テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第45話:後日談。ハリウッドから届く「特大の感謝」
ハリウッドのトップ女優、シャーロット・ヘイズバーグが、お忍びでこの限界集落の古民家に現れ、特製塩むすびを平らげてから数日が経過した。
嵐のような一日だったが、彼女が帰国した後の我が家は、再び見慣れた『圧倒的な平穏』を取り戻していた。
「……ふぅ。今日もいい天気だな」
俺は縁側で、ほうじ茶の入った湯呑みを片手に、秋晴れの高い空を見上げた。
十勝の冷たい風は、シロの展開する『適温25度の神聖結界』によって完全にシャットアウトされ、縁側は極上の春の陽だまりとなっている。
足元では、純白の神猫・シロと、黄金色のキタキツネ兄弟(コン吉とコン次郎)が、今日も完璧な『トリプルもふもふ団子』を形成してスヤスヤと眠っていた。
平和だ。東京のブラック企業で、胃に穴を開けながらクレーム対応をしていた日々が嘘のようだ。
このまま、誰にも邪魔されることなく、昼寝の時間を満喫しよう。
そう思って、目を閉じかけた、その時だった。
「お兄さぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
村の一本道を、砂埃を上げながら、小春ちゃんが猛スピードで自転車を漕いでやってきた。
「どうした小春ちゃん。そんなに慌てて。また裏山にヒグマでも出たか?」
「違います! ヒグマどころの騒ぎじゃありません! テ、テレビ! ニュース! スマホ見てください!!」
小春ちゃんは自転車を放り出すように停めると、息を弾ませながら縁側に飛び込んできた。
そして、震える手でスマートフォンの画面を俺の目の前に突きつけた。
そこに映っていたのは、日本のニュース番組ではなく、海外のエンタメ専門チャンネルの生中継映像だった。
「……なんだこれ。どこかの映画のプレミアか?」
画面の中では、無数のフラッシュが焚かれ、赤い絨毯(レッドカーペット)の上を、世界中のセレブたちが歩いている。
そして、その中心で、最も多くのカメラとマイクを向けられている人物がいた。
「シャーロットさんです! 昨日、ロサンゼルスで開かれた世界的な映画祭の映像なんですけど……お兄さん、とりあえずこれ、聞いてください!」
小春ちゃんが動画の音量を上げる。
画面の中のシャーロットは、眩いばかりの純白のドレスに身を包んでいた。
限界集落の庭先で泥だらけになっていた姿とは打って変わって、その美しさはまさに『女神』そのものだった。
いや、以前の彼女が持っていた、どこか張り詰めたような、神経質な冷たさは完全に消え去り。
内側から溢れ出すような、圧倒的な生命力と、慈愛に満ちたオーラを放っていた。
『オーマイガー、シャーロット! 今日のあなたは信じられないくらい輝いているわ!』
インタビュアーの女性が、興奮気味にマイクを向ける。
『数日前の休養宣言から復帰して、一体どんな魔法を使ったの? 最高の高級スパ? それとも新しいスーパーフード? 世界中の女性があなたの美の秘訣を知りたがっているわ!』
その質問に対し、シャーロットは、カメラに向かって極上の微笑みを向けた。
そして、世界中に生中継されているマイクの前で、堂々とこう言い放ったのだ。
『私の美しさの秘訣? ふふっ、高級スパでも、特別なダイエットでもないわ。強いて言うなら……日本の北の大地にいる、神聖なる白猫【シロ】の癒やしと、素晴らしい【マスター】が握ってくれた、玄米の塩むすび(Brown Rice Ball)のおかげよ』
「――――は?」
俺の口から、間抜けな音が漏れた。
画面の中のインタビュアーも、集まったパパラッチたちも、一瞬だけ完全にフリーズした。
『シ……シロ? マスター? ブラウン・ライス・ボール!? い、一体それはどこの最新ブランドなの!?』
困惑するインタビュアーに対し、シャーロットは自身のスマートフォンを取り出し、画面を堂々とカメラに見せつけた。
そこに映っていたのは、紛れもなく、俺たちの『日常チャンネル』の配信画面だった。
『私が世界で一番愛している、最高の聖域よ。皆も、疲れたら彼らに会いに行くといいわ。画面越しでも、魂が救済されるから』
シャーロットがウインクをした瞬間、映像はスタジオのキャスターへと切り替わった。
「…………」
俺と小春ちゃんは、縁側で完全に無言になった。
『ミャウ?』
何事かと目を覚ましたシロが、不思議そうに首を傾げている。
「お兄さん……シャーロットさん、全世界に向けて、うちのチャンネルをガッツリ宣伝しちゃいましたよ……」
「……あぁ。しかも、シロと俺の玄米塩むすびまで、バッチリ名指しでな」
その直後だった。
小春ちゃんが持っていた配信用スマートフォンの通知音が、狂ったような速度で鳴り始めた。
ピロリンッ! ピロロロロロロロロロッ!!!
「ひゃわっ!? アプリが、アプリが壊れそうです!」
小春ちゃんが慌てて【日常チャンネル】の管理画面を開く。
俺たちのチャンネルの登録者数は、これまで250万人という、個人の配信としてはすでに異常な数字を叩き出していた。
しかし、今のカウンターの動きは、完全に『バグ』のそれだった。
260万……300万……450万……600万……!!
「お、お兄さん! 登録者が、1秒に何万人って単位で増えてます! 止まりません!!」
「マジか……ハリウッドのトップスターの影響力、エグすぎるだろ……」
俺が冷や汗を流していると、ついにチャンネルの同接(同時接続者数)も跳ね上がり始めた。
まだ配信ボタンすら押していない、ただの待機画面だというのに、世界中から怒涛のアクセスが殺到しているのだ。
『ここがシャーロットの言ってたチャンネルか!?』
『Brown Rice Ballはどこで買えるんだ!?』
『猫だ! 神の白猫がいるって聞いたぞ!』
『Hello from LA!』
『Hola!』
チャット欄が、世界各国の言語で埋め尽くされていく。
そこに、我がチャンネルの誇る『古参のVIPたち』が、新参者たちを迎え撃つべく立ち上がった。
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”LISTEN, NEWCOMERS! THIS IS THE SANCTUARY OF SHIRO! BOW YOUR HEADS!“(よく聞け新参者ども! ここはシロの聖域だ! 頭を垂れよ!)』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”Welcome to heaven. Throw away your worldly desires and just look at the cat.“(天国へようこそ。世俗の欲を捨て、ただ猫を見よ。)』
『石油王さんチーッスww今日も札束のビンタあざっすww』
『古参の富豪たちが新規を威嚇してて草』
『限界集落の配信が、完全に世界的カルト宗教の総本山になりつつあるww』
「あははっ! お兄さん、ついに登録者数、800万人超えましたよ! この勢いなら、今日中に1000万人いっちゃいます!!」
小春ちゃんが、お腹を抱えて笑い転げている。
1000万人。
日本の人口の約10分の1が、この何もない北の大地の限界集落の、ただの縁側での昼寝を監視(見守り)することになるのだ。
もはや、規模が宇宙レベルすぎて、元社畜の俺の理解を完全に超えていた。
俺は、大きく、深~く深呼吸をした。
そして、カメラの前に立ち、完璧なポーカーフェイスで語り始めた。
「……皆さま、落ち着いてください」
『落ち着けるかああああああ!!!』
『出た! 主の現実逃避タイム!!』
『さぁ、1000万人を目前にして、今日はどうやって言い訳する気だww』
俺は、澄み切った秋空を見上げながら、極めて論理的(?)に言い放った。
「シャーロットさんが仰っていた『シロ』というのは、きっと日本発祥の有名なオーガニックコスメブランドのことでしょう。『ブラウン・ライス・ボール』も、ハリウッドで新しく流行している、塩分と炭水化物を絶妙に配合したバスボム(入浴剤)の暗号に違いありません。ええ、ただの美容のトレンドです」
「あるわけないじゃないですかぁぁぁ!!!」
小春ちゃんが、俺の背中を全力で叩いた。
「さっきシャーロットさん、バッチリうちのチャンネルの画面見せてたじゃないですか! どう見てもお兄さんの握ったおにぎりとシロちゃんのことですよ!! 入浴剤ってなんですか!!」
『小春ちゃんのツッコミが冴え渡るww』
『主、ついにハリウッドスターの証言すら捻じ曲げる』
『バスボム(玄米の塩むすび)』
『適応力バグおじさん「ただの美容のトレンドですね(真顔)」』
俺の苦しすぎる言い訳に、チャット欄は古参も新参も入り乱れての大爆笑の渦に包まれた。
『ミャウ(うるさいわね)』
『キュン(寝させてよ)』
シロとキツネ兄弟が、俺たちの騒ぎを迷惑そうに一瞥し、再びギュッと身を寄せ合って目を閉じる。
どれだけ世界中が狂騒しようとも、彼らにとっては、この縁側のぽかぽかとした陽だまりこそが全てなのだ。
「まぁ……100万人だろうが、1000万人だろうが、俺たちのやることは変わらないさ」
俺は、ほうじ茶の湯呑みを手に取り、シロとキツネ兄弟の隣にゴロンと横になった。
「そうですね! 今日も元気に、お昼寝配信スタートです!」
小春ちゃんも笑顔でジンバルを固定し、俺の隣で座布団を抱きしめた。
ハリウッドのトップスターからの特大の感謝。
そして、爆発的に膨れ上がった世界中の『見守り隊』。
限界社畜が手に入れた北の大地のスローライフは、もはやスローの定義すら怪しくなってきているが……。
この絶対的なマイナスイオンと平和な日常だけは、これからも変わることなく、世界中へと温かく配信され続けていくのだった。
ゆうき あきや
3,596
259
#心理描写重視
コメント
1件
うわあああああシャーロットさんが世界的女優の名をかけて「シロと玄米塩むすび」って宣伝しちゃったんか…!!😭💕 もうそのシーン読んだ瞬間声出たわw しかも映画祭の生中継で全世界に公開とか規模感バグってる!! 古参の石油王と銀行家が新規に「頭を垂れよ」とか言い出すの草だし、「バスボムの暗号」とか言い訳するお兄さんの適応力ヤバすぎて笑いが止まらんかったww 最後の「やることは変わらない」ってところにほっこりした🥺💞 平和な縁側が世界の聖域になるって最高だね⋆♡