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おばちゃんの工場から徒歩で数十分・・・・
おばちゃんは白いプレハブ式の
アパートの前で足を止めました
キラリはこのアパートを見上げてみました
このアパートは一階と2階
4世帯ずつで合計8世帯
階段の下の駐輪場の自転車をみれば
このアパートはどこもいっぱいで
人が住んでいる気配がしました
おばちゃんが1階の一番右端の部屋の
ドアに鍵を挿して入って行ったものですから
キラリはびっくりして後を付いて行きました
中は洋間の6帖ほどの部屋とユニットバス
そして小さなキッチンが付いていました
しかし 家具はありません
この部屋は 「空き部屋」でした
キラリは聞きました
「この部屋・・・・・おばちゃんの持ち物なの? 」
おばちゃんはバケツに入っていた
ゴム手袋を付けて
トイレ掃除を始めながら言いました
「正確にいうと
このアパートがわての持ち物ですな 」
このアパート・・・・・
キラリはおばちゃんの言葉を理解するのに時間が
かかりましたが
ようやく附に落ちた時に
おばちゃんがニヤリと笑って言いました
「このアパート一棟です 」
キラリは驚いて何を言えばいいかわかりませんでした
キラリの家は5世帯入った長屋のうちの一件で
裏には大家さんが住む大きな家があります
毎月キラリはその大家さんに家賃を払いに行くのですが
すっかり滞納ぎみの父の代わりに
いつも小言を聞くのがキラリの役で
その大家は父は働いているのかとか色々
詮索して聞いてきます
キラリにとって
家主とは詮索好きの嫌味な存在としか認識
していませんでした
まさかキラリの大好きなおばちゃんが
このアパートの持ち主なんて
キラリは驚きと尊敬を
隠せずにはいられませんでした
中学2年のキラリにとって
アパート一部屋ではなく
一棟まるまる所有してるなんて
果てしないお金持ちにおばちゃんが見えました
しかしこのおばちゃんは
キラリの想像している見るからに外見的に
別に高級は車を乗り回してるわけでもなく
高級なブランド物を
身にまとっているわけでもなく
今は割烹着を身に着けて
トイレの便器に工業用の洗剤を
つけてゴシゴシこすりながら
ひとりごとのように話します
「この薬剤を使って便器の尿石を
綺麗に落としたら新品に見違えますわ
ものを大切にするのを忘れた仲介屋が
まだまだ使えるものを
すぐに新品に変えたがって
業者を入れろ入れろとうるさくてね
そうでなくても数年前に
全部の部屋を洋間に変えた時に
多額の費用がかかりましてな
でもここ最近はどこもかしこも
洋間が好まれましてな
洋間にすることによって
収益性と内装・メンテナンス費用との両方で
まぁ・・・大きなメリットもありましてんけどね 」
「大きなメリットって? 」
「今までの和室には 畳・フスマ・障子が付き物です
藁や紙でまとめた日本古来の室内にはそれはそれで
捨てがたい趣がありますけどな
反面 擦り切れる・破れる 陽に焼けるといった
致命的な欠陥もありましてな
ただでさえ消耗が激しいのに特に若い入居者達の酷使に
あっては 畳もフスマも障子もひとたまりもありまへん
入居者がそこを出る頃には
部屋はかなり傷んでるんです 」
「へ・・え~・・・・・ 」
キラリの近所には関西でも有名な
大学がありました
そして駐輪場やこの部屋の大きさから推測すると
ここのアパートの入居者はほとんどといっていいほど
学生だろうと推測できました
そして おばちゃんと二人でいるこの何もない部屋も
よく見ると 壁にシミが付いていたり
台所と部屋を仕切る 戸ぶすまが傷ついて傷んでいました
「先月までいた入居者はこれでもまだ
綺麗に使ってくれた方ですわ
畳などはほとんどの入居者がカーペットを敷くため
それも風通しの悪いアクリル系が多いものやから
完全に湿気てしまいますさかい
畳の裏返しもできないんですわ
これらをいちいち業者を入れて修繕していると
回転して礼金が入ってきても
あっという間に経費となって
飛んでいってしますうんです
最悪持ち出しにすらなりかねないんですわ 」
ふーっと腰を拳でとんとんしながら
大きくのびをしたおばちゃんがニヤリと
笑いながらキラリに言いました
「このガチョウは少々世話がやけますけど
うまく回転させれば
莫大な卵を生み出してくれますのや 」