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ハウドラントから帰ってきて数日が経った。
今日も今日とてアリエッタは──
「みゅーぜ! めっ! めーっ!」(お風呂は1人で入れるってば! なんでもうミューゼ脱いでるのさ!)
「ほらほら、洗ってあげるから大人しくしようねー」
(だめだ今は逃げよう! ミューゼの後に──)
なでり
「あぅ♪」(あぅ♪)
脱衣場で恥ずかしさや申し訳なさでいっぱいになり、裸のミューゼに抵抗している。当然ながら、頭を撫でられて蕩けるように大人しくなり、なすがままに抱かれ、全身を洗われていく。
自分自身で認識できない弱点を見破られたアリエッタが、日常で保護者に勝てる事など無いのだった。そして風呂から上がる頃には、どれほどぬるいお湯でも必ずのぼせる。
そんなアリエッタを不思議に思いながらも可愛いと思っているミューゼとパフィには、アリエッタと一緒に入らないという選択肢は無かった。もちろんクリムも含めて交代で入っている。
風呂上りのアリエッタは思い出して恥ずかしがる……などという暇はなく、リビングで待機していたパフィに捕まり、また撫でられて大人しくなる。もはや同居人というよりはペットのような扱いになり始めていた。
「ふーん、今日もいろいろモノの名前教えたし?」
「食材の名前を教えたのよ。そのうち好きな食べ物でも言えるようになるかもと思ったのよ」
帰ってきてからは、少しずつモノの名前を教えている。一度は沢山の名前を教えていたが、短時間で覚える事が出来る新しい単語の数には限界がある。案の定、後日には半分程思い出せず、アリエッタはちょっと泣いた。
それからというもの2人は反省し、自分達でも覚えるのに無理がない数の単語を教えるようになった。
なお、未だに名詞しか教えることが出来ていない。
「……私達って、どうやって言葉を覚えてきたのよ?」
「なんとなく生活してたら覚えてたし」
人は会話を聞き、話す事で言葉を覚えていく。例え故意に覚えようとはしなくとも、大人達を観て子は育つのだ。
つまり……
「今みたいに、アリエッタの前でいっぱい喋ればいいのよ?」
「たぶん……」
時間はかかるが確実ではある。そこにアリエッタも話に加わろうとすれば効果は抜群。
問題があるとすれば、膝の上のアリエッタが、頭を撫でられていて話があまり聞こえていないという事だった。
(ふあぁ……気持ちいぃ……♡ ぱひ~もっとぉ~♡)
このまましばらく、アリエッタはパフィの胸に埋まり、頭も身体も蕩け続けていた。
ある日の事、『フラウリージェ』へとやってきたアリエッタ、パフィ、クリムの3人。
ミューゼは仕事で不在、クリムはミューゼに弁当を与えて店を休みにし、パフィの買い物に付き合う事にしたのだった。
(ついに服屋さんにアレを見せるときが来た!)
アリエッタは数日の間、とある絵を描いていた。本日はそれを持っての来店である。
「いらっしゃいませ~。お久しぶり、アリエッタちゃん」
「おはよっ」
この数日間、最初はビクビクしながら『フラウリージェ』へと連れてこられていたアリエッタだったが、数回着せ替え無しで連れてこられた結果、店長のノエラに挨拶をするまでには心を開いていた。
しかし野獣のような視線を送る店員を見ると、保護者の後ろに隠れたりはしている。
「ぱ、ぱひ~……」
「あー……とりあえず見せたい物があるのよ。個室で話せるのよ?」
「そうなのですか。では奥にまいりましょうか。少々お待ちくださいませ」
ノエラは近くの店員に軽い清掃と飲み物を頼み、少し話してから奥の休憩兼仕立て部屋へとパフィ達を案内した。急な来客の為か、少し布が散らかっていたが、店員が大急ぎで掃除し、テーブルの周囲が綺麗になっている。
(おお、明らかに服を作る道具がいっぱい。糸も結構種類あるんだなー)
3人とも大量の布や糸に興味を示しながら、席へとついた。
すぐに店員が飲み物を持ってきて、ノエラ、パフィ、クリム、そしてアリエッタの前に置く。
「ありがとうなのよ」
「ありがとだし」
「……あり…あとな?」
2人の真似をしたアリエッタの言葉に、その場と隠れていた全員が反応した。
「アリエッタ、あ・り・が・と・う……なのよ」
(ふむふむなるほど……)
お礼の言葉を教えるチャンスと、パフィがゆっくりと「ありがとう」を教えた。何度かこのやり取りをしているので、アリエッタも教えてもらっていると理解している。教えてもらった正しい言葉を復唱する事で、その言葉と使い方を理解するのである。
パフィから教えてもらった言葉を頷きながら一度頭の中で整理し、飲み物をくれた店員に向き直る。そして笑顔と一緒に新しい言葉を元気よく言い放つ!
「ありがとなのっ!」
ガタッドゴシャァ
そのお礼の言葉は、その場にいた全員に衝撃を与えた。
部屋の外では隠れていた全員が体勢を崩して店の一部を破壊し、ノエラとクリムは机に突っ伏し、パフィは胸を押さえて苦しそうにしている。そしてお礼の言葉と共に笑顔の直撃を受けた店員は、昇天しかけている。
「ど、どういたしまして~……」
辛うじて返事をし、フラフラと部屋を出ていった店員は、転がっている他の店員を踏んだ事にも気づかずに奥の椅子に座り……真っ白に萌え尽きた。
(よしっ! 「ありがとう」は『アリガトナノ』もうバッチリだ!)
アリエッタは「ありがとなの(※ありがとう)」を覚えた。
「はぁはぁ……今のは危険すぎますわ。ちょっとお店を臨時休業にしてきますね。今ので全員体調不良になったようなので」
そう言って、ノエラはフラフラと店の入り口の方へと向かっていった。全員が覗いていた事に気付いていたのか、今日は店員がもう使い物にならないと判断したようである。陰から少しはみ出している店員を引きずって見えない場所に放置し、ドアに本日休業の看板を下げて、ついでに大量のお菓子を持って戻ってきた。
「はい、アリエッタちゃん、これ食べてね~」
(おおっ、お菓子!)「ありがとなのっ!」
「はう~っ!」
満面の笑みでお礼を言われ、ノエラは絶頂に達した。
「なんかいやらしいし……」
「ちゃんとお礼言えて偉いのよ、アリエッタ」(これ絶対私の影響なのよ……私までおかしくなりそうなのよ)
パフィがアリエッタの頭を撫でると、満面の笑みがへにゃりと蕩け、それを見てしまったノエラがべしゃりと溶けた。
3人はノエラが再起動するまで、お菓子を食べながらのんびり待つ羽目になったのだった。
しばらくして復活したノエラ。席について話を促すが、顔がかなり赤い。
「見て欲しいのはこれなのよ」
パフィが1枚の紙を箱から取り出した。その紙にはミューゼが描かれている。そして……
「え、なにこれ……」
アリエッタの絵を見るのは初めてのノエラは、まず硬直した。続いて隅の机に置いてある服のラフ図を持ってきて見比べ始める。
ノエラも服を作る前に絵を描くのだが、どちらかというと図形に近い単純な図画である。
それに比べてアリエッタの絵は、ミューゼだと分かる人物画に、模様付きの服を着せたフルカラーイラスト。そのリアルさと伝わりやすさは段違いだった。
「えっ、ナニコレ……」
「同じ事2回言ってるし」
「まぁその気持ちは分かるのよ」
ノエラは再び停止した。
(えーっと、大丈夫かな? 何か気に入らない事でもあったかな?)
「ノエラさーん、しっかりするしー」
「はっ!? ご、ごめんなさい、ええっと、これは何ですの? どう見てもミューゼさんですよね? 紙に描いてあるってことは絵ですよね!? 誰が描いたんですか!?」
「落ち着くのよ」
簡単な図とはいえ、描くという作業をしているノエラだからこそ、絵の難しさは他の誰よりも分かっている。しかも服だけではなく人物までもが描き込まれている。
加えて絵が発達していないファナリアでは、誰が見ても人物を特定出来るレベルの絵など、未知の領域なのである。
だからこそノエラからの評価は、いきなり最高をぶっちぎった天井知らずのオーバーランクだった。
「私、この絵を描いた方にならメチャクチャにされても本望ですわ!」
『えぇ……』
「おぉ?」(なんでこのお姉さん、色っぽい顔してるんだろう?)
元々色っぽいノエラだったが、恍惚とした顔で絵を見ている今は、少々アブナイ感じになっている。
「いいから落ち着くのよ。とりあえずこの絵を描いたのは……はいなのよ」
「ぅわうっ?」
「……えっ」
パフィは名前を言う代わりに、絵を描いたご本人様を抱っこし、自分の膝の上に乗せた。それによって、前のめりになっているノエラとアリエッタの目が合った。
(えっと……えっと……あ、お菓子貰ったんだった!)「あ、ありがとなの!」
何故持ち上げられたか分からないアリエッタは、とりあえずもう一度お礼を言ってみた。
すると、ノエラは口をパクパクさせながら、首をカクカクと縦に振るという器用な事をやってみせた。色々な事が起こり過ぎて、処理しきれていない様子である。そのまま首をギギギッと回し、クリムの方を見た。
「怖いし!? ちょっと壊れかけてるし!」
「だってぇ~……もう訳が分からないですぅ~……」
なんと口調も壊れかけていた。
クリムはとりあえず、置いてある飲み物をノエラの口に流し込んで、強引に落ち着かせようとしてみた。
「ぐふっ!? げほっげほっ……いやあの……酷くないですか!?」
「……手っ取り早いと思ったし」
強引だったせいで、むせてしまい抗議する。だが少しは混乱が収まった様子。
「けほっ……と、とにかく! アリエッタちゃんをお嫁にください!」
全く収まっていなかった。
「いや、駄目に決まってるのよ……」
「とっくにパフィとミューゼの嫁だし。ボクとネフテリア様も家に行って混ざってるし」
「くっ……こうなったら、私も混ざりに行きますわ」
「人気店の店長がそれでいいのよ?」
本題に入る前に、また1人ミューゼの家に遊びに来る人物が増えた。
以前服の試作品を届けたのは店員の1人だったが、今後は何か作ったら店長のノエラが営業後に試作品を持参するとまで言い出した。
その熱意に押されたパフィとクリムは、とりあえず首を縦に振るしかないのだった。