テラーノベル
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「……あれが天災かぁ。…観測した人達には申し訳ないけど…数字なんて宛にならないなぁ。…どう見ても山だよコレ。…でも動いてるんだよなぁ…」
俺は朝日に向かって疾走する。ギルマスが提供してくれた『フロッグ』と呼ばれている軽自動車大の乗り物だ。自動車と言ってもタイヤは無い。今から約100年前の白人侵略防衛戦で勝利した際に接収した車体らしい。
車体の底に取付けてある幾つかの磁気ノズルを動かす事によって、全てが制御できる超未来的な乗り物だ。搭乗者は二人までだが座席は快適そのもの。外観はやや流線型で、自動車とゆうよりは大型なスクーターに近い。
最高時速は500キロオーバーらしいのだが、俺の運転では200キロが精一杯だ。ただ路面から50センチほど浮いた状態で、滑空するように走るので揺れたり跳ねたりはしない。その滑らかな走りに感動さえ覚えた。
『………ズズ………ズズズズ………ズズ………』
「………。(この音はなんだろう?。…地表を…喰っているのか?)」
その超巨大なスライムまで凡そ100メートルの地点まで接近する。ここに来るまでに要した時間はおよそ七時間。直線距離を弾き出して地図と照らし合わせ、広い平原を選んで抜けてきたので最短時間で到着しているはず。俺の送ったDMに即座に対応してくれたリン・ムラサキに感謝だ。
「…圧倒的な存在感と質量だ。これが大地から湧き出るなんて信じられないけど、そもそも自我を持たない魔物たちはこうやって産まれてくるらしいし。…さて…ココからは追いかけながら、その質量を削るしか無いな。」
『ズズ………ズズズズ………ズ……ズズズズ……』
「…ここまで近寄っても攻撃してこない。…意思の疎通とかできないのかなぁ?。ただデカいってだけで駆逐対象にするのは何だかなぁ…」
フロッグを停めた俺は、先ず観察に入った。大きさはどうあれスライムなら決まった弱点がある。『コア』だ。単細胞生物であるからこそ、その中心になる核は必ずあるのだ。俺は距離を詰めて様子を見るのだが、天災は反応すらしない。ただ目指しているのであろう方向に伸縮を繰り返す。
「う?。この距離だと…さすがに瘴気みたいなのを感じるな。身体は普通のスライムと同じで透き通ってる。でも表面は油みたいにギラギラしてるし。お?あれがコアか。…中で何かがたくさん蠢いているみたいだけど。おっと!。…接近も、この辺までが限界か。日が暮れないうちに試そう…」
ギルマスが貸してくれた純白な法衣のお陰で瘴気による障害は受けずに済む。それをいい事に、オレはつい近づきすぎたらしい。防御的な反応だろうか…ニュルリと伸ばされた幾つかの触覚が背後から襲いかかってきた。予め発動しておいた魔防術式が功を奏したらしい。取り敢えずは無傷だ。
「こんなデカブツを…俺ひとりでどうこうできる気もしないけど、ここまで来たらやるしか無いな。魔力の増幅アイテムもたくさん貸りてるし、最低限でも結果を出さないと言い訳すらできない。おい…悪く思うなよ?」
恐らく俺が放てる最大出力をもってしても、一撃で削り取れる質量など高が知れている事だろう。それでもヤラない訳にはいかない。せめて進路だけでも変えさせなければ、俺は…細やかな思い出さえ守れなかった奴になる。この世界での出来事も経験も俺にとっては全てが財産で宝物なのだ。
産まれてから18歳になるまで、俺は国の制度の中で育てられた。孤児院で暮らし指定された施設で学んだ。当然、似たような境遇の子どもたちもたくさんいたが、他人とのコミュニケーションそのものに難がある子供たちが多かった。親に捨てられたのだから無理もないし、それには俺も含まれる。全てが管理される狭い社会での生活は、自我さえも管理された。
そんな俺が社会に出て選んだのが社畜の道だった。誰にも触れられず、誰にも邪魔されない自分の為だけの空間を、身の置き場を作り、維持する為に働く事に徹したのだ。与えられた環境で稼ぐこと。それが全てだった。
しかし長い年月が過ぎ、いざ振り返ってみると、初めて孤独である自分に気がついた。皆が経験したであろう思春期もなく、自己主張のひとつもしたことがない。スポーツであっても競うことを嫌い、自己肯定感なんて皆無で、恋愛など別の世界での出来事だった。当然、良い思い出など無い。
「すぅうううう。…ふぅうううう…。(腹を括れよ?獅子。今できることを全力でやれ!。誰かに課せられたからではなく…自分の為に全力で抗うんだ。…せっかく生まれ変わったんだ…社畜じゃない何かになってみろ!)」
そう。俺はギルドに入ってからもそれまでも、結局は誰かの顔色を伺いながら生きている。都市の付近に発生した大型魔獣の討伐依頼や、ダンジョンでなければ採れない資源の確保。それに伴う魔物討伐も、結果的には誰かに頼まれたり指示されている。コレでは社畜な討伐者に等しいのだ。
しかし今回ばかりは話しが変わってくる。依頼は確かにギルマスからだが選択肢はあった。彼女は俺に『逃げるな』とは言ったが『断るな』とは一言も言わなかった。少し煽られた感じも無きにしもあらずなのだが、決めたのは俺だ。ならば全力で挑むのは当然。決して悔いなど残さない為に。
「………………………………いくぞ?天災。…コレが…今の俺の全力だ…」
最後の手印を組む前に、俺は立ちはだかる巨大スライムを睨みつける。地下迷宮で使った手印は最大で四つ。しかし今回は倍だ。これで確実に2乗の出力は期待できる。だが不安なのは、それだけの高出力な魔力を放っても…今の俺の肉体が耐えられるのかとゆう素朴な疑問。正直に少し怖い。
サクラさんの思い出ばなしの中に凄惨な話があった。魔術師としての称号を得るための試練で、身の丈に合わない魔力を放った同期の娘が、一瞬で消し炭になったとゆうモノだ。幸い命は取り留めたが、生涯、不自由な体になってしまったらしい。桁違いな魔力を持つ俺への戒めなのだろうが、もしこの最大出力な電撃を放つことで…自分がそうなったらどうする?。
「久し振りだな?ララ。こちらから会いに行くと言っておいて遅くなり申し訳ない。八門はもう行ったみたいだな?。ミアン?何を驚いている。」
「ぎ、ギルマスが街に来るにゃんて…それだけでも驚きですニャ…」
「お前が口を滑らせたからだろう?。まだ極秘だと言っておいたのに…」
「ギルド・マスター。取り敢えず奥の部屋へ。ミアンは肝心な箇所を話してくれません。…なぜこんな嘘の指令書まで発行してわたしの婚約者が単独で向かわされたのか。その意図と理由をお聞かせください。どうぞ…」
「あ…ああ。(ララったら、そうとうご機嫌斜めだわ。引退したとは言え…王都のソードマスターと互角だった彼女だもの。…穏便に話さないと…)」
昨夜、みんなが寝静まった頃に寝室に来たレオ。ベッドの端に腰を下ろして何かを考えていた。街が危ないと言って、あたしとミミの関心を引きながらも、核心は話さなかったミアンと何か関係があるのかも知れない。そんな事を考えながら眠った。そして翌朝に届けられた、ギルドの蝋印で閉じられた封筒と初めて見る乗り物。そして綺麗な宝物箱。レオ宛だった。
「すまない、みんな。ギルマスからの緊急指令らしい。…詳しくはこの手紙に書いてあるから出かけてくるよ。…ミアン?ふたりの事を頼むな?」
「う…うん。いってらっしゃい。…二人のことはミアンに任せるにゃ…」
「この乗り物で北東に向かわれたし?。詳細不明の魔獣が発生……って。こんな雑用に!わざわざレオくんを向かわせるの?あのギルマス!?」
「お姉ちゃん、朝から声大きいって。…いってらっしゃいレオさん。気を付けて。…そんなに不満ならギルド・マスターに直接理由を聞いてみたらどうかしら?。…ほら、連絡用のフォロンだって持ってるんでしょう?」
「…そうね。そうするわ。…ミアン?。あんた何か知ってるんでしょ?」
「にゃ!?。…ミアンはなにも知らないニャ〜。言っちゃダメって言われてるしにゃ〜。………あ。…あははは。…め…目が怖いにゃ?…ララちん…」
朝からそんな事があって、あたしがギルマスに直接連絡をしてみた結果が今だ。わざわざ家に来るって言った時点でますます怪しい。もしもレオに無茶振りしているのなら絶対に白状させてやる。それにミアンのとぼけ方も気になってるし。もし本当に街を危うくする魔獣がいるとしたら…何?
「あれって吟遊詩人さんが作った物語じゃなかったんですか?。巨大なスライムが、ネオ・キング城塞の北を通過して海に消えて行ったって詩…」
「残念ながら事実なのだよ。140年前に実際に起こった災害だ。それからも何体か現れては全て海に消えている。北のネオ・キングは無傷ですんだが、南のネオ・ルークは掠められた事があるのだ。それも90年前の話だがな?。そして被害を修復するのに半世紀かかっている。…大損害だ。」
「………そしてまた現れたのね?。…その天災って呼ばれるスライムが。」
「ああ…その通りだ。しかも、記録されている過去の天災どもが比較にならない程に巨大なのだよ。ましてやヤツは進行するごとに肥大する。私は皇国の軍隊を持って駆除されたし。そう本国に嘆願したのだが『進行方向をそらすだけで良い』と結論づけられた。つまり、己の身は己で守れとゆう事らしい。…だが、ギルド総出でかかれば街の機能は停止してしまう…」
「そこでヤツカドさんに白羽の矢を立てたのですか?。なぜですか?…あの方はまだ…登録してたった二ヶ月のルーキーなのでしょう?。まさか彼ひとりでどうにかなるとでも思ったのですか?ギルド・マスターは!?」
久しぶりに聞いたミミの荒げた声。この子もレオの事になると冷静さを欠いてしまう。もっとも…あたしも彼女のことは言えない。居なくなっていた二ヶ月間で体重も7キロ減ったし。ミミも同じくらい痩せてしまった。
そしてレオが帰ってきてくれてからも心配事が増えた。豊かなバストラインは童貞殺しの必須ポイントなのに、カップがワンサイズ小さくなってしまったのだ。ミミも同じことで悩んでいるらしい。…とにかく食べよう。
「ああ…思った。…ミミ・バーランド。君は白属性の魔法が使えるね。そしてララは火の属性だ。ミアンが風で…わたしが水。…だがレオ・ヤツカドは全く我らと異なるのだよ。彼はまさに…魔族の特性を備えた人間さ。」
「魔族の特性!?。…その根拠を聞かせてギルマス。…場合によっては許さないわ。…あんな優しい人が…人類を喰う魔族と同じにされるなんて…」
「待ってお姉ちゃん。…ちゃんと話を聞かなきゃ駄目。ナイフを置いて…」
「…ギルド・マスター。ミアンも理由を聞きたかったにゃ。確かにレオしゃんはめちゃくちゃ強いニャ。その成長速度だって、戦闘種族な爬虫類系の亜人や猛獣系の獣人を遥かに凌いでるにゃ。でも、だからって…ギルマスに魔族だって言われたら…みんな誤解しちゃうニャ。どうしてにゃ?」
「はぁ…おまえたち、早合点もいいところだ。わたしは『魔族の特性を持っている』とは言ったが『レオ・ヤツカドは魔族だ!』とは一言も言っていないぞ。この際だから詳しく話そう。みんなに誤解がないようにな?」
危なかった。ミミが止めてくれなかったら皇国裁判に出廷することになったかも知れない。ギルド・マスターとはこの街の総括責任者。つまり街にとっての頭脳なのだ。そんな人物に刃物を向ければ軽くても不敬罪、重ければ脅迫罪、もっと言うなら殺人未遂罪の現行犯として裁かれかねない。
レオ・ヤツカドとゆう男性に出逢ってから、自分の中で何かが変わってしまった気がする。自分は経営者であり職人でもあるのだ。何事にも冷静な判断が求められるとゆうのに、最近は頭よりも身体のほうが早く反応してしまう。彼の悪口になるとすぐヒートアップしちゃうし。控えなければ。
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