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「大丈夫ですよ。モート君の調べているグリーンピース・アンド・スコーンという名のパン屋はクリフタウンにありましたよ。モート君は、何故私がそれを知っているのか? といった顔ですね。簡単ですよ。対抗組織はそこしかない。いや、黒い魂が大勢ある場所がそこしかないんですよ」
モートは感心して、早速狩りに行こうとした。オーゼムがグリーンピース・アンド・スコーンの名前と場所を知っているのなら、同行するまでだ。そこで、ミリーはもう大丈夫だと考え、シンクレアの家まで送ってから、オーゼムとクリフタウンへと向かうことにした。
16時に、バスの停留所でオーゼムとミリーと立っていると、空からは灰色の粉雪が大雪から一変しパラパラと降り始めていた。辺りは既に薄暗い。人が疎らの路面バスが到着する頃には、三人とも外套が雪によって湿ってきていた。モートはしばらく会っていないが、アリスの声が懐かしく想えた。
Greed 2
ヘレンの今日は滞在中のホテルからクリフタウンへと足を向けることにした。軽くジョギングをして朝食を取り。聖パッセンジャーピジョン大学付属古代図書館の館長と今日の予定を電話で話し、昼食を取ると地図と荷物を持ち出して部屋に鍵を掛けた。
昨日のジョンの話では、例のグリモワールを借りた人がクリフタウンにいるようだった。その人の仕事は、とあるパン屋だとわかった。
パン屋の名は「グリーンピース・アンド・スコーン」だ。
停留所で、エンストをしょっちゅう起こす路面バスには、辟易しているが、ヘレンは早めにクリフタウンへ行きたかった。
どうしても、忙しい時間帯を避けて閉店時間を過ぎる頃を狙いたかった。
数十ブロックも先のパン屋まで、辛抱しさえすればそれでいいのだ。
冬物のブーツを履いていたことに、すぐに後悔した。
ホワイト・シティではよくあることだが。
靴の湿り気が、この上なく気になって来たのだ。
停留所で少し足踏みして待った。
七つの大罪の記されたグリモワールとは? 本当はグリンピース・アンド・スコーンの誰が持ってきたのだろう? 危険は無いにこしたことはないが。ヘレンは何故か胸騒ぎが治まらなかった。
雪を被ったバスがノロノロとウエストタウン方面から走って来た。
ヘレンは瞬時に、モートの警戒した横顔を思い浮かべたが、頭を軽く振ってしっかりとした足取りでバスに乗った。
滞在しているヒルズタウンのホテルからクリフタウンへと行く途中。バスは周囲の車の流れの中。ノロノロと走るので、ヘレンは居眠りしそうになっていた。
眠気覚ましに何気なく乗客の声に耳を傾ける。
「なあ、前に話したっけ? 俺がいつも行くパン屋で、不思議と早朝にはドアには決まって蜘蛛の糸が張り巡らされているんだよ。何だか、掃除はもっと早くしないとだよなー」
「ああ、確か聞いたな。その話。あそこのパン屋は美味くて評判なんだがな」
ヘレンの斜め後ろの席からの会話だ。
「グリーンピース・アンド・スコーンって言ったら、ここ最近は店の売り上げがめっぽう大きくなったって噂を聞いたぜ」
「ああ。今度、俺も立ち寄ってみようかな」
ヘレンはその時。何とも言えない奇妙な感覚に襲われた。けれども、数分後には、バスに揺られているうちに、その感覚を完全に忘れてしまっていた。
道中、バスがエンストを六回ほどしてヘレンがうんざりしていると、商店街の中にある「グリンピース・アンド・スコーン」の大きなお店の看板が見えて来た。バスの停留所からヘレンは降りると、商店街の空を覆う天幕に助けられて、乾いたブーツを鳴らしながら、人混みの中で店まで歩いて行った。
今の時間帯は商店街は人が疎らで、天幕にたまに覗ける穴からは、空には白い月が見え隠れしていた。
時計を見ると18時だった。
ヘレンはモートの狩りの日は、いつも白い月が空に浮かぶことを思い出し。心強く思った。「グリーンピース・アンド・スコーン」の正面ドアを開けると、店の人は誰もが陽気な歌を歌うかのような明るい男たちだった。
こんな時間でもレジに並ぶ人々が大勢いる。
ヘレンは店の一人に尋ねた。
ジョン・ムーアから聞いた男の名を……。