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「うっうまい!!」
「こっちもお願いします!」
「あ、俺は天ぷらそばで!」
日も傾きかけ、気温が下がり―――
ようやくハイ・ローキュストの行動が鈍く
なり始めた頃、
防衛の最前線となった町の、各飲食店や臨時の
炊き出しの場で……
兵士たちが貪るようにエネルギーを補給していた。
その一つに、ロングウェーブのブロンドヘアーを
した、女騎士といった体の女性が近付き、
「お前たちなあ……
少しは遠慮ってものを」
彼女の言葉に、兵士たちは思わず肩を
すくめるが、
「いえ、食べてもらわないと困ります。
ここにいて戦える人間は限られている。
1人の魔力が尽きれば、その分の負担が全体に
跳ね返ります」
私は彼女―――
ミヌエート・ラヴェル伯爵令嬢に歩み寄り、
「ミヌエート様も食べてください。
現状、人を指揮出来る存在は何より貴重です。
そちらから干し肉や穀物の提供もありましたし、
食べて頂かないとこちらも食べにくいので……」
そこで彼女は申し訳なさそうな顔をして、
「そ、そうですか……
それではお言葉に甘えて」
そう言って私から受け取った、貝の天ぷらと
天かす、半熟卵が入った汁少なめのウドンを
すすり始めた。
もっとも箸ではなくフォークで、になるが……
金髪ロングの鎧姿の美女がウドンを食す光景は、
なかなかシュールだ。
彼女は昼間組で、私も物資配りで駆け回って
その活躍を見ていたが……
使える魔法は身体強化―――
それに祝福というもの。
これは体力を回復させるもので、また対象は
全体に対するものであり……
体力を回復出来るという事は、その分魔力も
節約出来るという事になる。
一日に一回しか使えないという制限がある
らしいが、状況を見極めて部下の兵士や魔狼、
ラミア族もまとめて回復してくれていた。
「シンー!!
貝300個ほど追加―!!」
そこへ黒髪セミロングの妻が、報告に
駆け付けてくる。
例の貝は水魔法で出す水さえあれば、いくらでも
増殖するので―――
あの結婚式以降、比較的早い段階でどこの国でも
導入されていたらしく、
(80話 はじめての あいさつまわり参照)
そこそこ大きなこの町では、貝の養殖と下水道は
一通り完備されていた。
「ありがとう、メル。
貝の供給はいったん終わりにしよう。
麺類はどれくらい消費された?」
「半分くらいだねー。
避難民もいるだろうって、多めに準備してきて
良かったよー。
少なくとも子供たちには、全員に行き渡って
いるから」
実際、何千人かは軍を寄越すであろうと想定し、
小麦や穀物類の支援を見込み、調味料を中心に
コストの安い麺類と米を準備したのだが……
マルズ国はじめ新生『アノーミア』連邦が、
戦力の提供を見合わせたため―――
同時に、物資の支援が見込めなくなった。
一応、後方支援として王都や公都から
ワイバーンでピストン輸送させる手はずはついて
いるので、絶望と言うほどでもないが……
「子供たちだけでも、先に避難させる事が
出来ればいいんだけど」
「それは……難しいと思います。
皮肉にもグラキノス殿のおかげで、この最前線が
一番安全な場所となっております。
移動させる方が、よほど危険かと」
ミヌエート様に続きメルが、
「そだねー。
アルちゃんかシャーちゃんが運べれば
いいんだけどさ。
2人とも戦力として外せないでしょ。
かと言って、『乗客箱』も『病院箱』も―――
ワイバーンでは運べないし」
ワイバーンがコンテナのような箱を使って、
物資を輸送してくれる予定ではあるし、
それを使って他国まで送るのも手だけど……
そもそもそちらは安全性度外視だしなあ。
「幸い調味料―――
特に味噌とアメは大量に持ち込んだから、
しばらくはそれでしのごう」
「味噌ですか。アレはいいものですね。
お湯に入れるだけで簡単に作れますし、
それに貝と野菜を入れただけでも、腹持ちが
良い感じです。
パンと干し肉と塩スープだけの軍用食が、
一変しますよ」
味噌とアメ―――
どちらも携帯と保存に優れているからな。
それに塩分と糖分は両方必要だし。
「シン~……
ただいま。お腹へったぞ~……」
「ピュー……」
そこへもう一人の妻―――
黒髪ロングの女性が、ラッチを抱きながら
やってきた。
「お疲れ様、アルテリーゼ。
ウドンとソバと雑炊があるけど、どれがいい?」
「あー、それなら雑炊で……
とにかく何か腹に入れたいのでのう」
「ピュッピュ」
私が雑炊を器によそうと、その横で彼女が
ミヌエート様に向かい、
「ちとすまぬが、ラッチを頼めるか?」
「えっ!?
ははは、はいっ」
ウドンの器を手放してラッチを抱くと、
その腕の中でドラゴンの子供がすりすりと
体を押し付ける。
「ドラゴンの赤ちゃん、ですか……
こんなに小さいんだ……」
動物の子供の癒し効果は絶大なようで―――
ミヌエート様はうっとりとした表情でラッチを
抱きしめる。
「そーいえばアルちゃん。
私は裏方で食事の用意してたけど―――
ハイ・ローキュストの群れってどんな感じ
だった?」
「その辺りはユーミ殿に報告してあるが、
キリが無いというのが率直な感想だ。
我の火球で爆発四散させても―――
動きは止まるのだが、それもわずがな時間
だけで……
次から次へと押し寄せて来おる。
シンが長期戦になると言っていた意味が、
よくわかったわ」
自分も、氷水やサイダーの補充要員として、
時々氷のドームから出て駆け回ったけど……
まるで戦争映画のように、向こう側で爆発や
火の手が上がり―――
またハイ・ローキュストもバッタにしては
巨大なので、攻撃を受けて舞い上がる姿を
遠目でも確認出来た。
だが、それでも……
まるで地面から湧いてくるように、その進軍は
止まらない。
ドラゴンやワイバーンの火球に撃たれると、
一瞬だけ、映像を一時停止でもしたかのように
全体が止まるが―――
また再生ボタンを押したように前進が再開される。
バッタの英語名の語源はラテン語であり、
『焼け野原』を意味する。
しかもバッタには睡眠という機能が無い。
せいぜい、温度が低くなったら動きが鈍る
程度でしかないのだ。
昼夜関係なく、植物性のものなら食い尽くして
進む―――まさに災害だろう。
「侵攻を遅らせているだけでも最高の戦果だよ。
むしろ、全滅させた後の方が苦労するかも」
「……?
それはどういう意味でしょうか、シン殿」
ラッチを抱いたまま、ミヌエート様が
質問を向ける。
「ハイ・ローキュストの死骸はそのままには
しておけません。
卵がある可能性がありますので。
全て回収もしくは焼いてしまわないと―――
再びあの群れが復活します」
「さすがにその頃には……
本国が加勢してくれるといいのですが」
大きくため息をつく彼女に、メルがポン、
と肩を叩いて、
「焼くだけならドラゴンもワイバーンもいるから、
大丈夫だと思いますよー?
そういやアルちゃん。
シャーちゃんは?」
話を振られたアルテリーゼは雑炊をすすりながら、
「シャンタルなら、レムちゃんを回収しに行った。
もう戻ってきているだろう。
我らドラゴン組は昼間の攻撃担当なのでな」
パックさんは雷魔法の使い手だから、攻撃は
夜間組になっていて―――
昼間は睡眠が義務付けられている。
もっとも医療チームの責任者でもあるので、
重傷者が出たら起こしてくれとの事。
本当に頭が下がる思いだ。
「シンさん!」
ビン詰めの箱をガチャガチャと音を立てて、
ダークブラウンのダブルレイヤー風の髪を持つ、
童顔の青年がやって来て、
「ザース様。
どうしました?」
「ユーミ姉が、記録がまとまったので
一度来て欲しいと。
ミヌエート伯爵様もお呼びです」
「わかりました、すぐに」
そこで私は妻たちの方へ向き直り、
「では、私はこれで失礼します」
伯爵令嬢はラッチを母親へと返し、
メルとアルテリーゼは片手を振って、
「お疲れ様です」
「りょー」
「シンも適度に休んでくれ」
「ピュウ」
彼女たちと別れた後―――
私とミヌエート様は司令所へと急いだ。
「シンさん、ミヌエート様、お疲れー。
どうぞこちらへ」
「はい」
弟と同じ髪の色をした、ロングヘアーの女性が
書類とにらめっこしながら私たちを出迎える。
「お疲れ様です、シン殿」
「まあ、ミヌエート殿も座ってくれ」
淡い紫色の短髪の青年、エンレイン王子と―――
真っ赤な長髪と長身の女性、ワイバーンの女王・
ヒミコ様も同室にいた。
「状況はどのようになっているでしょうか、
ユーミ様」
「我が兵がほとんど戦力になっておらず、
心苦しいが……」
私と伯爵令嬢に対し彼女は、片手を垂直にして
横に振って、
「あー、ワタシにはそんな堅苦しい態度は
取らないでいーよ。
で、状況なんだけど―――」
そこでユーミ・ドーン伯爵家次女は説明を始めた。
まず、昼間から突入した防衛戦で、確認出来た
ハイ・ローキュストの撃破数はおよそ三千。
一番破壊力の高いのはドラゴンの火球だが、
一度に二、三十匹ほどの撃破結果だったという。
爆発で広範囲を巻き込むものの―――
相手は移動している集団。
それに体が軽く構造が単純だからか、
吹き飛ばされてもよほど当たり所が悪くなければ、
致命傷にはならないらしい。
ワイバーンの火球も同様だが、ドラゴンとの
連携で撃ち込まれる遠距離攻撃によって、
それなりに遅滞させる事が出来ている。
マルズ国・ラヴェル伯爵家の火魔法十五名による
攻撃は―――
およそ二百ほどを撃退したとの事。
また、すり抜けてきたハイ・ローキュストは
四十体ほどで、それらは魔狼ライダーとラミア族で
片付ける事が出来たという。
「そんでね、あの……
『17号』とやらの事なんだけどさ」
パック夫妻曰く、
レムちゃん専用―――
騎士型汎用ロボット……
何やら火力兵器っぽいのをいっぱい搭載して
いたからなあ……
どうなったのかと思っていると、
想像以上の活躍だったようで―――
『もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな』
と思えるほどの無双っぷりだったらしい。
ドラゴン・ワイバーンの火球攻撃で
ハイ・ローキュストの大群が怯んだところへ、
遠距離のマシンガンのような魔導兵器を撃ち込み、
密集しているところへは火炎放射器のような
攻撃で燃やし尽くし、
その両側を人間の火魔法がカバーする……
という展開だったとの事。
途中、魔導兵器が魔力切れを起こした後は、
肉弾戦へと移行。
シャンタルさんがレムちゃんを回収した時、
『17号』のボディはハイ・ローキュストの
返り血ならぬ体液で染まっており……
水魔法で洗われたという。
「それはそれは……
しかし、それなら何で群れは『17号』を
避けようとしないんですかね?
好都合ではあるんですが」
「多分、魔力に誘われているんじゃないかと
思います」
声と共に、司令所へシルバーの長髪の男性が
入ってきた。
「パックさん。
もう起きたんですか?」
「シャンタルに交代だと起こしてもらいました。
目立ったケガ人も出なかったようですし、
少し腹に入れたら、夜間攻撃に参加します」
そして彼も席に着く。
「それよりパック殿。
魔力に誘われているというのは―――」
ミヌエート様がパックさんに質問する。
「シャンタルから聞いたのですが、群れは無軌道に
広がらず、まるでこの町目掛けて接近している
ようだと。
恐らくはここに、エサが集中しているのを
わかっているからでは、と推測します」
「エサ?」
思わず私が聞き返すと、
「確かにここは―――
避難させてきた民が大勢おります。
あの群れに取っては、大移動の『補給地点』
なのでしょうね」
マルズ国の王子が苦々しく語る。
そういえば獲物を群れで襲うって言ってたし、
アレ、肉食でもあるのかあ。
今の今まですっかり忘れていた。
しかしこれは逆にチャンスでもある。
あの群れは―――
ここを素通りする事は無いという事だ。
「つまり、ここに釘付けにする事が出来る、
という事ですね?」
私の言葉に、周囲の警備している兵も
ポカンと口を開け、
「ご、豪胆ですね、シン殿は」
「ま、まあ確かに最悪の場合……
『万能冒険者』殿にお任せする事になるかも
知れぬが」
私の『能力』を知らない青年と知っている女性は、
それぞれの感想を口にし、
「確かに―――
グラキノス殿の氷の防壁を、突破する事は
不可能でしょうからね」
「万が一の時はここに立てこもる事も、
視野に入れておきましょう」
ラヴェル伯爵家の令嬢と、薬師の男性が
続けて語る。
自分とて、最悪の場合になったら力を出し惜しみ
するわけにはいかない。
それにここに集中してくれるのであれば―――
ドラゴンやワイバーンに空中からバンバン攻撃して
もらえれば、誤魔化しも効くだろうし。
「では、私はこれで―――」
「?? シンさんはどちらへ?」
私はユーミ様の質問に対し、
「夜間戦闘を担当する人たちのために、
もう少しスープを作り置きしておきます。
アレさえあれば、麺類を茹でればすぐ
食べられるようになりますから」
「あのウドンとソバには本当に助けられています。
戦場で―――
あれだけの物が食べられるとあれば、
兵士の士気も全然違いますからね」
そこで私はポリポリと頬をかいて、
「でもあれ……
本当はこの暑い時期、冷やせるというのもあって
持ってきたんですが」
その言葉に、全員が微妙な顔をする。
「だってねぇ~……
下手すればここ、公都より過ごしやすいよ?」
ユーミ様がだら~んと、テーブルの上に上半身を
投げ出し、
「グラキノス殿の氷の防御壁というか結界で、
とても涼しくなっていますからね」
「今が夏真っ盛りという事を、忘れて
しまいそうじゃ」
エンレイン王子とヒミコ様がウンウンとうなずく。
巨大なドーム状の氷に覆われたこの町は、
いわば天然の冷房の中にいるようなもので、
帰還した兵士やワイバーン、魔狼、ラミア族は、
温かい料理を堪能していた。
「暑さで兵士の体力が削られていく懸念も
ありましたが、そんな心配もなく―――」
「住人や避難民の体調変化も、最小限に
食い止められていますし。
医療班の負担もかなり減って、
戦力支援に全力を向けられます」
ミヌエート様とパックさんがいい事尽くめの
ように話してくれるが……
何とも複雑な心境だ。
「そういえばパックさん。
レムちゃんってやっぱり、夜は眠るんですか?」
ゴーレムが睡眠を取る、という事に疑問を感じ、
何気なく聞いてみる。
すると彼は軽く手を握って自分のアゴに当て、
「いえ、寝なくても大丈夫なはずです。
ただ自我がありますので、精神的な負担は
あるかと。
あと人間と同じ生活に馴染んだせいか、
当人が夜になると布団に入るようになって」
その説明に室内の人間が『あらまあ』という
表情になって―――
「では、昼間組はそろそろ休んでください。
私はこれで」
私は会釈して、司令所を後にした。
防衛戦二日目の朝―――
私はメルや支援担当の人と一緒に、
氷水や冷えた味噌汁、豆乳、サイダーなどの
飲み物を用意する。
攻撃組は外で対応するため、さすがに
温かい飲み物や料理は厳しい。
なので、体を冷やす物の準備は欠かせない。
食事は基本的に携帯食がチョイスされ、
サンド系やおにぎりが大量に作られた。
おにぎりは海苔は無いので、食用の野菜や葉物で
巻かれた物。
幸い、二百人の内十五名が直接攻撃担当なので、
残りを支援に回せるのは有り難い。
そして彼らと一緒に駆け回り、物資を配り―――
昼食を取る頃にはヘトヘトになっていた。
「おーいシンさん、生きてる?」
「ハハハ……何とか」
ユーミ様が食事中の私のところへ来て、
書類らしき紙をヒラヒラとさせる。
「夜間組の報告がまとまったから、
取り敢えずシンさんにと思って」
そこにメルも合流し、
「それで夜はどうだったの?
うまくいった?」
妻の問いに、彼女は髪をガシガシとかいて、
「誘導が目論見通りにいった事もあって、
かなりの損害を与えたのは間違い無い。
だけど、夜だからね。
視認が困難だって事で、正確な数字が
把握出来てねーんだわ」
暗視カメラや赤外線スコープなんて、
こちらの世界には無いからな……
そこは仕方ないのかも。
「ただレイドさんの偵察で―――
初日に確認した全体の数より、1割は
減っていると言われたんで……
昼間の分と合わせて1万なら、7千は夜に
削ったって事でいいんじゃねーかな。
つまりあと9日耐えきれば、勝ちだ」
具体的な数字が彼女から示される。
ある程度目途がつくのは、精神的に
楽になるが……
「9日かあ。
それまで持つかね、あの人たち」
メルが町の外側へ目を向ける。
初日が終わり―――
大規模な遠距離攻撃はドラゴン・ワイバーン、
途中での制圧はレムちゃん&『17号』、
その両側を人間がカバー、
撃ち漏らしたのを魔狼とラミア族、という
具合に分担が出来ていたが……
現状、持てる戦力をほぼフル稼働させている状態。
どこか一つでも穴が空けば―――
そこから全てひっくり返る危険もはらんでおり、
決して楽観は出来なかった。
まあ最悪、パックさんの言う通り中に立てこもれば
いいんだけど。
「ドラゴンやワイバーンは飛べるから、
町を覆う氷の上に乗る事が出来て―――
暑さ対策は出来ているかも知れないけど」
「他は基本地上だからねー。
しかも人間組は昼間担当が火魔法だし」
熱中症対策もあり、冷やした味噌汁で
塩分補給はさせているが、結局は人手不足に
帰結してしまう。
理想を言えば昼間でも交代人員が欲しい。
しかし無いものは無い。
このままいくしかないのだ。
「シン殿。
補給物資が届いたようです」
細長い眼鏡をかけた、青い短髪をした男性が
声をかけてきた。
「あ、じゃあグラキノスさん、
お願いします」
私の言葉にコクリとうなずくと、魔族の彼は
片手を自分が作った氷のドームの天井へと
向けて―――
すると頂点部分にポッカリと穴が空き、
そこへ箱をぶら下げたワイバーンが、
垂直にホバリングするように羽ばたいて
降りて来た。
その着地を見届けると、空いた穴はスーっと
閉じていき―――
何事も無かったかのように、元のドームに戻る。
さすが『永氷』のグラキノスと呼ばれる
魔王軍幹部……
その制御は完璧のようだ。
「ありがとうございます、グラキノスさん」
「いえ、これが魔王・マギア様より命じられた、
自分の仕事ですから」
その光景を住人や避難民たちが茫然と
見上げていたが、物資を受け取るために
担当者たちが向かうと―――
その雑踏にかき消されていった。
「シン殿!」
昼食を終えた後、補給物資の確認に行くと、
その場所にエンレイン様が待ち構えていた。
「どうしました、王子様」
王族である彼に一礼すると、その隣りにいた
ヒミコ様が、
「エンレイン殿の頼みを聞いてやって
欲しいのだが」
「頼み?」
すると彼は、一通の手紙を差し出す。
「ここに、最前線の現状を記してあります。
未だにハイ・ローキュストの通過を
許していない事……
また、魔族のグラキノス殿によって、町が
氷の要塞となった事などを。
この事を本国に伝えてもらえれば―――
考えが変わるかも知れません」
確かに―――
こんな事になっているとは、想定もして
いないだろう。
援軍とまではいかなくても、物資だけでも
送ってもらえれば、状況は劇的に改善する。
「物資を届けてくれたワイバーンの人は?」
私が周囲を見回すと、長身の黒い長髪の男性が
片手を上げ、
「あ、それは俺です」
そこでずい、とヒミコ様が彼に近付いて、
「マルズ国の場所は知っておるか?
そこの首都・サルバルにこの手紙を
届けて欲しいのじゃ」
「ご心配なく。
ここに来るまで、各所の上空を目印として
飛んできておりますゆえ。
女王様の命、確かに」
彼が踵を返すと、ヒミコ様は青年の肩をつかんで、
「落ち着け、何か食ってからでよい。
それにこの暑さじゃ、少しは休まぬと持たんぞ」
「し、失礼しました」
彼女が苦笑すると、私はそのワイバーンの
青年に向かい、
「ソバとウドン、ご飯がありますけど
どうしますか?」
「あ、それじゃソバ冷やしで……」
そこで私は彼を食事処まで案内し、
その後、戦線の物資配りに復帰した。
防衛戦に入って五日目……
何とか押し返し続けてはいるものの、
いかんせん人数が絶対的に足りず、
特に昼間組の状態が顕著で―――
ミヌエート様の兵、魔狼ライダー組、ラミア族と、
文句こそ出ないものの、疲労困憊しているのは
明らかであり、
ドラゴンとワイバーンは比較的元気だが、
それでも精神的な疲れは隠せず……
誰が見ても限界を迎えつつあった。
だがそこに―――
支援物資と援軍が到着する。
新生『アノーミア』連邦より、現地マシリア、
そして代表国マルズからもあの二名……
マルズ国の風雷―――
『風神』ナッシュ、
『雷神』クローザー。
他、遠距離攻撃魔法使いで構成された、
約二百名、そして支援用の人員五十名が
到着した。
遠距離魔法を使う人間は、これで一気に
六倍以上になる計算だ。
「来て頂いてありがとうございます!
ナッシュさん、クローザーさん」
私はスキンヘッドの二名に深々と頭を下げる。
「「…………」」
二人とも無言で頭を下げて返礼する。
そういえば寡黙な感じの人だった。
そこへ通訳のように、ラヴェル伯爵令嬢が
やって来て、
「あの、気を悪くしないでください。
彼らから話を聞いたのですが……
マルズでも援軍を出すべき、という意見は
あったようなのです。
それがエンレイン殿下の手紙を受け、
前線の安全が維持出来ているのならばと―――
元々準備していた事もあって、即座に動いたと
言っておりました」
そういえば確かに、王子様の手紙が届いた時から
逆算しても……
これだけの戦力が数日で来たのに驚いたけど。
「いえ、来てもらっただけでも十分です。
これで少しは、今まで戦ってきた人たちを
休ませる事が出来ます。
またレイド君とユーミ様の報告では、
ハイ・ローキュストの群れはほぼ半減して
いるとの事。
このまま最後まで乗り切りましょう」
こうして、ようやく明るい展望が見えた時、
「シンさん、ちょっといいスか?」
黒い短髪の褐色肌の青年に、私は呼び出された。
「……3倍?」
人気の無い場所で、私はレイド君とその妻、
ミリアさんから話を聞いていた。
「間違いないッス。
あの群れのさらに西側から―――
第二波ともいうべき大群が押し寄せて
来てるッス!」
「ここへ到達するのは、まだ先だと
思われますが……」
ライトグリーンのショートヘアをした女性が、
その丸眼鏡を直しながら説明する。
何というか……
盆と正月と葬式がいっぺんに来たらこんな気分か。
私は両腕を組んで考え込み、
「30万のハイ・ローキュストの群れか。
もうやるしか無いでしょうね」
もはや『無効化』を出し惜しみしている場合じゃ
なくなったのは確かだ。
「ちなみに、そのもっと西側は?」
「さすがにいないッス」
「何も無い平野というか……
恐らく、食い尽くされた跡でしょうが。
少なくとも『生き物』はもういないでしょう」
私はレイド夫妻の言葉にうなずくと、
大きく息を吐いて、
「今夜からやります。
パック夫妻や……
ヒミコ様やグラキノスさんには、
今から話を通しておきましょう」
こうして私は、表の作戦から外れ―――
裏の作戦に移る事になった。
「シンさん、そろそろッス」
「ありがとうございます。
夜間だけの出撃なので―――
レイド君の範囲索敵が頼りです」
あの後、司令所で話し合いがもたれ……
最初から戦いに加わっていたメンバーは今後、
『体力のある限り』防衛戦へ参加。
つまり、事実上の交代が認められた。
ドラゴンやワイバーンに関しては、
少なくとも合計四体、両側に二体ずつ配置。
他は各自判断で休息を取り、
アルテリーゼも『抜ける』時間が出来たのである。
また援軍はミヌエート様の指揮下に置かれ、
戦術はこれまでのものを継承。
残り五万匹なら、あと五日で問題なく
終わるだろう。
そして私とメルはアルテリーゼに乗り、
レイド夫妻の誘導の下、
三十万の大群に近付きつつあった。
「ここが群れの先頭ッス」
およそ三十メートルほど上空。
夜間では眼下に何も見えず―――
「アルテリーゼ、一発頼む」
「わかった」
そこで真下に、彼女から火炎弾が撃たれる。
すると―――
「うげ」
思わずメルが声を上げた。
炎の影に、無数の虫の動きが映る。
「どうですか、シンさん」
ミリアさんの質問に、
「範囲もまだ把握出来ていませんから……
やってみないとわかりません。
取り敢えず今夜やってみて、
その結果を見て決めましょう」
そして自分が乗っているアルテリーゼに、
「少し下がって旋回してくれ。
あの炎を中心に、ゆっくり回るように」
「わかったぞ」
炎の上空二十メートルほどで―――
ドラゴンはゆっくりと旋回し始めた。
同時に私が、
「そのような昆虫は
・・・・・
あり得ない」
とつぶやくと、
「……!
これはすごいッス!
バタバタと、感知範囲から消滅して
いくッスよ」
範囲索敵を使っているであろうレイド君が、
状況を伝えてくる。
それから数時間ほど、およそ中心から直径一キロに
広がるように旋回を続け……
飛び込む勢いで火が消えるのか、何度か
火球を補充。
やがて夜が白み始めてきた時、
眼下には、死屍累々とも言える光景が
広がっていた。
「……パッと見、4・5万って感じッスかね」
レイド君が呆れた感じで漏らす。
イナゴの佃煮を見た事があるが、遠目で見ると
それを大量に地面にぶち撒けたイメージだ。
「メル、火が残っていたら消して」
「りょー」
こうして後始末を終えると夜明けと共に、
私たちは拠点へ戻った。
その後、私とメル・アルテリーゼは
夜間出撃を行う生活に対応。
戻って来たら朝方、少しだけ眠り―――
昼前から夕方にかけて活動。
だいたい夜中の十時くらいに起きて行動開始。
レイド夫妻には、付き合い続けてもらうのは
負担が大きいので、いったん群れまで案内して
もらった後は、帰ってもらい、
夜明けと共に迎えに来てもらう運びになった。
そんな事を繰り返し……
当初相手にしていた群れ、十万匹を全滅
させられる見通しが立った最終日、
こちらも裏で三十万の群れを―――
全滅させる運びとなった。
「お疲れ様ッス、シンさん!
本当に全滅してるッスね」
「それで、言われた通り他のワイバーンを
3体ほど連れて来ましたけど……
何をするんですか?」
夜明けと共に合流したレイド夫妻と、
他ワイバーン三体に私は指示を出す。
「……燃やし尽くしてください。
まだ息のあるハイ・ローキュストもいますし、
卵も抱えています。
生きたまま燃やすのは心苦しいですが、
ここで確実に滅んでもらいます」
「え? でも火事になっちゃうんじゃ」
メルの指摘に、地上へ視線を下ろす。
見渡す限りの平野で―――
恐らく草木も食べ尽くされたのであろう。
ハイ・ローキュスト以外に燃える対象は
見えないが、それでもこれだけの群れに
火をつければ、大火災になる可能性はある。
しかし―――
「もし卵が残っていたら、群れが復活します。
確実な全滅を最優先とします。
もし火事になっても今は援軍が来ています。
要請すれば、被害は最小限に食い止められる
でしょう」
そこで、私とメル・アルテリーゼはいったん
レイド夫妻と共に町へと帰還し……
残ったワイバーンに、火炎攻撃による掃討を
任せた。
『ハイ・ローキュストの群れの後方で
広範囲の火災発生』の報が入るのは―――
そのおよそ3日後である。