テラーノベル
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麗香はピタリとパソコンに向かう手を止め、少し驚いたような視線を私に向けた。
そしてステーション内を見渡し、私達の他に誰もいないことを確認すると、再びキーボードを打ち始める。
「……私はそんな良い母親じゃないわよ。
亜紀も知ってるでしょ? 家庭を持っても男遊びがやめられない、だらしない女。……全てが矛盾だらけの女なのよ」
麗香は目を細め、悪戯っぽく喉を鳴らして笑った。
「それは……確かに麗香は恋多き女だけど、母親としては――」
「母親として自信がないから、逃げてるのかもね」
私の言葉を遮るように、麗香がぽつりと呟く。
「……逃げてる?」
悲しみの影がよぎる横顔を見つめ、私は眉を寄せた。
「そう。目を逸らしていたいのよ……過去の過ちから」
過去の過ち?
「麗香?……」
「あっ! そうそう、昨夜は亜紀のメールに返事しなくてごめんね。実はあれから旦那と電話してたら携帯の充電が切れちゃってさ。今朝は患者の急変でバタバタしてたし。
で? 昨夜の呼び出しは何だったの? 今日もその関係?」
私の声に被せるように麗香が話題を変える。
そして何事もなかったかのような顔で、私が開いているカルテを覗き込んだ。
「え?……昨夜の呼び出しって?」
私は目をぱちぱちと瞬かせながら首を傾げる。
「だから、急に帰ったのは病院から呼び出しがあったからでしょ? 悠聖さんがそう言ってた。後で読んだ亜紀のメールには『急用』としか書いてなかったけど……」
「病院から呼び出しって……。悠聖さんがそう言ったの?」
「うん。だから私も連絡は控えたんだけど……あれ? 違うの?」
麗香はきょとんとした表情を私に向ける。
悠聖さんがそんな嘘を……。
「……いいよ、そういうことにしとく」
沸々と込み上げる行き場のない怒りを押さえ込みながら、マウスを握った。
「そういうことにしとくって何よ? 違うの? ……もしかして、悠聖さんと何かあったの?」
麗香は私の横顔をまじまじと見つめ、声のトーンを上げた。
「別に。何もないよ」
あったけど……
あんな無様な出来事、言いたくない。
「……ちょっと。 別にって何なの? まさか、悠聖に何かされた!?」
「だから、何もされてないって」
されたけど……
やった本人が知らん顔してるのに。
悠聖さんからしたら報告するような大した内容じゃないのかもしれないけど……
だからこそ、私の口からは絶対に言いたくない。
もやもやとした感情を押し殺し、平静を装った笑みを浮かべる。
「……な~んか、とっても怪しかったりしちゃうんですけどぉ」
麗香は口を尖らせ、わざとらしく上目遣いの視線を送ってきた。
「全然怪しくなんてありません。私からしてみたら、麗香と悠聖さんの方が怪しいよ。昨日は聞きそびれたけど、二人の関係って何?」
私も負けじと、わざとらしく友人を見つめ返した。
「はっ? 私と悠聖の関係?」
私の言葉が意外だったのか、麗香は目を丸くして身を引く。
「悠聖さん、私の知らない麗香の秘密を知ってる感じだった……。もしかして昔の彼氏とか?」
私は左手の人差し指を立て、麗香に向けた。
「彼氏ぃ!? まさかっ! アイツはただの知り合い。あんな下半身で物を考えるようなお子ちゃまに興味はないね」
麗香は私の向けた人差し指をぺちんと叩き落とし、けらけらと笑い飛ばす。
「う~ん……確かに昔から麗香は年上にしか興味なかったけど。……でも、ただの友達とは違う……何かが二人の間にあるみたいな……」
「何をぶつぶつと奥歯に物が挟まったみたいな言い方してるのよ。それより亜紀、あんた指輪どうしたの? 昨日から外したままなの?」
麗香は一度叩き落とした私の手をすくい上げると、指先を掴み、薬指をじっと見つめた。
「あ……うん。……帰りに落としちゃったの」
捕まれた指を引きながら、ため息混じりに呟く。
「落としたぁ!? って、どこに!」
麗香はぱっと指を離し、声を上げた。
「ホテルから歩道に出てすぐの所。……男性に顔面衝突した拍子に、ぽろっと……」
「落としたの!?」
「うん。前のめりに倒れて指輪を落としたあげく、膝は擦りむくし打撲するし。ストッキングには大きな穴が空いちゃうし。相手の携帯まで落としちゃって……。思い出しても、それはもう滑稽な有り様でしたわ」
私は苦笑いを浮かべ、黒のゆったりしたパンツの上から膝を擦ってみせる。
「打撲はさておき、相手の携帯を落とした!? それって一大事でしょ? 悪いのどっち? 大丈夫だったの?」
麗香は眉間の皺を深め、矢継ぎ早に問いを重ねた。
「私がよそ見して突撃していったんだけど……相手の男の人がすごく紳士的な人で、携帯の弁償どころか色々親切にしてくれて……」
一瞬、彼の――
今泉さんの柔らかな笑顔が脳裏をよぎり、思わず言葉が途切れる。
「……紳士的な男に親切にされて? それから?」
語尾を濁した私を見つめ、待ちきれないとばかりに麗香が肘で急かした。
「親切な人だったから大丈夫だった、ってこと」
胸の奥に残る甘い鼓動を誤魔化すように、私は強引に話を打ち切った。
「はぁ? 何、人に期待させといてそれだけぇ?」
「……それだけだけど? 期待って何よ」
口を尖らせて落胆する麗香を横目に、私は小さく笑ってみせた。
管野アリオ
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瑠璃マリコ
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コメント
1件
いやあ、麗香の「過去の過ち」って言葉がすごく引っかかりますね。しかもその後すぐ話題を変えるところがリアルな人間関係って感じで。悠聖さんの嘘と亜紀の指輪のエピソードがどう絡んでくるのか、気になって仕方ないです。それにしても麗香って、ああ見えて結構複雑な過去を抱えてそう…。次が楽しみです!