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「――しっかし、一時はどうなることかと思ったが、上手くいくもんだな」
「上手くって、アルベドいい方」
「だって、実際そうだろう。あのフィーバス卿を、言いくるめ……違った。説得できて、晴れて養子になれたんだからよ」
「だから、いい方……」
通された客室で、夕食を済ませた後、私達は、今日の出来事について語った。アルベドの態度の大きさは、フィーバス卿を前にしていた反動もあってか、かなりリラックスしたもので、これを聞かれていたら、ただじゃすまないだろうなという言い方ばかりで正直ヒヤヒヤする。でも、それだけ、心配していたのだろうということは伝わってきたので、私は何も言わない。
実際、私も、認めて貰えるなんて思っていなかった。血も涙もないような人だと思っていたから、あんな風な顔をするのだとか、優しく認めてくれるのだとか、そんなこと考えもしなかった。奇跡ではない、自分でたぐり寄せた結果なのだろうが、実感がない。
「てか、アンタ態度変わりすぎ。そんなに、フィーバス卿のこと怖いわけ?」
「お前は怖くないのかよ」
「怖いって言うか、冷たい人?っていう感じはするけれど、でも、実際優しかったりするじゃない」
「優しいか?まあ、優しいのかもな」
と、アルベドは、頭にハテナを浮べつついう。
アルベドと、フィーバス卿がこれまでどんな会話をしてきたかは分からないけれど、アルベドはまだ何か引っかかりがあるような、不安そうなかおをしているのだ。上手くいった、といっているくせに、まだ何かあるのだろうか。私には分からなかったし、彼自身、話すつもりもないのだろう。無理に聞こうとは思わない。
それにしても、フィーバス卿の屋敷で出された夕食は美味しかったなあと、取り敢えず違うことを考えることにして気を紛らわしていた。手続きをしっかり踏んで正式に養子になるのはもう少し先だろう。養子になれば、貴族としての身分が確立され、下手に手出しできなくなる。エトワール・ヴィアラッテアへの対策も立てなきゃだし、トワイライトがこの世界にやってくるまでには何か策を立てたい。それに、あの子が、私じゃないエトワール・ヴィアラッテアにお姉様、なんて呼んでいるところを想像したくなかった。これはただの我儘かも知れないけれど。
「リース……」
この世界にきて、まだ一言も喋れていない恋人の名前。一番考えないといけないところはそこで、噂が流れてくるたびに、エトワール・ヴィアラッテアが、リースの婚約者なのではないかと思ってしまう。実際もう、そんな話が出ているのかも知れないが、結婚式が執り行われる前にはどうにかしたい。まあかといって、リースに婚約破棄したという烙印は押したくないし、エトワール・ヴィアラッテアの身体を取り戻すことが目的なのだから、そこは考えなくていいのかも知れない。全ては、世界が元通りになってから考えればいいこと。
「取り敢えずまあ、一歩前進だろ」
「そうだよね!この間達成できなかった目標が、達成できたんだもん。これは一歩大前進!ってこと!」
「そーだよ。えとわ……ステラは、笑ってたほうが似合うからな。あまり、気をつめんなよ」
と、アルベドは、らしからぬ優しい言葉をかけてくれる。ねじれてしまったこの世界では、アルベドに助けてもらってばかりだ。何か返せたらいいのだけれど、彼はいらないとかいいそうだし、何を返していいのか分からない。彼が助けて欲しいと言ってくれたときに、私はアルベドを助ければいいと思う。あまり、ここも深く考えちゃいけないと思う。
「そのさ、アルベド」
「何だよ、改まったみたいに。疲れたなら、寝ろよ。明日も早いんじゃねえの?」
「そう、何だけどさ。その、ステラって呼ぶのまだ慣れてない?」
「あ?まあ、そうだな。俺からしたら、お前はエトワールだし、ステラっていうのは呼び慣れねえかもな。でも、今のお前の名前も似合ってると思ってるからな。どちらでも」
「そう……」
「んなこと気にしてたのかよ。顔暗かったのはそのせいか?」
「や、ちがうし……顔が暗かったのはその、疲れたっていうのもあるけど、アルベドに助けてもらってばっかりだなって思って。返せるものがないな、とか」
結局いってしまった。心の内に秘めておけば良いものの、なんでいってしまうかなあ、なんて自分でも思いながら、アルベドを見る。アルベドは、いつもと変わらぬ顔で、私を見ていた。何を考えているか分からないから、怖い。
アルベドは、足を組み替えて、膝に肘をついて身体を傾ける。
「恩返しして欲しいわけじゃねえし、そこも深く考えんなよ」
「でも、アルベドは本当に何から何までしてくれるから……だから、アルベドがいなくなったら、やっていけないなとか思っちゃう……って、その、これ、告白じゃないから!」
「分かってるって。お前が、好きなのは、皇太子殿下だろ?」
「う、うん」
私がそう答えれば、アルベドはやっぱり悲しそうなかおをする。私のこと好きだといってくれたことを思いだし、でも、それはちょっと彼なりの照れ隠しが入っていて、本気だけど、本気で面と向かって言われたことはなかった。彼も、私がリースを好きだから、一歩引いているのだろう。何だかそれが申し訳なく思って、恋心を利用しているんじゃないかと思っている。私だって、実際それを分かっていて、彼を利用しているわけじゃないし、彼なら私の言うことを何でも聞いてくれると思っているわけじゃない。でも、そう捉えられても可笑しくないんじゃないかって思ったりする。
「ただ、今のお前を見てると、俺でもいいんじゃねえかって思うけどな」
「何かいった?」
「いーやなんでも。まあ、皇太子殿下が洗脳されてたら、俺が一発殴ってやるから安心しろよ」
「安心できないし。私の好きな人殴るとか考えられない……それに、アンタが暴力罪で捕まったら、どうするのよ」
「そーいうとこだよ。優しいなあ、ステラは」
「からかわないで!」
くししっ、と悪戯っ子のように笑う彼を見ていると、また心が和らいだ。助けてもらってばかり、でも、彼も其れが苦じゃないのなら、それでも良いのかも知れない。まずは、一歩進んだこの現状を、次の段階へ持っていくことが必要だ。
(北の洞くつの大蛇退治……とか、早めにやっちゃってもいいのかな?)
北の洞くつにいた大蛇。万能薬が手に入ったあそこは、鉱山資源もあって、かなり穴場スポットである。ただ、大蛇がいる……のが痛いのだが、今の私なら簡単に倒せるだろう。あの時は、ラヴァインに倒して貰っちゃった……いや、勝手に彼奴が倒したんだけど、エトワール・ヴィアラッテアがこれに気づく前に倒して、鉱山を公爵家か、フィーバス卿のものにできれば……いや、それを売り出して、ダズリング伯爵家と繋がる事が出来ればいいんじゃないかと思った。エトワール・ヴィアラッテアが、そういう細かい要素まで知って、この世界を回しているかどうかは気になるところだけれど。
外から攻めていくのは必要なことで、エトワール・ヴィアラッテアに近付くにはこれが一番だと思った。ただ、近づけたところで、彼女のバックにはヘウンデウン教がいて、それがどんな風に動いてくるか分からない。それに――
「ねえ、アルベド、ラヴィのことはどうするの?」
「ああ?彼奴のことか……お前がいなきゃ、前の世界の記憶は取り戻さねえと思うぞ?」
「そ、そうなんだけど。このまま敵対したままだと、後々面倒というか、ラヴィも強い魔道士だし……」
「考えとく」
「あ、ありがとう」
考えとくというか、どうしたらいいかな、という相談だったのだが、軽く受け流されてしまった。アルベドからしたら、そこまで今、ラヴァインに執着がないのかも知れない。それに、私がいないと、前の世界の記憶を取り戻さないと思っているようだし……
(グランツも、ブライトも……ルクス、ルフレも……接触して、どうにか好感度を上げるしかないのかも知れない)
そのためには、貴族の令嬢らしくなること! それが一番だ。そう意気込んで深呼吸をしようとしたとき、トントンと部屋の扉がノックされ、むせてしまった。
「な、何?」
「夜分すみません、フィーバス卿が、ステラ様をお呼びです」
と、外側から女性らしき声が聞えた。多分メイド。私は、その声に応え、はい、といったが、こんな時間にフィーバス卿が何のようだろうかと、私はアルベドと顔を見合わせた。
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