テラーノベル
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鉛色の空が泣いているかのように、昨夜から降り続く雨。
パソコンのキーボードを打つ指を止め、ナースステーションの窓から見えるシダレモミジの木へ視線を移した。
燃えるような深紅の色づきを求め、秋の訪れを静かに待つモミジの葉。
化粧前の緑の葉に作られた露は、小さな水飛沫を飛ばしながら流れるように滑り落ちていく。
「はぁ……」
声が漏れるほどの大きなため息をつくと、キーボードから離した左手を広げ、白く残る指輪の跡を見つめた。
昨夜、今泉さんと別れてから再び指輪を探しに行ったのだが……
街灯だけの薄明かり。
携帯のディスプレイの灯りは気休めにもならず、おまけに途中から小雨が降りだす運の無さ。
冷たい雨に打たれながら、腰の曲がった老婆のように地面とにらめっこを続けたが、結局指輪を見つけることは出来ず、終電でトボトボ帰宅したという結末だ。
絶対マズイよな……
遊びに行って結婚指輪を落とすなんて……。
何処で、どうして指輪を外さなきゃいけなかったのか……遼に何て説明しよう。
麗香と飲むのに、わざわざ指輪を外して行くって……
普通は「なんで結婚指輪外す?」ってなるよね?
どう考えても、めちゃくちゃ行動が怪しいじゃんか……。
目を伏せ、泣くに泣けない気持ちを押し込めるように唇を噛む。
浅はかなことに、今泉さんとぶつかった場所から転がって行ったであろう方向をゆっくり探せば、薄っぺらなコンタクトレンズを探し当てるよりは簡単に見つかるだろうと思っていた。
そう、見つかるだろうと……。
「……呑気にときめいてる場合じゃなかった」
ドジな自分に呆れ果て、握った左手を口元に当てて再び大きなため息を落とす。
「亜紀、あんたパソコンに向かって何一人でブツブツ言ってんの?」
突然掛けられた声に驚き、マウスを握る右手がビクッと跳ねた。
顔を強張らせて振り返ると、
「昨夜の刺激が強すぎて脳神経に異常を来したか?」
麗香がナースステーションの入り口に立ち、くくっと喉を鳴らして笑っていた。
「麗香!? どうしたの?……麗香が休日出勤なんて、珍しいじゃない」
私に近づく友人を見上げ、パチパチと大袈裟な瞬きをして見せる。
「私だって休日出勤したくてしてる訳じゃないんだけどさ~。明け方に呼び出されたのよ。受け持ち患者がAMI(急性心筋梗塞)起こしちゃってさ。緊急で心カテして、今やっと落ち着いたとこ」
麗香は私の隣の椅子にドスンと腰を下ろし、背もたれに身を委ねて大きく背伸びをした。
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「そうだったんだ。それは大変だったね。上手くカテで梗塞部位は広がった?」
「当ったり前でしょ。私を誰だと思ってんの? 一発で拡張完了~。ICUに移したから後の管理は当直医にお任せ。指示だけ出したら急いで帰るわ」
麗香は仰け反った体を起こし、目の前の電子カルテにパスワードを打ち込み始める。
「……そう言えば麗香、今日は朝から家族で出かけるとか言ってなかった?」
「そう。お弁当持って室内アスレチックに行く予定だったのに……。目が覚めたらママは仕事で姿なし! 柚奈にさっき電話したら、泣いて怒ってた」
麗香は注射指示画面に向かいながら苦笑いをこぼす。
「そっか……残念だったね。私達って休日があって無いようなものだから」
ため息をつきながら、ふとステーションの壁に掛かる時計を見る。
時計の針は十二時を指していた。
「あ、まだ間に合うんじゃない? お弁当の時間は過ぎちゃうけど……そこって何時までやってるの?」
「もう先に旦那とお義母さんが柚奈を連れて行ってるから。この後追っかけて合流するつもり。……私の帰りなんてあてにしてないからね。それに、私の作る手抜き弁当より、お義母さんが作るお弁当の方が美味しいし」
麗香はパソコンの画面に視線を置いたまま、フッと皮肉めいた笑みを貼り付けた。
「手抜き弁当だなんて……。麗香、お義母さんに任せっきりにならないよう料理も家事も頑張ってるじゃん。遅くまでの残業や休日出勤を避けるのだって、できるだけ柚奈ちゃんと一緒にいてあげたいからでしょ?」
友人の横顔を見つめ、柔らかな微笑みを浮かべた。
コメント
1件
亜紀の焦り、すごく伝わってきた……夫に何て言おうって悩む気持ち、わかるよ。麗香との掛け合いが自然で、仕事と家庭の板挟みになってる感じもリアルだった。「指輪を外す行為=怪しい」って亜紀自身が気づいてるのが切ない。雨音に心情が重なる、丁寧な日常描写にじんわり来た🌙