「もったいないお言葉!!北の方様に、お声かけどころか、席を一緒になどと!!!そのような事は、さすがに!!!どうぞ、ご容赦を!!!」
先程から、平伏し続ける正平は、これでもかと声を立てた。
「いや、あの、そのぉ。私、北の方、じゃありませんし……どうか、面を上げてください」
何か、大きな勘違いがあるようで、正平は、紗奈に向かって、這いつくばっていた。
「兄様……、どうすれば……」
「あの、正平様、私どもは、単なる、お付き。それを、あの方は、適当に言っているだけのことです。ですから、どうぞ、面を……」
常春の言葉に、正平は、一瞬、固まった。そして、おそるおそる、顔を上げ、
「……お付きの方?」
と、首をひねる。
付き人、つまり従者なら、屋敷の棟の中へなど入ることはない。
正平の従者も、屋敷の警護、随身《ずいじん》達が詰める、侍所《さむらいどころ》と呼ばれる詰所か、車を止める、車宿《くるまやどり》と、呼ばれる場所で、過ごすしているはず。客人を通す東の対屋《ついや》にまで、入れるとなると、お付きだとは言っているが、言葉通り従者ではなく、実は、守孝の仲間で、年下ゆえに、お付き、と、言っているだけではなかろうか。
しかし、それでは、北の方様は──。
と、正平は、紗奈を、マジマジと見すぎていたことに気がつき、こ、これはっ!無粋なことをいたしまして!!と、結局、頭を下げている。
「はははは、面白い男だ。這いつくばってばかりおる。もしや、お主、床舐め、ではなかろうな?」
守孝が、酒のせいか、やや、呂律が回らない状態で、ご機嫌ではあるが、なにやら、訳のわからないことを、言ってきた。
「は?!守孝様?床舐めって、なんですか?」
「ありゃー、紗奈や、知らないのか?!床をな、舐める、あやかしよ」
「はあ?!なんですかっ?それ」
「床を舐めるって、それで、床舐め??」
「兄様、守孝さまは、ご機嫌ですから、私達は、私達で」
うん、それがいいだろうと、常春は、膳を運び、灯りを移動させ、ささっ、正平様、と、声をかけた。
「ゆ、床舐め……ですか?初めて聞く、あやかしの名前ですなあ……」
なぜか、這いつくばっていたはずが、むくっと、起き上がり、あぐらまでかいて、正平は、考え込んでいた。
「……兄様、もしかして……」
「……だな、これは、同類かも」
兄妹《きょうだい》は、一瞬にして、顔をこわばらせる。
守孝同様、この、正平という男も、あやかし、好きはのではなかろうか。
ならば、この場は、実に、馬鹿らしいというべきか、あり得ない話で、盛り上がることになる。
それに、付き合わされるのか?
常春、紗奈共に、一抹の不安を抱きつつ、あのぉー、と、正平に声をかけてみるが……。
「中将様!恐れながら、この、正平、その、床舐めという、輩、存じませぬ。どうぞ、ご教授していだけませぬか?」
先程の恐縮具合は、どこへ。正平は、守孝へ、にじり寄っていた。
「おお、近こう、近こう。それはのぉ、実に、奇妙な、あやかしなのじゃ」
などと、二人は意気投合していた。
「嘘でしょ」
「いや、紗奈、こりゃー、ますます、こじれるぞ」
さて、どうする?と、二人して顔を付き合わすが、あちらはあちらで、ほおーーー!などと、感嘆の声をあげ、盛り上がっていた。
「うーん、兄様、とりあえず、腹ごしらえを。それから考えましょう」
「そうだな。食べよう。こちらから、気がそれている間に、腹ごしらえだ」
その後、こっそり抜け出してもよし、正平という男に、守孝を押し付ければよかろうと、二人は、箸を取った。
「……ん?」
「紗奈、お前も、思ったか……」
「はい、なにやら、味が、落ちつきない、感じが……」
「うん、味付けが……、どうしたことだろう?」
人様の屋敷で、膳をよばれている身ではあるが、出されているものは、非常に不味いものだった。
「まあ、いきなりの訪問ですから……」
「そうではあるが、紗奈。内大臣様の御屋敷だぞ?」
えええーー!!と、正平が、声を上げている。
タマ!!!
と、聞こえるのだが、床舐めの話は、どうなったのだろう?
まあ、盛り上がっているのだから、ほおっておくか、と、思いつつ、常春は言った。
「お二人は、料理の味付けに、何の不満も感じないのかなあ?」
「兄様、もう、お二人とも、呂律が回ってませんもの。味もなにも」
もしかして、と、紗奈が、続けた。
「これ、姫様のお口にあわせて?」
「……それは?」
「ご病気なら、それなりの、味付けやら、食材やらにしますもの。その、余り、だったりするのかしら?」
急な事とはいえ、姫君の、余り物を客に出すだろうか?
それでは、女房達の、つまみ食いではないか。
「なんだか、おかしな感じだなあ」
「ええ、普通の御屋敷と、違いますよね」
「そうだろう、そうだろう、何しろ、噂の姫君がいるのだから!」
「紗奈殿、御屋敷の謎解き、正平も、お手伝いいたしますよ!」
公達二人は、弾けきり、こちらを、みていた。
「守孝様が、洗いざらい、喋ったようだな……」
常春は言うと、ため息をつき、紗奈も、肩をすくめた。
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