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きなこもち
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#サレ妻
都築七美
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久しぶりに袖を通した制服は、どこか懐かしく感じられた。
火事以来しばらく離れていた職場へ、一花はようやく復帰することができた。
バックヤードへ入ると、店長の田中がすぐに気づいた。
細い銀縁眼鏡の奥で、相変わらずの笑い皺が柔らかく深まる。
「おかえり。無理しなくていいからね」
「ありがとうございます。長い間、お休みいただいてすみませんでした」
「そんなの気にしなくていいよ。戻ってきてくれてよかった」
その言葉に、一花の胸の奥が少しだけほどけた。
火事のあと、何もかもが以前とは変わってしまった。それでも、この場所では変わらず迎えてもらえたことが嬉しかった。
売り場へ出てしばらくは、思っていたより何も起こらなかった。
マスクで顔の半分は隠れているうえ、火傷の痕が残った今の姿は、ネットに出回っている以前の写真とは印象が違っている。
久しぶりの品出しやレジ対応に追われているうち、一花も少しずつ仕事の感覚を取り戻していった。
けれど、夕方前に差し掛かった頃だった。
学校帰りらしい制服姿の女子高生三人組が、売り場の端でふと足を止めた。
一人がスマートフォンの画面と一花を見比べるようにして、友人の袖を引く。
「ねえ、あの人……昨日見たやつじゃない?」
「え、どれ?」
「ほら、あの放火の」
「あー……風俗のやつ?」
別の一人もスマートフォンを覗き込み、それから一花を見る。
「目元、似てない?」
三人の視線が、画面と一花の間を行き来する。
声を潜めているつもりなのだろうが、途切れ途切れに聞こえてくる言葉が、一花の耳には嫌にはっきり届いた。
一花は気づかないふりをして、棚の商品を整え続けた。
けれど、箱を持つ指先には知らず力が入る。
やがて三人は何かを囁き合いながら、その場を離れていった。
一花はようやく息を吐く。
昨夜までスマートフォンの画面の中だけにあった悪意が、少しずつ現実の生活にまで染み出してきているような気がした。
それが、怖い。
「桜井さん」
不意に声をかけられ、一花は肩を揺らした。
振り返ると、田中と入れ替わるように品出しを終えた小野寺が、商品の入った段ボールを抱えて立っていた。
いつもの軽い調子は残っているものの、どこか言いづらそうに一花を見る。
「あー……見ました。ネットのやつ」
一花の表情がわずかに強張る。
「あれって……」
「嘘だよ。働いたことなんてない」
思ったより強い声が出た。
小野寺は目を丸くしたあと、すぐに頷く。
「ですよね。桜井さん、そんなタイプに見えないし」
そこまで言ってから、何かまずいことを言ったと気づいたように、小野寺が慌てて言葉を足す。
「あ、いや……別に、本当に働いてたからどうってわけでもないんですけど」
「あ、いや……別に、本当に働いてたからどうってわけでもないんですけど」
しどろもどろになった小野寺を見て、一花は思わず少しだけ笑った。
「……ありがとう」
小野寺もつられるように笑ったが、すぐに表情を改めた。
「いろいろ言われてますけど、桜井さん何も悪くないんですから」
「堂々としてればいいんすよ」
普段は責任なんて負いたくないと笑っている、どこかちゃらんぽらんな年下の青年。
だからこそ、その飾り気のない言葉が、一花の胸には思いのほか深く沁みた。
「……ありがとう、小野寺くん」
「いや、俺なんもしてないっすけど」
照れくさそうに笑うと、小野寺は段ボールを持ち直した。
「じゃ、品出し戻ります」
「うん」
その背中を見送りながら、一花は小さく息を吐いた。
少なくとも、この店には自分を信じてくれる人がいる。
そう思えただけで、もう少しだけ頑張れる気がした。
コメント
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うーん、なんかもう…すごく胸にきたよ🥀 一花ちゃんが久しぶりに職場に戻って、少しだけ日常が戻ってきたかと思ったら、またすぐにネットの噂が追いかけてきて。あの女子高生の囁き声、読んでるこっちまで息苦しくなった。 でも、小野寺くんの「堂々としてればいいんすよ」って言葉、めちゃくちゃ刺さった。 ちゃらんぽらんな人ほど、本気で言う一言って重みがあるよね。 一花ちゃんがあの職場に味方を一人でも見つけられたこと、本当によかったって思う…。