「ありがとな」
面と向かって言うには恥ずかしい言葉を、つぶやいた。
続く