魔法が全てを支配する大陸「グランドランド」。
そこには、雫を出す者や、星座を操る者、時間を一瞬だけ止める者……と、数々の魔法使いたちが暮らしていた。
特に名門「サンダリオス家」は、
歴史に刻まれる魔法の天才ばかりを生み出してきた一族だ。
母は嵐を生み、父は炎を踊らせ、姉は影すら操る。
誰もが彼らの力を畏れ、讃えた!
だが、
その一族に異端が生まれた。
末っ子のレクトだ。
朝陽がサンダリオス家の屋敷に差し込むと、レクトはいつものように窓辺で目を覚ました。
広大な庭園を見下ろす部屋は、魔法で浮かぶ水晶の灯りが柔らかく輝き、壁には先祖の偉業を描いたタペストリーが誇らしげに飾られている。だが、レクトにとってこの屋敷はただの「家」だ。彼はベッドから飛び起き、乱れた黄緑の髪をかき上げながら階下へと駆け下りた。
「レクト、遅いよー!!」と、
姉が台所から笑いながら呼びかける。
彼女は「影の魔法」で、手を増やして、朝食のパンを焼き上げたり、鍋を混ぜたり、洗い物を済ませたり、影の手で沢山のことを同時に行っている。
14歳とは思えないほどの才能だが、姉はそれを自慢するでもなく、ただ弟をからかうのに使っている。
「魔法なんか使わずに、普通に料理しろよ」
とレクトが返すと、
「あらー、ごめんなさいねー!!11歳のお坊ちゃまは魔法使えませんもんね〜!!!」
と姉は笑い返した。
そう、魔法を使えるようになるのは12歳から。
11歳のレクトは何も言い返せずに顔を真っ赤にした。
そこに、
母が優雅に微笑みながら現れた。
「二人とも、喧嘩はほどほどにね。」彼女の声は穏やかで、長い銀髪が朝日を受けて輝く。
「……はーい」
姉とレクトはそのまま朝食を食べる。
朝食の後、家族は庭に集まった。父はサンダリオス家の当主らしく堂々とした姿で、
手から炎を器用に描き、炎は空に煌びやかに輝いて散ってゆく。
「レクト、見ただろう。これが一族の血だ」
と父が笑うと、レクトも負けじと手を振って、炎が出ないかと確かめる。
「あっはっは、まだあと1年待たないとだぞ!」
まだ未熟で、魔法はまだ出せないレクトだけど、家族全員が拍手してくれた。
「上出来だ!」
と父が肩を叩き、母が優しく髪を撫で、姉が
「私だって凄い魔法持ってるし!」と張り合う。笑い声が庭に響き、まるで時間が永遠に続くかのようだった。
夕方、
家族で食卓を囲むときも幸せは続いた。
テーブルには母の手料理が並び、父が昔の冒険譚を語り、姉が目を輝かせて聞き入る。
レクトはただ黙って聞きながら、家族の温かさに包まれていた。
この偉大なサンダリオス家は、彼にとって魔法の力や名誉よりも、こんな日常こそが宝物だった。まだ彼は知らない。
この平穏が、やがて家族の期待とすれ違いによって揺らぐ日が来ることを。
レクトは中庭の中央に立ち、
色とりどりの魔法の灯りが彼を照らす中、
笑顔を隠しきれなかった。
3月3日
今日は彼の誕生日だ。
昼間。
村人たちが集まり、吟遊詩人が彼のために歌を紡ぎ、子供たちが花冠を手に駆け寄ってくる。
「レクト様、おめでとう!」
と口々に叫ぶ声が響き合い、
普段は静かなこの屋敷が、まるで祭りのように賑わっていた。
彼の短い黄緑の髪が風に揺れ、エメラルドの瞳が少し照れくさそうに輝く。
誰が見ても、高貴なオーラに思わず目を奪われてしまう、国の皆に愛される存在。
数百年前、彼の先祖は闇の軍勢を一夜にして灰に変えた。
歴史書にはその偉業が刻まれ、王都の図書館には金箔で飾られた彼らの肖像が残る。
そんな家系の末裔は、今ここで、大きな椅子に座り、シェフが焼いた豪華なパエリアを頬張っているのだ。
「めちゃくちゃ美味しいですねこれ」と、
隣に立つシェフに笑うと、
「有り難きお言葉感謝致します。」
と、言葉を返される。
「……楽しみだな、ようやく12歳になれた。俺の魔法はどんなものなんだろうか……!」
12歳の誕生日を迎えた夜、
サンダリオス家の広間は期待と緊張に満ちていた。
魔法の灯りが天井で揺らめき、
壁に飾られた先祖のタペストリーが厳粛な雰囲気を漂わせる。レクトは広間の中央に立ち、家族全員に見守られていた。黄緑の髪が少し乱れ、エメラルド色の瞳は興奮と不安で輝いている。
母の嵐、父の炎、姉の影――偉大なサンダリオス家の血を継ぐ者として、彼は自分の魔法がどんな形になるのか、夢見るように想像していた。
そして
レクトは胸を張って深く息を吸った。
「魔法よ……いでよ……っ!」
彼の声が響き、家族が一斉に視線を集中させる。手が震え、心臓がドクドクと鳴る。
一瞬の静寂が流れ、皆が息を呑んだその時――「ぽとっ」と小さな音がした。
レクトの手元から落ちたのは、真っ赤なイチゴ。小さな足が生えたそのイチゴは、「食べないでね!」と甲高い声で叫びながら、床をトコトコと走り出した。
「え……?」レクトが呆然と見つめる中、さらに「ぽとっ、ぽとっ」と音が続き、
跳ねるマンゴーや
「やめて!」と騒ぐリンゴが次々と現れる。
フルーツたちは広間を駆け回り、壁にぶつかって潰れ、果汁が飛び散った。
「何!?」最初に声を上げたのは父だった。
顔がみるみる紅潮し、拳を握り締める。
彼の声は低く、抑えきれぬ怒りが滲む。
母も目を大きく見開き、ゆっくりと首を振った。「レクト……これがあなたの魔法なの?」
その声は優しさを失い、冷たい疑惑に変わっていく。
……え?
レクトの鼓動は早くなる。
「待って!違うよ、俺だってちゃんと――もう一回やるから!」
レクトは慌てて手を振り、再び唱えた。
「魔法よ、いでよ!」
だが、結果は同じ。
跳ねるオレンジが父の足元で弾け、「食べないで!」と叫びながら果汁が彼のローブに飛び散る。
「ふざけるな!」父が吼え、
手から迸った炎が床を焦がした。
「こんな下らないものが、サンダリオス家の魔法だとでも言うのか!?一族の恥だ!」
母が一歩近づき、レクトを見下ろす。
いつも優しかった銀髪の母の瞳が、今は氷のように冷たい。
「レクト、あなた……これを人前に見せられると思ってるの?」
彼女の手が震え、言葉に失望が滲む。
「お母さん、俺だってサンダリオスなんだよ……!」
すがるように訴えると、母は目を逸らし、静かに言い放った。
「この家の名に値しないわ。恥を知りなさい。」
姉が最後に口を開いた。
「私、こんな弟だなんて……信じられない。」
彼女の影が床に伸び、まるでレクトを飲み込むように暗く広がる。
彼女は目を伏せ、背を向けた。
家族全員の視線が彼を突き刺し、かつての温もりは跡形もなく消えていた。
「……え?そ……そんな……」
レクトは膝をつき、床に散らばるフルーツを見つめる。跳ねるマンゴーが「泣かないで」と小さな声で囁いても、彼の目から涙が溢れ、床にぽたぽたと落ちた。
「お母さん……お父さん……お姉ちゃん……俺、何か間違えたの?」
声が震え、掠れる。だが誰も答えず、
広間に響くのはフルーツたちの小さな叫び声だけ。父が壁を叩きつけ、
「家から出て行け!」と叫ぶと、母が静かに頷き、姉が背を向けたまま立ち去る。
家族の愛が一瞬にして崩れ去り、
レクトはただ一人、冷たい床に取り残された。「俺の魔法が……こんなにダメだったなんて……」
嗚咽が漏れ、彼の小さな体が震えた。魔法が全てを支配する世界で、彼は初めて、自分が完全に拒絶されたことを悟った。
深夜のサンダリオス家の屋敷
冷たい風が容赦なく吹き抜ける。
雨はすでに土砂降りとなり、
地面を叩きつける音が耳を聾するほどだ。
レクトは荷物を握り潰したまま門前に放り出され、ずぶ濡れの黄緑の髪が顔に張り付き、エメラルド色の瞳は涙で曇っている。
屋敷の重厚な門が背後で軋み、
鈍い音を立てて閉ざされていく。
それは、彼と家族を永遠に隔てる壁のように感じられた。
「お母さん…待ってくれ…!」
レクトは掠れた声で叫び、
よろめきながら母の背中に駆け寄った。
彼女の銀髪は雨に打たれて重く垂れ下がり、
嵐を操る魔女の威厳さえも今は薄汚れて見える。だが、その背中は遠く、触れられないほど冷たく、レクトの心を締め付けた。
彼は震える手で母の細い腕を掴み、爪が食い込むほど力を込めた。
「お母さん…お願いだ…俺を置いていかないで…!」
声は雨音にかき消され、涙が溢れて頬を濡らす。だが、その涙すら雨に流され、誰にも届かない。彼の小さな手は母の腕を掴みきれず、
滑り落ちそうになる。それでも、必死にしがみつき、嗚咽を漏らした。
「俺だってサンダリオスなんだ…!何か悪いことしたなら…教えてくれよ…俺、直すから…何でもするから…!」
母は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
だが、その瞳は氷のように冷たく、かつての優しさは微塵も残っていない。
彼女は無言でレクトの手を振り払う。
指が母の腕から剥がれ、雨に濡れた石畳に叩きつけられた瞬間、レクトの膝が崩れ落ちた。
「もういい、レクト。」
母の声は低く、感情を削ぎ落とした刃のようだった。
「これからの人生、あなたはレクト・サンダリオスではなく、レクト・フルーツとして生きなさい。」
「お母さん…っ!」
レクトは這うように手を伸ばし、
母のローブの裾を掴もうとした。
だが、彼女は一歩踏み出し、その手を無情に振りほどく。
ローブが重く揺れ、雨水が跳ねてレクトの顔に冷たく当たる。
母の背中が門の向こうへ消えていく瞬間、彼女は一度も振り返らなかった。
「嫌だ…!お母さん…お父さん…お姉ちゃん…!」
叫びは風と雨に飲み込まれ、
虚しく響くだけだ。門が完全に閉まり、錠が下ろされる重い音が轟いた瞬間、
レクトの体から力が抜けた。彼は石畳に両手をつき、雨に打たれながら嗚咽を漏らす。
「お母さん…俺、ひとりやだよ…俺、何か間違えたの…?」
声は誰にも届かず、雨に溶けて消えた。
髪が額に張り付き、
顔を覆うように垂れ下がる。
瞳からは涙が止まらず、雨と混じって地面に黒い染みを作る。
荷物は彼の手から滑り落ち、
濡れた地面に散らばった。
そこには、かつて姉がくれた小さな影のハートの飾りが転がり、
雨に踏み潰されて砕け散る。
「お母さん…お父さん…お姉ちゃん…俺の魔法が…こんなにダメでも…俺は…」
言葉は途切れ、
代わりに嗚咽が喉から溢れ出す。
雨が彼の小さな体を叩きつけ、冷たい水が服に染み込んで骨まで凍える。
門の向こうから聞こえるのは、家族の足音が遠ざかる微かな響きだけ。
誰も彼を振り返らず、誰も手を差し伸べない。
「俺…いらない子なんだ…」
レクトは膝を抱え、頭を地面に押し付けるようにして泣いた。
雨は容赦なく降り続き、彼の存在を世界から消し去るかのように覆い尽くす。家族の愛も、誇りも、未来への希望も、全てがこの土砂降りの中で溶け落ちた。
生きてきた中で最も悲しい日を超え、レクトにとってそれは絶望そのものとなった。
冷たい風が吹き抜ける夜
「サンダリオス家」の門前で、レクトは荷物を放り出された。
母は嵐を生み出せるし、父は炎を踊らせるし、姉は影でさえ操れる、魔法を誇る名門一族。
だが、レクトが唱えた魔法から現れたのは、「やめてよ、食べないで!」と謎のフルーツ……。
「こんな魔法、サンダリオスの恥だ!!」――
屋敷で言われた冷ややかな声が胸に突き刺さり、彼はよろよろと歩き出した。
可愛く育てられてきたレクト
偉大な一族で生まれたことを誇りに思って、できる限りマナーや行儀も良くして生きてきたレクト。
レクトはやっぱりぽろぽろと涙を流していた。
行くあてのないレクトがたどり着いたのは、森の外れに立つボロボロの小屋だった。
扉を叩くと、髭もじゃの怪しげなおじさんが顔を出す。
「おお?迷い子か?まあ入れ、入れ!」と、ガラガラ声で招き入れられた。
室内に案内されて、おじさんはココアを作りにキッチンに向かってくれた。
名前はガレドというらしい、そのままこのおじさんは自分語りを勝手に続けた。
自称「元魔法使い下っ端」のおじさん。
小屋の中はカビ臭く、棚には埃まみれの壺や謎の骨が並んでいる。
レクトが「ここ、住めるんですか?」と聞くと、ガルドは「住めるさ!ネズミと仲良くすればな!」と豪快に笑った。
その夜、レクトはガルドの硬いソファで寝袋にくるまる。隣ではおじさんが鼾をかき、時折「闇の精霊よ…zzz」と寝言を呟く。
腹が減ったレクトが魔法を試すと、「ぽとっ」と跳ねるオレンジが床に落ち、ボヨンボヨンと跳ねてガルドの顔に直撃。
「うおっ!何だこの果物は!?」と飛び起きるおじさん。
「あっ……!!!」
バレないようにやったものの案の定バレてしまったので、焦りに焦ってしまうレクト。
そのままレクトはポケットにあった名前入りの財布も落としてしまう。
焦りすぎである。
ガルドは財布にかかれた名前をみて、ギョッとする。
「…そ、そのフルーツは!!!俺の魔法なんです!!!」とレクトは思わず叫んだ。
そして名前のかかれた財布をすぐにポケットに戻す。
レクトに、ガルドは少々困惑しながら言った。
「魔法……、
これが、サンダリオス家の魔法か……」
ビクッ!!!!!
やっぱり財布の名前を見られていた。
困惑が止まらないガルドに、思わず謝ったレクト。
「ごめんなさい、おかしいですよねこんな魔法!サンダリオス家のくせに……こんな、こんな……!!!!」
「魔法?こりゃ笑える!魔法のくせにめちゃくちゃ美味いなぁ!!」と、オレンジをかじり始める。
「え……、、」
意外にも甘い味に満足そうだった。
「俺はな、塩を手から出す魔法を持ってるんだ」
ガルドはそう言ってオレンジに塩をかけはじめた。
「意外と美味しいぞ?食うか?」
ガルドの優しい眼差しにレクトは思わず固まってしまった。
「……なんで?、あのサンダリオス家の末裔で、俺はこんなしょうもない魔法なんですよ?」
サンダリオス家は魔法を使って天災から街を救ったり、悪い魔法使いを一夜で倒したりしているのに、
俺の魔法はたかが変なフルーツを出すだけだ。
レクトは今にも幻滅されて、小屋から追い出されると思い込んでいた。
しかし違かった。
ガルドはそれがなんなんだよ!、すごい魔法じゃねーかよっと言って、
肩をポンポンと叩いた。
「……っ、、、!」
涙を流したレクトはそのまま、塩のかかったオレンジを頬張った。
森の外れにあるガルドのボロボロの小屋で、
夜が更けていた。
カビ臭い室内には埃まみれの壺や謎の骨が散らばり、
硬いソファに寝袋を敷いたレクトは眠れずに目をこすっている。
隣ではガルドが鼾をかき、時折「闇の精霊よ…zzz」と呟く。
どんだけ呟くんだこのジジイは。
外では雨が小屋の屋根を叩き、数日前の門前での出来事が頭から離れない。
レクトはポツリと呟いた。
「俺の魔法が家族を笑いものにするなら…いらない子でも仕方ないのかな…」
声は小さく、掠れて震えている。
膝を抱えたまま、彼は目を伏せた。
家族の冷たい言葉と背中が脳裏に焼き付いて離れない。
その時、ガルドが寝ぼけた声で
「んあ?何だぁ?」と目を擦りながら起き上がった。
彼は乱れた髭を掻き、レクトの暗い顔を見て眉を寄せる。
「お前、まだメソメソしてんのか?ったく、若いモンは脆いな。」
ガルドは立ち上がり、
キッチンへ向かってココアを温め始めた。湯気が立ち上る中、彼はボソボソと話し出す。
「俺の塩魔法だってな、昔は笑いもんだった。『下っ端のしょぼい技』ってよ。けどな、塩がなきゃ料理は締まらねえ。フルーツだって同じだ。何かに役立つさ。」
レクトは顔を上げ、ガルドをじっと見つめた。
「でも…俺のフルーツなんか、サンダリオス家の恥だって…お母さんもお父さんもお姉ちゃんも、俺を見てられなかった…」
声が震え、再び涙が溢れそうになる。
だが、ガルドはココアを手に戻ってくると、レクトの隣にドカッと座り、彼の肩をポンと叩いた。
「お前なぁ、家族がそんな簡単に嫌いになると思うか?」
ガルドの言葉に、レクトは目を丸くした。
「…え?」
「お前んとこの一族は、魔法が全ての世界で生きてきた連中だろ。嵐だの炎だの影だの、すげえ力で名を馳せてきた。そりゃ、お前のフルーツ見て頭抱えたさ。一族の誇りが傷ついたって焦ったんだよ。けどな、」
ガルドはココアを一口飲み、ニヤリと笑った。
「お前を育てた優しい目や、笑い声が響く庭での時間、あれが嘘だったと思うか?魔法のせいで距離置いただけだ。心底嫌いなら、お前を11年も可愛がらねえよ。」
レクトの胸が締め付けられるように疼いた。
母が髪を撫でてくれた感触、父の豪快な笑い、姉の影のハート——あの温かさが脳裏に蘇る。
だが、すぐに数日前の冷たい背中が重なって、彼は首を振った。
「でも…『レクト・フルーツとして生きなさい』って…サンダリオスの名を捨てろって…」
ガルドは鼻を鳴らし、ココアをテーブルに置いた。
「そりゃ悔しさと失望が言わせた言葉だ。親だって完璧じゃねえ。お前が泣きながら手を伸ばした時、振り返らなかったのは、情が揺らぐのを怖がったのかもしれねえよ。」
彼は立ち上がり、棚から古びた地図を取り出して広げた。
「なぁ、レクト。お前の魔法は笑えるし美味い。けど、それだけじゃねえ。
何か光るもんがあるって、俺は思う。
セレスティア魔法学園に行ってみな。
あそこなら、お前のフルーツが何かを変えるかもしれねえ。」
レクトは地図を見つめ、目を擦った。
「学園で…何かが変わる…?」
「そうだ。」ガルドは真剣な目で続ける。
「お前がフルーツを極めて、サンダリオス家の名を取り戻す否か、自分で決めろ。家族だって、お前が立派に立つのを見りゃ、心が動き出すさ。魔法のせいで離れただけなんだからよ。」
一瞬の静寂が流れた。
レクトの心に、ガルドの言葉がじわりと染み込む。
家族の愛が嘘じゃなかったかもしれない。
魔法が全てを壊しただけなら、魔法で取り戻せるかもしれない。
雨音が遠く感じられ、彼の瞳に小さな光が宿った。
「俺…家族とまた笑いたい…」
呟きが漏れ、レクトは震える手で拳を握った。
「俺の魔法がダメでも…何かできるなら…学園で、俺、頑張ってみる…!」
声は小さかったが、そこには昨夜の絶望とは違う力が宿っていた。ガルドはニヤリと笑い、肩を叩いた。
「それでいい。気張れよ、フルーツ坊主。」
家族との絆を取り戻すため、
そして自分の魔法を信じるために、
彼は人生最大の悲しみを乗り越える決意を固めた。
またまた数日後
ガルドに「気をつけろよ!」と見送られ、レクトは地図を手に森を進んだ。
道すがら、魔法の名残なのか、木々が青く光ったり、地面から小さな火花が飛び出したりする奇妙な景色が広がる。
地図の端には「セレスティア魔法学園」と殴り書きされ、簡単な絵が添えられていた――
そう、レクトが今から向かうのは、
セレスティア魔法学園の入学試験だった。
森を抜けた先に広がるセレスティア魔法学園の巨大な石造りの門が、
レクトの前に聳え立っていた。門の上には
「セレスティア魔法学園」の文字が輝き、
校舎は宙に浮かび、階段が勝手に動き、生徒たちが魔法で跳ね回る異様な光景が広がっている。
遠くで爆発魔法が失敗したのか、青い煙がモクモクと上がっていた。レクトはカバンを抱え、圧倒されながらも立ち尽くしていた。
「ねえ、受験生?」
背後から明るい声が響き、振り返るとニコニコしたツインテールの少女が立っていた。
「え…そうだけど、君もなの?」
「ウン!!!私はヴェル、同じなの、受験生…っ!」
緊張で顔を強張らせながらも笑う彼女に、レクトは少し困惑する。
「大丈夫だよ、俺も何やらされるか分からないまま来ちゃったし…」
「だよね!この学校の試験、前情報なんにもなくてさ…!」
ヴェルは大げさに頷き、二人は並んで試験会場へと足を運んだ。
受付に辿り着き、試験官が名前を尋ねてきた。
無愛想な男が紙とペンを手に、二人を見下ろしている。
「名前を言え。次はお前だ。」
ヴェルが先に進み出て、元気よく答えた。
「あ…私は、ヴェル・ルナリアです!」
ニコニコしながら言う彼女に、試験官は無表情で紙に書き込む。次に、レクトへと視線が移った。
「……お前は?どっかで見たことあるな」
試験官の低い声が響き、レクトは一瞬目を閉じた。胸の中で何かが渦巻く。
あの日の門前での母の冷たい言葉、家族の遠ざかる背中、
そしてガルドの助言——全てが頭を駆け巡る。
「お母さん…お父さん…お姉ちゃん…俺、家族とまた笑いたい…」
心の中で呟き、記憶の中の温かい笑顔が浮かぶ。母の優しい手、父の豪快な笑い、姉の影の魔法。
あの愛が嘘じゃなかったなら、魔法のせいで離れただけなら、取り戻せるかもしれない。
ガルドの言葉が耳に蘇る。
「お前がフルーツを極めて、サンダリオスの名を取り戻すか否か、自分で決めろ。」
レクトの手がカバンを持ち手を握り締め、震えていた。
目を閉じたまま、彼は深く息を吸った。
家族に捨てられた「レクト・フルーツ」として生きるのか、
それともサンダリオスの名を背負い続けるのか。答えは一つしかない。
家族の誇りを傷つけた魔法かもしれない。でも、この魔法で家族の心を取り戻す。
それが俺の戦いだ。
目を開けた瞬間、エメラルド色の瞳に強い光が宿った。
右肩にかけたカバンをぎゅっと握り、
レクトは一歩踏み出し、試験官を見据えて口を開いた。
「……俺は」
一瞬の間が流れ、周囲のざわめきが遠ざかる。
彼の声は小さく震えながらも、どこか確固たる響きを帯びていた。
「レクト・サンダリオスです。」
その言葉が空に響き渡った瞬間、ヴェルが
「えっ、サンダリオス!?」と驚きの声を上げ、試験官の眉がわずかに動いた。
だが、レクトは動じず、まっすぐ前を見据えている。
家族に拒絶された名前を、再び自分で選んだ意味は重い。
この魔法学園で、フルーツ魔法を極め、家族との絆を取り戻す——その決意が、彼の小さな背中に宿っていた。
試験官は無言で名前を書き込み、
「次へ進め」と告げた。
レクトはヴェルと並び、会場へと歩を進める。胸に刻んだ「サンダリオス」の名が、彼を導く光となっていた。
次話 4月19日更新!
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ついにノベルスタジオ製作の新作だ!嬉しい!