「んー…貴方の笑顔か、涙が見たいな」
「…なんだそれ」
記念日に欲しいものを男が聞けば、女はそう答えた
男は、感情が顔に出ないポーカーフェイスだった
しかめっ面しか見たことない、そう言って女は満面の笑みを向ける
それを見て男はため息をつくが、心做しか口角は上がっていた
「そのうち、見れるかもな」
「ほんと?死ぬまでには見せてよね」
ニカッと笑う女に、男は眉の皺を深める
「縁起でもねぇこと言うな」
人間はいつか死ぬんだからー、と静かに笑いながら女が言えば、なにか言いたげに男は口を噤んだ
「お前はどっちが見たいんだ」
「泣き顔かな〜」
予想以上の速さで返答してくる女に隙を付かれた男は間抜けな顔をしてしまう
「は?趣味悪ぃな」
「えー、どっちも見たいけど泣くことなんて滅多にないじゃん?」
「確率の低い方を見てみたいなー」
「何言ってんだお前」
訳の分からない理由を聞いて男は疲れたようにソファに腰掛けた
「プレゼントなんて私要らないよ」
「あ?記念日は祝おうつったのは誰だよ」
「祝おうとは言ったけど、プレゼントなんていいよ」
「貴方そういう柄じゃないし」
「あ??……まぁそうだな」
サラッと言われ男はバカにしてるのか、という顔をするが確かに、と思い目を閉じた
「おやすみ」
目の前の女の目はもうほとんど開いていない
頭からは血がダラダラと流れて、助からないのは誰が見ても分かる
木に背中を預け、弱く息をしている
「来て、くれたの…ね」
「当たり前だ」
そんな状況でも、男は気持ちを隠すように冷静に話した
「結局、あなたの、笑顔も…泣き顔も、見れなかったわ…」
「ふざけたこと抜かすな、さっさと医者に見せるぞ」
そう言って女を運ぼうとするが、女はじっと男の目を見て動かない
「分かる、でしょ…あなたなら」
「私はもう、助からない」
こうしてスラスラ喋れているのが不思議なほど、女は致命傷を負っている
肋骨は全て折れ、右腕と両足の骨も折れている
内臓には折れた骨が刺さり、きっと酷い激痛だろう
「おい、ていって」
「っ…ふざけんな」
「誰が置いてくか、死んでも置いてかねぇ」
悲しみを堪えるように、男は唇を噛み締める
地面に置かれている拳は強く握られている
「お願い、よ」
だんだんと荒くなる女の呼吸が、最期を暗示する
「人は…いつか、死ぬでしょ、う?」
「あなたは、強く、見えて…とても、脆いから…心配、ね」
「………」
最期の言葉かというように、優しい笑顔を浮かべて喋る女
俯いた男の表情は見えない
「ごめん、ね」
「うっ…謝るな!!」
「ふふ、、どうしたの…よ」
男は叫んだ
泣き叫んだ
男の顔を見て、驚きもせずに女は笑った
「謝るな、笑え、お前の笑顔が俺は好きだ」
「初めて…ね、あなたが、そんなことを…言う…なんて…」
もう女の瞳は閉じ始めていた
女が持たないことを体が教える
「笑っ、てよ…あなたも…ね?」
最期を悟った女がそう言う
「…………アホか」
「愛してるわ、……愛してる…」
「あぁ、」
「ふふ、」
柄にもない涙を流しながら、不器用に笑う男を笑って、女はゆっくり目を閉じた
それを待っていたかのように
一滴すぅ、と垂れた涙は頬を伝い、顎へ、そして落ちた
男はぼやけた女を目に焼き付けた
二度ともどらないこの場所に置いていくために
────────そうして澄み渡る空に女を預けた