お話の末、彼女は1年2組の教室らしい。久々の登校ということで、与田さんは教室の場所を覚えていない。僕が案内しよう。
「ここが1年2組の教室だよ。」
見知らぬ学年の男と見知らぬクラスメイトが来たおかげで、ここのクラスは若干の騒々しさを醸した。
「あ、ありがとうございます…。」
「緊張してる?」
「怖いって感じ。でも、大丈夫。」
肩に手を置いてみると、震えを感じる。朝露の寒さに凍えているだけではないようだ。
「きっと大丈夫。暖かく迎えてくれるさ。」
背中を叩いていると、与田さんに赤いネクタイの女の子が駆け寄って話しかけてきた。
「あ、あの。与田さんだよね!学校に来てくれたんだ。」
「そ、そうだけど。」
「私、ここのクラスの委員長なの!困ったことがあったらなんでも言ってね〜。じゃ、席へ行こう!」
黒縁の丸メガネとお団子ヘヤーが印象的な彼女は、クラスの人々の思うことを代弁してくれたようだ。彼女の暖かい気持ちが、与田さんの震えを止めてくれるといいな。うん、委員長に手を引かれて…僕も自分の教室に戻ろう。僕らの教室に入った先で、友達が挨拶してくれた。あまり多くない友人のうちの1人だ。
「おっは。啓示。」
「おはよう。」
「今日はどんな不思議な夢を見たんだよ?」
妙だな。顔に出ていたらしい。やはり、友人には隠し事はできないな。僕はここ数日で見た夢の内容を全て話していた。
彼がこうやって尋ねてくれた理由は、僕がたまに彼に夢の内容を伝えていたからだ。しかし、予知夢だとはもちろん話していない。刺激の不足している高校生にとって、僕のように突拍子もない夢を鮮明に語れることは、何よりもおかしくて、刺激的だ。
「へえ。逆告白をされたのかあ。」
「変な名前を付けるなよ。」
「お前のそれが、正夢にならないことを祈るばかりだなあ。まあ、そんな突拍子も無いことが正夢になるはずもないか。」
「…そうだな。」
いや、必ず正夢になる。現実になる。僕はそのうち、彼女に嫌われるようになる。どういう経緯でそうなるかは全く知らないが…。そのおかげで、よく分からぬ淡い期待も、湧いては押しつぶされる。もし予知夢を僕に振った人物が居るとすれば、なぜこのメッセージを送ったのだろう。何を意図して、この僕に予知夢を見せたのだろう。ああ、もうどうするべきなのか分からない…!
「近藤。おい近藤!」
「う、は、はい!」
「この問題を答えなさいと言っているんだ。」
マズイ、知らないあいだに授業が始まっていた。しかも、何をしているのか全く分からない。どうしよう。
「わ、わかりま…」
「ちょいちょい、ここ。答えここ。」
なんと親切に、僕に答えを教えてくれた人が居た。後ろから囁きかけて、答えを教えてくれたのだ。ああ、ありがたい。
「答えは、11です。」
「…..そうだ。」
これで満足か?ああ、背中に変な汗をかいた…。とにかく、後ろの子に礼を言わなくちゃね。
「いいってことよお。」
授業は終わって、僕はもう1度彼女にお礼を言った。新しいクラスになってから初めて顔を合わせた、川久という女の子。いい人だなあ。
「さっきは助かったよ。」
「うんうん。なーんか最初っからずっと心ここにあらずって感じだったからね、用意しといたんだ。久保先生、怒ると怖いからね。」
授業が終わってから、帰り道はどうしようか悩んでいた。というのも、僕と近藤さんは一緒に登校してきたから、下校するのも一緒に、が道理だろう。でも、ひょっとしたら、彼女は1人で帰りたいと思っているかもしれない。きっと今日は大変だっただろうから。
「ってか、僕は何を悩んでるんだ。とにか誘ってみないことには分からないだろう?嫌われる心配をして、億劫になってちゃダメだ。」
僕の心にあるしこりは残ったままだけど、それは歩みを止める理由にはならない。
でも、意外と僕は嫌われてなかったみたいだ。与田さんの方から来てくれたみたいだ。朝に会った委員長を連れて。いや逆か。委員長が与田さんを連れてきてくれたのか?
「近藤さんいらっしゃいますか?」
「はい、ここに。ああ、与田さん連れてきてくれたんだね。ありがとう。」
与田さんの前では年上として大人びた態度を取ろうとしてしまう。ああ調子狂うなあ。さっきのセリフだって、まるで僕は与田さんの兄か父みたいだ。そんな親密な仲でもなければ大層な人でもないからこそ、虚飾にまみれている自分が嫌になりそうだ。ただ、今更それを拭うことも出来ないな。
また彼女と話をしながら帰路についていた。お互いに今日は疲れていた様子だ。
「今日は委員長さんと話したんです。クラスメイトのみんないい人たちで、暖かく迎え入れてくれたんです。」
「それは良かったね。じゃあ、学校の生活は大丈夫そうかな?」
「はい。」
「それは良かった。」
それは残念だ。
「でもそれとは別に、あ、あの、登下校はまだ続けてくれませんか?一緒に…。」
っ!努めて冷静に答えよう。
「ああ。そうしよっか。本当は今日寄り道したかったんだけど、与田さん疲れてそうだから、また今度にしよう。」
「っ!そうですね。楽しみにしておきますね!」
やっぱり、この笑顔を見ると嫌われている未来なんて想像できないよな…。そう考えてみると女の子とはつくづく怖い生き物かもしれない。
「じゃあ、連絡先の交換でもしておかない?いつでもチャットできれば、よりコミュニケーションが円滑になると思うんだ。」
「うんうん。そうですね!しましょしましょ。」
僕らが出会い、別れたあの公園では、連絡先の交換だって行われた。この場はきっと僕にとって大切な場所になる気がした。与田さんにとっても、そうであってくれたら良いのに。