透明な青い瞳は、後ろにいるアルベドでなくて、確実に私を見ていた。先ほどの冷たさはそこまで感じられず、でも、依然何を考えているか分からなくて、怖かった。
(手、抜いたの見抜かれた……)
自分でも自覚はしていても、あれだけの魔力を撃ち込んだんだ。それでも、フィーバス卿は無傷で、それが信じられなくて、私は何度も瞬きをする。傷一つ、塵一つその身体にはついていない。どれだけ、堅い魔法を張ればそんなことになるのだろうかそう思ってしまう暗いに。
だって、あれでも全力……とはいかなくても、自分が今まで放ったことない境地まで言った気がする。でも、それをいとも簡単に受け止めて。
(信じられない……)
同じ人間とは思えなかった。この世界に魔王がいるかどうか分からないけれど、それに近しい存在ではないかと思ってしまうほど、彼の態度は、威圧感はそれに近かった。
アルベドは、大丈夫か? と声をかけてくれていたが、彼も驚いているようで、彼が如何に別格か、アルベドの態度が物語っている。
「ステラ」
「は、はい!」
「何故、手を抜いた」
フィーバス卿は、変わらぬ顔でそう聞くと、答えるまで逃がさないといわんばかり、私を見つめた。そんな目で見つめられれば、答えないわけにはいかず、どうにか頭を動かして答えようと口を動かしてみる。
「怖くなったんです」
「怖くなっただと?」
「は、はい……自分の魔法……魔法は、便利なだけじゃなくて、人を傷付けることも出来て。自分の魔法を、フィーバス卿に打つとなった時、やっぱり怖くなったんです。もし、傷付けてしまったらって。戦場じゃ、甘えだっていわれるかも知れませんけど、私は、やっぱり無理です」
と、私は正直に話した。
フィーバス卿は頷くこともなく、私の言葉を受けて、さらにじっと見つめた。もしかして、答え方が間違っていたのではないかとすら思えてきて、私は目を泳がせる。だって、それが本音だったから。人に魔法をぶつけることなんてあまりしたことないし、それで、死んでしまったら、って普通考えるだろう。魔法を使う人間は、冷徹であればあるほど有利ではあるが、それはあくまで戦場。こんな試し撃ちみたいな奴で人を傷付けてしまってはいけないと私はそう思った。
リースも、アルベドも、皆いうけれど、優し過ぎるってこういうことなのだろう。彼らは、割り切っていて、そこの線引きをしっかりしている。だからこそ、魔法に乱れがない。
「でも、少し侮っていたのかも知れません。フィーバス卿のことは、話しに聞いていましたが、これほどまでに、堅い防御魔法を張れるなんて」
それは、シンプルな感想だ。率直で、何のひねりもない。だって、侮っていたのも事実だし、あれだけの魔法をぶち込めば、いけると思ってしまった。だから、弱めたのもあったけど、弱めたのは本当に当たるその瞬間ぐらいにだ。それを、フィーバス卿は全部しのいで。
私一人では、自分の魔法をしのぎきることは不可能に近いだろう。けれど、フィーバス卿は、涼しい顔で。そこが、私や、アルベドとの違いなのかも知れない。魔法に得意不得意はあるわけだし。
(それにしても、本当にあり得ない。化け物みたいな強さ……)
ブライトと、アルベドが賞賛するわけだと、ようやく納得できた。何か私も一つでも突出できればいいのだけれど、ここまでいこうとなると……
そんなふうに、フィーバス卿の言葉を待っていれば、フィーバス卿は呆れたといわんばかりにため息を吐いた。
「もっと、誇れ。貴様の魔力は、俺が受けてきた中で一番だった。ステラ、そこまで落ち込まなくてもいい」
「ええっと……誉めてくださっている?のですか」
「……」
「ひぇっ」
睨まれた気がして、私はアルベドの後ろに隠れた。アルベドは、何も言わなかったけれど、その視線を、フィーバス卿に戻し、プッと吹き出した。
「ステラ、フィーバス卿のいうとおりだぞ?」
「いきなり何よ!励ましとかいらないから!」
別にこれがテストなわけでもないし、落ちたという明確な発言はない。だから、どうこういうつもりはないし、言われる筋合いもない、なんて開き直って、アルベドの服を引っ張れば、アルベドは肩をすくめた。
フィーバス卿のそれが、私にはお世辞というか、頑張ったんだからいいじゃないかみたいなものに聞えて仕方がない。だって、私の魔法はフィーバス卿に通じなかった……それは事実であるわけで、覆らない。
「励ましじゃねえよ。フィーバス卿がお世辞を言うような奴に見えるか?」
「見えない、けど……でも、私のは……」
「何故、そこまで自分に自信がないのだ、貴様は」
と、フィーバス卿がこちらに近付いてくる。彼の纏う冷気が少し肌に当たって寒い。彼はよく冷えかたまらないなあ、なんて思いながら顔を上げられずにいれば、ムッとした表情で、フィーバス卿は顔を上げるようにいう。
「魔力量は俺よりも多い。まだ、使い方に慣れていない魔道士のように思えるが、磨けば、俺の防御魔法も使えるようになるだろう」
「む、無理ですって。だって、フィーバス卿のそれは、全然真似できたものじゃないですから。それに、魔法に不慣れなのは、いつもで……」
「ならば、鍛錬する必要があるのではないか?」
フィーバス卿はそう言うと、私に手を差し伸べた。何故、手が差し伸べられているのか理解できず、首を傾げていれば、アルベドに背中を叩かれた。
「な、何!?痛い」
「手、取れよ。合格だってさ」
「ご、合格?何の?」
私がそういうと、フィーバス卿もアルベドも顔を見合わせて苦笑いしていた。私だけがこの状況を理解できていないようで、もう一度首を傾げる。
「ステラ」
「は、はい」
「合格だ。俺の……フィーバス家の養子として貴様を迎え入れよう」
と。それをいわれたのは、私が手を取った後だった。その言葉を、自分の中で理解するのに、時間がかかってしまい、養子、向かい入れる、という言葉がようやく合流したとき、私は思わずフィーバス卿の手を握ってしまった。力を入れたはずだが、彼の手は全然曲がったりもシワになったりもしなかった。とても堅い。色んなところが堅かった。
「わ、私が、ごう……養子に?」
「そのためにきたのだろう。そのための、テストだった。魔法もろくに使えない、魔法の性質も理解していない奴を、俺が迎え入れるとでも思うのか」
「い、いえ、多分、迎え入れないと思います」
フィーバス卿に刺さるものが一つでもあったのだろう。フィーバス卿の顔を見てみれば、少し穏やかな表情をしていて、何処か誇らしげだった。そんな表情も出来るのかと、私はつい見惚れつつ、養子になるということは、手続きは踏まないといけないんだよなあ、とその先のことについて考える。
もし、私に魔力がなければ、きっとこんな簡単にことは進まなかっただろう。いや、簡単ではないれど、それでも魔力があるということに救われている。エトワールの身体でも同じことが起こっていたのだろうか。あの身体もあの身体で、かなりの魔力を帯びているし。前の世界でも、色んなことを試して、最終的にフィーバス卿を仲間に引き入れようという話しになったのだが、もし、たどり着けていたとして、今回と同じような試練を言い渡されたとき、同じように出来ていたか。レヴィアタンを倒したとき、かなり魔力の消耗があった。そう考えると、エトワールの身体では、今回のことはなし得なかったかも知れない。
「そうだろ。それに、貴様は魔法の本質をよく理解している」
「ほ、本質」
「魔法は、人を傷つけられる者であるということ。感情に左右され、暴走する兵器であるということ。貴様はそれをしっかり理解していた」
「は、はい……」
取り敢えず、返事をして、私はゆっくりと私たちにあわせて歩くフィーバス卿の後ろをついて行く。
魔法が兵器であることは、リースから聞いた。リースと、魔法の恐ろしさについて語ったことがある。彼は、戦争で魔道士は、一人で何百人と殺せるといっていた。魔道士が多い国は、それほど力を持っていると。使い方を間違えれば、便利から兵器になると。前世の世界でも、それは色んなものに同じことがいえて。
人を傷付けられる力は慎重に使わないとと。それを、フィーバス卿は評価してくれた。
「ステラ」
「は、はい、何でしょうか!」
「……そんなに、かしこまらなくてもいい。そうだな、その優しさを忘れるな。魔法が兵器であるということを常に念頭に置き、傷付けない戦い方をしろ」
そういって、フィーバス卿は私に柔らかい笑み、そして、アルベドに冷たい視線を送った。