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なれてしまった日常に戻る。もうこのままでもいって何度も思った。けれど、それじゃあ、戻ってきた意味がないことを私は酷く、強く理解している。だからこそ、日常に浸りつつも、どうにか彼らとの接点を作ろうと頑張っていた。といっても……
「帝都に行けば、攻略キャラに会えるって安直すぎるよね……はあ」
攻略キャラにはグランツを最後に会えていない状況。何も変わっていないし、情報すら掴めていない。たまに、エトワール・ヴィアラッテアの噂を聞くけれど、皆彼女を神聖視しているようだった。けれど、いっていることは、そこまで良いものではなくて、贅沢三昧、けれど、それも許してしまうみたいなもので、彼女は、その魔力を使って、人を操っている。許せないことだけど、殴り込みにもいけないし、私は、ただ指をくわえていることしか出来なかった。
あの後も森に入ったけれど、時々魔物が出てくるし、危険すぎるのだ。魔力が無限だから結界を張っているけれど、それでも、間をぬって村に侵入してくる魔物もいるわけだし。私が魔法を使えるということは、内緒で生活しているから、魔物が来たとき、遠くから狙撃したり、魔力をぶつけて気絶させたりなんて隠れてこそこそやり過ごすしかなかった。
「ステラ」
「はーい、モアンさん」
下からモアンさんに呼ばれ、私は階段を駆け下りる。モアンさんは、あの日聖女のことについて話してくれた。モアンさんは、熱狂的な信仰者じゃないこと。それでも、女神は信じているし、女神は混沌を沈めてくれたなんて思っている。けれど、聖女に対しては、そこまで思い入れがないようで、ただの少女と思っているらしい。そう思ってくれている方が、私も心が幾らか楽だった。
私の髪色のことは凄く誉めてくれるし、キラキラと星みたい、なんて名前を付けてくれたあの日からいってくれている。確か、女神も同じ色だった気がする、なんて私はぼんやりと思いだしていた。
「重いけどいいかい?」
「任せて下さいよ!モアンさんが、腰を痛めてもあれなんで」
「そう?ごめんねえ」
「大丈夫です、って、おもっ!」
モアンさんが、帝都から買ってきた荷物を部屋に運び、私は、重さによって曲がってしまった腰を叩いていた。モアンさんは、心配して、私の腰に塗り薬を塗ってくれる。恥ずかしいなあ、なんて思いながらも、気遣ってくれるモアンさんの優しさに心が温かくなっていた。
本当にこの日々が続けば、それでも……そう何度も思ってしまう。
けれど、私の中にある、怒りは消えることはなかった。私は、エトワール・ヴィアラッテアから身体と、記憶を取り戻さなければならない。そのためにここにいると、そう心に呼びかける。
「いつもありがとね、ステラが来てから、寂しさも紛れるようになったよ」
「グランツの、ことですか」
「ま、そんなところだね。でも、グランツも頑張っているだろうから、心配ばかりはしていられないよ」
「そうですね」
グランツを息子のように思っているモアンさん。私は、そんなモアンさんの寂しそうな、でも優しさの滲み出ている顔を見て、優しい顔になれた。焦るばかりじゃなくて、寛大な心を持って行動しないと何事も上手くいかないと。
そんな風に談笑していれば、玄関からパタパタと慌てたような足音が聞えた。
「大変じゃ」
「シラソルさんどうしたんですか?」
リビングに嵐のように入ってきたのは、シラソルさんだった。慌てているのは顔を見れば分かったし、息を切らしている。シラソルさんは、白髪で、ヒゲが格好いいおじいさんだ。身体のことを考えて行動して欲しい、なんて思ったけれど、それをいうようなタイミングじゃないと私は飲み込んで、倒れそうなシラソルさんを支えた。
「領主が変わるそうじゃ」
「領主?」
私は一体何のことを言っているのか瞬時に理解できなかったけれど、領主といったことで、貴族絡みのことなんじゃないかと考えた。領主が変わることが、そんなに大変なことなのかと首を傾げていれば、シラソルさんはぼそりと言った。
「闇魔法の……ラオシュー子爵家」
「闇魔法?」
モアンさんの方を見ると、彼女は一気に顔を青ざめさせた。私だけ、置いてけぼりになってしまい、どうにか説明して貰うと思ったが、モアンさんに肩を掴まれてしまった。
「え、え、っと、モアンさん?」
「ステラ、ここから逃げた方がいい。ラオシュー子爵は、ほんっとうにどうしようもない男なんだ」
「あの、ごめんなさい、ちょっとまだよく分からなくて」
そう言うと、モアンさんは、シラソルさんと顔を見合わせて、私を家の奥の方へ連れて行った。扉の鍵を閉めて、誰もいないことを確認した後、私の手をギュッと握った。
「この町は、元々は光魔法の男爵家が納めていた土地だったんだよ。でも最近ね、近くの領主のラオシュー子爵ともめていてね。元々、男爵家の当主は気が弱い方だったからね。領地を拡大しようとしていたラオシュー子爵を止めることが出来なかったんだよ。近いうちに、もしかしたら……って思っていたんだけど、まさかね」
「ええと、つまり、この町は、そのラオシュー子爵のものになるってことですか?」
そんな急に? と私は思ったが、前々からなるかもしれないと予期されていたことなんだろう。それが、早まっただけだと。
モアンさんとシラソルさんの顔を見ていると、本当に大事のようで、私にこの村から出て行った方がいいと強く迫ってきた。ここにいたら危険だと。全力で私を守ろうとしてくれている。
「ラオシュー子爵は、女遊びの酷い奴って聞くよ。綺麗な女性を見つけたら屋敷に招いてね。興味がなくなったら、奴隷として扱うんだそうだ。これまでに、沢山の被害者が出てる。こんな話、ステラにするべきじゃないと思うんだけどね、ね、ステラ、分かってくれるだろう」
「でも、モアンさん達は……」
「ラオシュー子爵は、税金の巻き上げ方も非道だと聞く。これからの生活はもっと厳しくなるだろう」
シラソルさんは唸るようにそう言った。私は、彼らの手伝いをしているけれど、お金を稼いでいるわけじゃない。だから、私を養っていくのも辛いと。確かに、何もしていないし、手伝っているだけで、ただの穀潰し。出ていった方がいいのはよく分かっている。決定事項、貴族に逆らえないのが、平民の立場だ。
私はギュッと拳を握った。
急展開過ぎてついていけないのもそうだが、そんな汚い貴族がいるなんて許せなかった。今の自分には何も出来ないと分かっているから、大人しくしていないといけないし、モアンさん達のいうことを聞かなきゃ自分の身が危ないんだろうけれど……それでも、モアンさん達をここに置いていくことは出来ない。だって、ラオシュー子爵の領地になったら、税金の問題が……
「これだから、闇魔法の貴族は……」
「本当に、酷いね。男爵家の当主様は、あんなに優しかったのに……闇魔法の貴族は」
「……」
モアンさんとシラソルさんは、口々にそう言った。二人ともから、悲しみのオーラが出ているのを感じる。けれど、それと同時に、私は違うんだと、首を横に振った。そのラオシュー子爵が非道でヤバい奴だったとしても、それが闇魔法の人達と結びつくとは私は思わない。こういう人達がいるから、闇魔法の評価がドンドン下がっていくんだろう。たった一人の行いのせいで、その魔法を扱う人々がそう言う人間なんだってレッテルを貼られる。
「違う……」
「ステラ?」
私は、自分でも気づかないうちに声に出ていた。しまったと口を閉じたけど、これだけはいいたかったから、結んだ口を開く。
「違う……その、ラオシュー子爵は酷い奴かも知れないけれど、闇魔法の貴族が全員そうじゃないって私は、知ってる。だから、そうやってくくられるのは、嫌、です」
「ステラ……」
「ステラは優しいんじゃな。それこそ、女神様のように。だが、ラオシュー子爵は本当に危険なんじゃ。だから、ここから出ていくんだ」
シラソルさんは私の肩を叩く。真剣な訴えに、私は頷きそうになってしまう。けれど、シラソルさんの瞳にも、モアンさんの瞳にも不安が滲み出ていて、私はやっぱり彼らを置いてここを出ていくことは出来なかった。そもそも、出ていったとして、私に居場所なんてない。
「私はここから出ていきません」
「ステラ。お願いだ。これは、あんたを思って」
「だって、モアンさん達が悲しくなるでしょ。私だって、ここから出ていったら、っていい方あれですけど、行く宛てがないですし。それに、そんな貴族がいるなら、がつんといいたいです。民の声を聞かない領主がいてたまるもんですか。だから、お願いです。ここに置いてください」
私は、最後そう結んで頭を下げた。モアンさん達は顔を見合わせ、それから私を見つめた。
「ステラはそれでいいのかい?」
「はい。私、モアンさんも、シラソルさんも、この町も大好きですから」
それは嘘じゃない。私は、少し眉を下げて彼らに微笑んだ。