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静寂が包む図書室の余韻を纏ったまま、二人でゆっくりと廊下を歩く。
老舗旅館の廊下は、どこか懐かしい木の香りと、磨き上げられた床の冷たさが心地いい。
尊さんはふいに足を止め、窓の外を見やりながら口を開いた。
「なあ、部屋に戻ったら少し露天風呂に入りたいんだが、昼食そのあとでも大丈夫か?」
その提案は、まさに俺が心のどこかで願っていたことだった。
「まだ11時ですし大丈夫です、ってか、俺も昼間にゆっくり入りたいって思ってたので!……なんだか、考えてること一緒でしたね」
「ふっ、決まりだな」
尊さんの口元に微かな笑みが浮かぶ。
その柔らかな表情を見るだけで、俺の心は朝の陽光のように温かくなった。
◆◇◆◇
客室に戻ると、畳の上に鞄や外履きを置き、大きく開かれた窓越しに庭園の緑を眺めた。
薄くひらめく雲の切れ間から注ぐ午後の日差しが、池の面を細かな金粉を撒いたように染めている。
蝉の声が遠ざかるような静かな午後だ。
時折、風に揺れる木の葉がサワサワと音を立てる以外、世界から音が消えたような錯覚に陥る。
部屋に専用の露天風呂があるから、人目を気にせず、思い立った時にすぐ脱いで入れるのは、この上ない贅沢だとつくづく思う。
用意が済むと、俺と尊さんは向かい合うような形で湯船に浸かった。
「はぁ……極楽だな」
「本当ですね……」
熱すぎずぬるすぎない絶妙な湯温は、皮膚を優しく包み込み、日々の疲れだけでなく心に溜まっていた澱までも溶かしていくようだ。
岩組みの縁に凭れ、火照った顔を手のひらで支えながら、俺はぽつりと零した。
「昼から露天風呂なんて贅沢してる気分です。時間がゆっくり流れてるみたいで……」
「大袈裟だな。だが、分からないでもない」
尊さんは目を閉じ、湯の感触を楽しんでいる。
その凛とした佇まいは、湯煙の中でも崩れることがない。
「それに……尊さんと一緒にっていうのが、何より嬉しいですからね」
思わず本音がこぼれた。その言葉に直接の返事はないが、代わりに湯の中から長い腕が伸ばされ、俺の肩を軽く引き寄せられた。
「あんま可愛いこと言うな。のぼせても知らないぞ」
「ふふっ、もうのぼせてるかもしれません」
耳元で低く囁かれるだけで、お湯の温度以上に体温が急激に上がるのを感じた。
尊さんの指先が肩に触れる場所から、熱が身体中に伝播していく。
熱い湯の中でもさらに身体が熱くなる感覚に、思わず尊さんの胸元を見遣る。
そこには、普段のスーツ姿からは想像もつかないほど、鍛え上げられた肉体があった。