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『バレンシア』の閉店後
表の通りを歩く酔客の足音も疎らになった深夜
薄暗い琥珀色の照明の下で、カウンターの上にはスラムでの奇妙な再会の余韻が、濁った澱のように沈殿していた。
ダイキリがカウンターの拭き掃除をしながら、ふと手を止めて考え込むような表情を見せる。
その瞳には、いつもの天真爛漫な輝きではなく、湿り気を帯びた困惑が混じっていた。
「ねぇ、お二人とも!コロナリータさんが言っていた『自分の名前が人工的で違和感がある』っていう言葉、覚えてますか?」
「ええ、耳に残っているわ。あんな埃っぽい場所に似つかわしくない、響きだけは無機質で洒落た名前だったわね」
私がグラスを磨きながら応じると、ダイキリは我が意を得たりとばかりに、ポンと指を鳴らした。
「『コロナリータ』って、実は実在するお酒の名前なんですよ」
「お酒の名前……。そういえば、あの時もそんなことを言っていたわね。一体どんなお酒なの?」
私の隣で、いつものように背筋を伸ばし、影のように座っていたアルベルトが、微かに眉を動かした。
「……ここは私が」
カクテルに関しては、まさに血肉に刻まれた知識を持つ彼が、静かに、しかしどこか忌々しげに頷く。
「コロナリータとは、フローズン・マルガリータのグラスに、小型のコロナビール──通称『コロニータ』の瓶を、そのまま逆さに突き刺したビジュアルカクテルのことです」
「非常に派手で、奇抜で……まさに、作為的に作られた華やかさを持つ、悪趣味な酒です」
その説明を聞いた瞬間
私の背筋に、氷の刃でなぞられたような冷たい戦慄が走った。
「……そういえば、ダイキリも、貴方の母親であるギムレットもそうよね?」
私はダイキリに冷徹な視線を向ける。
彼女は「あっ」と声を漏らし、自分の名を確認するように小さく頷いた。
私の疑問は、そのままアルベルトへとスライドする。
「名前以外に共通点があるとしたら……エカテリーナとダイキリ、お二人の父親と接点がある、ということぐらいでしょうか?」
アルベルトは深く考え込むように目を伏せた。
彼の冷静な分析は、いつだって最悪の真実への最短距離を指し示す。
「たしかに!」
ダイキリが身を乗り出す。
その勢いで、カウンターに置かれたショットグラスが微かに鳴った。
「そういえば、コロナリータさん、知らない男に何かをされたって言ってましたよね。もしかして、それがエカテリーナさんと私の父親だったとか?」
「まさか」
私は鼻で笑って流そうとしたが、ダイキリの瞳は真剣そのものだった。
「……だって、彼女の証言通り『男三人組』だとしたら、アルベルトさんを誘拐した主犯がアルベルトさんの養父だった説は濃厚ですし」