テラーノベル
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パフィ達の必死のツッコミによって、なんとか少し落ち着いたノエラだったが、絵を見て再度壊れようとしていた。
「いや壊れなくていいし。ちゃんと落ち着いて絵を見るし」
「うぅ……こんな凄いモノを見せられて冷静でいろだなんて、とても酷な事をおっしゃるのね……」
「なんで壊れようとしてるのよ……」
ノエラの手元にある1枚のイラスト。ミューゼの全身像にはオシャレな普段着がカラーで描かれている。前世の世界とは違う事を理解しているアリエッタは、普段のミューゼ達の姿や、外を出歩いた時に人々の服をしれっと観察し、どういう感じの服なら受け入れられそうか計算していた。
(とはいっても、何描いても新ファッションになるハズだから、色々試してみるしか無いんだよね)
ノエラの反応を見て、服屋として新しいファッションに驚いていると思っているアリエッタ。だが、実はそれ以前の絵そのものに驚いて、ファッションどころではなかったりする。
(あ、もしかして正面しか出してないから、服の構造が分かりにくいのかな?)
気を利かせたアリエッタは、パフィの膝の上から横にある箱に手を伸ばし、絵を1枚取り出し、そのままスッとノエラ前に差し出した。
「……えっ?」
「あっ……」
そこに書かれているのはミューゼの絵で、同じ服を着ている。違いは後ろ向きという事である。
一瞬それが何なのか分からなかったノエラだったが、手に持っている絵をもう一度見ると、それが同じ服である事に気が付いた。服のデザイン画を描く時には同じように前後を描くので、職業柄気付きやすいのだ。
「天才……まさに天使! いえ、女神と言っても過言ではありませんわ!」
実はその通りなのだが、パフィですらその事実は知らない。
そんな女神の娘アリエッタは、これ以上勝手に絵を出さないようにと、頭をソフトタッチで押さえつけられていたりする。クリムも便乗し、小さな手を撫でたり、お菓子を食べさせたりして和んでいる。
しばらくして、絵を見つめ終えたノエラが口を開いた。
「こっ…この服をミューゼさんに作って欲しいという仕事の依頼でしょうか?」
服屋として、服の注文を受ける事は珍しくない。その時は口頭で注文を聞き、文字でメモを取り、体のサイズを計り、試作品を作ってから依頼主と相談し、手直ししていく。そんな手間暇をかけて作るオーダーメイドの服は高級品である。
しかし、最初から詳しい図面があれば話は変わる。体のサイズを計り、その絵の通りに形を再現し、違いがあれば自分達だけでもフィードバックをする事が出来る。その作業効率は段違いに良くなるのだ。
それを量産する事が出来れば、店にも新しい服が増える。そんなチャンスを持ってきたアリエッタを、ノエラはいろんな意味で欲し始めていた。
「うーん、それはついででいいのよ」
「え? ついで? これが?」
パフィの言った「ついで」の意味がイマイチ分からないノエラ。それもその筈、ここまで精密な図面を持ってきて、オーダーメイドではないという意図が、服屋としては理解出来ないでいる。
その感情が顔に出ていた為、クリムがフォローする。
「アリエッタが描いた絵を気に入ったら、その服をこの店の物として作って売ってほしいし」
「? それじゃ私のお店ばかりが得をするのですが……」
「色々理由があるし。まずアリエッタが目立ちすぎるのは良くないし。誘拐されちゃうし」
「た、たしかに……」
まずは誘拐を防ぐために、子供であるアリエッタを表に出さない事を挙げた。
どこの世界にも良いモノがあればそれを欲する者が現れる。たった今ノエラがアリエッタに抱いた感情もそれである。しかし世の中には思考や行動が過激な者もいる。新たに見つかったリージョンの住人が珍しい力を持っていた為に、誘拐事件が相次いだなどという事もあった。
リージョンシーカーという組織と転移の塔は、そういうリージョン間での悪意ある行為を防ぐ役目も担っている。ピアーニャが王族と同等の扱いをされているのは、古い付き合いに加えてその辺りの事情もあったりするのだ。
「そんでもって、みんなアリエッタが何を考えているか分かりにくいし。だったらせめて、アリエッタが一番得する方向に持っていきたいし。いつか色々覚えて大人になった時の為に、貯蓄するし」
「たしかに。この技術は目に見えるものですから、少人数で抱えても隠せませんね」
「だったらこの店を中心に、街ごと巻き込んでやるのよ。ネフテリア様もそう言ってたのよ」
「…………ん?」
子の将来を考えて貯蓄に回すのは、大人としてはごく普通の行動でもある。
ひとしきり話を聞いてウンウンと頷いていたノエラが、その内容の意味に気付き、顔を少し青くした。
「えーっと……つまり、私の店がアリエッタちゃんの盾の筆頭になると。で、それを王女様も推奨していると……?」
「さすが店長、物分かりが良いのよ」
「えぇ……」
実は先日、ミューゼの紹介でネフテリアが訪問してきて、店が大変な事になったばかり。その時の緊張と混乱を思い出し、ノエラは頭を抱えてしまった。
「なんで王女様がうちに来るのですか……貴女達、私に何か恨みでもあるのですかぁ~」
「大丈夫だし。ネフテリア様ならよく遊びにくるし」
「なんでっ!?」
アリエッタ、ミューゼ、パフィの3人は、王族にすっかり気に入られている。今もたまにスカウトされるくらいである。
そんな3人の、特にアリエッタの服を手掛けているフラウリージェも、既にネフテリアにとって重要な存在となっている。しかし、そんな事を知らないノエラと店員達は、訳も分からず怯えるしかない。
王女に奨められては最早逆らう事も出来ない…と観念したノエラは、大人が子供を守るのは普通の事と考えを改め、アリエッタの描いた服を量産する決意をした。
「それじゃあ、この服を試作してみますわ。ミューゼさんのサイズは結構平均的ですし、店の子にも着せて調整してみますわ。試作品は夜にでも持っていきますね」
吹っ切れたノエラが、絵を手に持ち笑顔で「忙しくなりそうですわっ」と言いながら立とうとしたところ、パフィから声がかかった。
「あ、待つのよ」
「はい?」
そしてテーブルに置かれる箱。それをアリエッタの目の前に置いたパフィは、膝の上のアリエッタに向けて小さく「はこ、のえら」と唱えた。
(おぉっ! 面接通った感じ!? じゃあ後はコレを、のえらお姉さんに売れば、僕のお仕事は完了っぽい!)
アリエッタが嬉しそうに、箱をノエラに向かって押し出した。
実はここで少し考え方に差が生じている。アリエッタは服の絵を単純に売って、ミューゼ達に生活費を収めようとしている…という認識なのだが、実際は服の製作販売の権利を一部譲る形式となってしまっている。つまり、服を売れば売る程アリエッタに不定期的に売り上げの一部が入ってくる事になってしまったのだ。いわゆる印税である。
そんな事になっているとは知らないアリエッタ。言葉と物の価値を知らない現状では、パフィ達に商談を任せるしかない。加えて今の自分は子供ということで、安く買われるのは覚悟の上での行動だった。この時はまだ将来がどうなるかなど、知る由も無い。
差し出された箱を見て、ノエラに嫌な予感が走った。今手に持っている紙は、目の前にある箱から出てきたのを知っているのだ。
「えっと、これって……」
チラリとクリムを見るが、ニコニコ笑顔と手の動作だけで「どうぞ」と言われている。アリエッタを見ると緊張した面持ちで箱を見つめ、パフィは目を逸らしていた。
再度箱を見るノエラ。決心して開けようとするも、箱に手を近づける程に震えが大きくなる。
(開けてはいけない……開けなきゃいけない……これって何かの試練ですの!?)
唐突に服屋にやってきた女神の試練。それは、富と名声と多忙と心労を約束された、パンドラの箱なのかもしれない。
一瞬抵抗しようとも思ったが、アリエッタの期待と緊張が入り混じった視線に気づいてしまい、観念せざるを得なかった。
「え…え~い!」
気合とともに箱を開けた。
恐る恐る中を見ると……受け取った2枚の紙と同じサイズの紙が入っていた。その数24枚。一番上には見た事のない服を着たパフィが描かれている。
バターン
数えていないので正確な数こそ分からないものの、絵が描かれている紙の束を見た事でノエラの精神が一気に限界を迎え、そのまま横に向かって倒れてしまったのだった。
「あーあ……」
「まぁ予想の範疇なのよ」
(……あれ? もしかして駄目だった?)
当然アリエッタだけが、目の前で起こったその事態を全く理解していなかった。
その後、『フラウリージェ』を全滅させてしまった負い目もあり、パフィとクリムはキッチンを借りて美味しい食事をふるまった。その日、店内は服を隅に寄せ、小さなパーティ会場となった。お陰で、店員達はやる気を漲らせていく。
「きちゃった☆」
「……申し訳ございません、お邪魔します」
途中からなぜかネフテリアとオスルェンシスがやってきて、強引に食事に参加。つまみ食いしようとする王女と、それを雑に止めるパフィに、ノエラや店員はキリキリするお腹を押さえながら恐怖するのだった。
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