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第8話:尊い日常
深い霧が包み込む大江山の隠れ里。茨木童子が用意した離れの和室で、神酒荊棘は気だるげにネクタイを緩め、畳の上に寝転がっていた。窓の外では、しとしとと静かな雨が降っている。正体がバレてからというもの、安倍律はどこか他人行儀に、そわそわと部屋の隅で縮こまっていた。いつものように「神酒さぁん!」と袖にしがみついてくることもない。それが、荊棘にはどうにも気に入らなかった。「……何、しおらしくなっとんねん、律」荊棘は寝転んだまま、鋭い三白眼を律に向けた。はんなりとした京言葉の中に、隠しきれないトゲが混ざる。「あん、あの……」律はタレ目をさらに下げ、自嘲気味に指先をいじった。「だって、僕、君をずっと騙してたから。本当はヘタレなんかじゃなくて、安倍家の術式も全部使えて、君の赤髪化のことも全部知ってて……。君が『うちが守ったる』って言ってくれた時も、全部嘘の笑顔で返してたんだよ? 怒るのが普通、だし……」ハラハラと零れ落ちそうな律の本音。荊棘は小さくため息をつき、上体を起こした。スラックスのポケットに手を突っ込み、のっしのっしと歩み寄ると、律の目の前でドカッと胡坐をかく。「アホらし。……あんたがどんだけ強かろうが、安倍晴明の再来だろが知ったこっちゃないわ。うちが『守ったる』言うたんはな、あんたのその情けないタレ目を見て、うちの心が決まったからや。そこに嘘なんか一ミリも無いわ」荊棘は大きな手を伸ばし、律のふわっとした黒髪を、くしゃくしゃと手荒に、けれど壊れ物を扱うように優しく撫で回した。「あんたがどれだけ化け物じみた術使えても、うちの前ではただの『律』や。手ぇかかる子ぉのままでおり」律の目に、じわ、と涙が浮かぶ。それは世界を裏から支配する冷徹な天才の目ではなく、荊棘が大好きな、あの世界一情けないタレ目だった。「うわぁぁん! 荊棘ちゃん、やっぱり世界一男前ですぅ〜〜!」隙だらけの笑顔に戻った律が、がばっと荊棘の白いシャツの袖にしがみつき、胸元に顔を埋めて泣きじゃくる。「っ……これ、引っ付きすぎや、喧しいわ! ……もうトゲ刺すで」口ではトゲトゲしく怒りながらも、荊棘は顔を真っ赤にしてそっぽを向き、律の背中をポンポンと不器用叩き続ける。窓の外の雨音だけが、二人の隠れ家の静かな甘さを優しく包み込んでいた。
コメント
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「第8話、尊い日常、めっちゃ良かったです……!」 律が正体を隠してたことに後悔してる描写と、荊棘ちゃんが「うちの前ではただの『律』や」って言い切るところ、もう泣けました。伏線回収の仕方も自然で、「守ったる」が最初から本心だったと分かってスッキリ。最後の雨音に包まれた甘さ、この距離感が尊すぎます。続きが気になるー!