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「改めて自己紹介をしておこうか。冒険者ギルド・イスティエスタ支部、支部長《ギルドマスター》のユージェンだ」
「今まで名乗らなかったのは、正体を知られないようにするためかな?」
目の前にいるのは、この部屋でこれまでに5回、私が持ち込んだ納品物を査定してくれた矮人《ぺティーム》の男性鑑定士だ。彼がこの街の冒険者ギルドのギルドマスターだったというわけだ。
どうも意図的に自分の正体を隠していたみたいだが、どういうつもりだったのだろうか?
「そういうことになるな。初日に報告を受けた時から、貴女には普通の職員が対応すべきではないと判断させてもらったよ。そのうえで、私がギルドマスターだと分かるような要因はなるべく潰しておきたかった」
「正体を知られることで何か不都合があったのかな?私は特に感じなかったけど…。ただの悪戯、と言うわけでもないのだろう?」
「貴女自身はそうかもしれないがね、周りが黙っていないだろう。現に、貴女が”中級《インター》”になった際の騒ぎは、知っての通りだ」
否定はできない。
以前にもユージェンと話していだが、あの連中の私に対する反応はなかなかに煩わしかったからな。騒がれてしまう要因をなるべく減らそうとしたのか。
だが、それだけだろうか?
「それに、私のような矮人という種族はどうにも外見が理由で他の種族、とりわけ庸人《ヒュムス》から侮られやすくてね。私がギルドマスターであることは、冒険者達にはあまり知られていないのさ」
「見た目で判断する者が多いと?貴方の魔力や気配、それから匂いもかな?それらを感じ取れれば、侮られることは無いと思うけど?」
ユージェンの魔力は受付広間にいた冒険者の連中よりもずっと膨大だ。彼は自身の魔力を抑えているようだが、魔力を感知する術を鍛えていれば、分からないということは無い筈だ。
それに、第一印象からして彼からは壮年から中年ぐらいの落ち着きと言うか雰囲気、老練さと、年相応の体臭も嗅ぎ取れた。
少なくとも、嗅覚に優れた獣人《ビースター》ならば庸人の子供と見間違えることは無いんじゃないだろうか?
「……ノア、一応言っておくが、ワイバーンの処理と同様、意図的に抑えこんだ魔力を感知することができる者も、人間達の中では一握りの者達だけだ。それと、確かに嗅覚に優れた獣人は私を子供とは思わないが、それ以外は大体間違える」
「…私の常識というのは、世間一般とは随分とずれたものになっているんだね。自覚をしていたつもりだったけど、それでも足りていなかったようだ」
「今後、認識を改めてくれると助かる」
なんてこった。私は他者と比べて自分の能力が高いことは認識していたつもりだった。しかし、自分の知覚能力がこれほどまでだったとはな…。
しかし、この街の冒険者達はそれでいいのか?この国は”楽園”で生計を立てていて、しかもこの街は最東端都市。この国の中では最も”楽園”に近い冒険者達の活動拠点の筈だ。
彼等の知覚能力がその程度だと言うのであれば、到底”楽園”で資源の採取などできる筈もない。”楽園”に足を生みいれた時点でヘタをすれば死んでしまうぞ。
「この街の冒険者達は、”楽園”へ向かうために集まっていると認識しているのだけれど、貴方の実力も推し量れないような連中に”楽園”で活動ができるの?」
「皆が皆、”楽園”に向かうわけでは無いさ。貴女が見てきた冒険者達は皆、若い者達が多かっただろう?現在、多くの冒険者達が”楽園”に向かっているのは知っているかな?」
「ああ、奥から”浅部に”押し寄せてきた魔物・魔獣が元居た場所へ戻って環境が落ち着いたおかげで、今まで採取に行けなかった分、こぞって大勢の冒険者達が”楽園”に向かったんだったか。…ああ、そういうことか。貴方の実力が分かるような冒険者達は皆、今は”楽園”へ向かっているのか」
「まぁ、そういうことだ。今ここに残っている者達は、才能が無かった者達や実力を身に着けている最中の者達だな」
なるほどな。今この街にいる冒険者達は”楽園”に向かわない者達か。納得がいった。つまるところ、私が心配するようなことでは無かったわけだ。
まぁ、この国の歴史はかなり長い。古くから冒険者を利用して”楽園”の資源を回収してきた国なのだ。心配するのは大きなお世話、と言うことなのだろう。
「まぁ、身分を偽っていたことに関しては悪いとは思っているよ。だが、隠し事をしているのはお互い様だろう?」
これは驚いた。どれの事を言っているのかは分からないが、彼は私が隠し事をしていると理解しているらしい。
まさか、”竜人《ドラグナム》”では無いと見抜いたのだろうか?もっと行動を自重すべきだっただろうか?
「可能であれば、尾の先端に取り付けた鞘を一度外して見せて欲しい」
「…良く見抜いたね。見せるのは構わないけど、決して触れないように。私がコレを着けている理由が無駄になってしまうからね」
良かった。見抜いたのは尻尾カバーについてだったか。彼はこれを鞘と呼んでいたことからも、このカバーの中身が危険なものだと理解していると考えて良いだろう。
尻尾カバーを取り外してユージェンの顔から少し離れた場所に、鰭剣《きけん》を動かす。
「こ、これは…。またとんでもない部位だな…。何も分からないということしか分からない。なるほど、貴女は随分と私達に配慮したうえでこの街を訪れてくれていたようだ」
「これを見抜いた決め手を教えてもらってもいいかな?」
ユージェンが驚愕に目を見開きながらまじまじと鰭剣を見つめている。しかし一定の距離以上は近づく気が無いようだ。此方としても助かる。
何せ、鰭剣の切れ味は魔力を纏った状態の私の肌を平然と傷付けられるからな。人間達の所持するどの刃物よりも切れ味があると思っているのは、決して自惚れでは無い筈だ。
しかし、ユージェンはどうやって鰭剣のことを見抜いたというのだろうか?イスティエスタに訪れてからというもの、鰭剣を使用したのは鉄鉱石を回収するのに一度使用しただけなのだが…。
「鉄鉱石だよ。手ごろなサイズに砕かれていた一部の鉄鉱石は極めて鋭利な刃物で切断されていたかのような切断面が見て取れた。しかも、切断面には魔力が宿っていない。つまり、貴女が魔力を介さない純粋な、それでいて最上位の武器にも勝るような刃物を所持していると仮定した。『格納』に強力な武器を収めている可能性もあったが、貴女の尻尾の動きは達人の剣技をも上回ると報告が上がってきていたからね。そこで判断がついた。おそらく、貴女は一番最初にこの尾の刃を用いて鉄鉱石を回収しようとしたんじゃないかな?だが、その際の切断面を見て間違いなく騒ぎになると判断して手ごろな大きさに砕いた。それ以降は、違和感が出ないように貴女の言った通り手刀でへし折って行ったのだろうね」
凄いな。まさか、あの時の鉄鉱石だけでそこまで見抜いて、かつ私の尻尾の本性をある程度見切るとは。
流石に尻尾を伸ばせることまでは見抜いていないようだが、情報が全くないのだ。見抜きようがないだろう。
それを踏まえれば、ほぼ正確に私の尻尾の正体を見抜いた彼の観察眼と推察力に称賛を送らざるを得ない。正しく、見事だ。
「慧眼の通りだよ。普段家で暮らしている分には特に不都合は無かったのだけれどね。人間社会ではあまりにも過ぎた力だ。今後も使用することは無いと思う。刃が必要な時は「成形《モーディング》」で事足りるしね。しかし、たったそれだけの情報で良くそこまで分かったものだね。見事なものだよ」
「私はギルドマスターではあるが、鑑定士でもあるからな。だが、並みの鑑定士では見抜くことはできなかっただろうね。見せてくれてありがとう。今後も貴女の方針を変えないでいてくれると助かる」
鰭剣を見るのは十分なようだ。再び尻尾カバーをはめておこう。
ユージェンが望むように、今後も”楽園”以外では鰭剣を使う機会が無いと良いのだが、今後の人間達との関りでその方針は大きく変わっていきそうだな。
「さて、個人的な話は済んだからな。本題に入るとしようか」
「指名依頼についてだったね。既に何件か入っていたりするのかな?」
「貴女が色々と動いてくれたおかげでな。図書館と商業ギルドから指名依頼が来ている。その2つの組織からは貴女が”中級”に昇級したら直ぐに連絡が欲しいと要望を出されていたよ」
「では、明日から早速指名依頼を片付けるとしようかな。貴方からも指名依頼を出すのだろう?」
「ああ、例の魔術『我地也《ガジヤ》』と言ったか。アレの実施と説明だな。正確には、私では無く魔術師ギルドからの依頼となるのだがね」
魔術を習得するための依頼だからな。魔術の管理、収集、解析等を行動指針にしている魔術師ギルドが関与してくるのは当然か。研究熱心な者達が多いだろうから、時間を取られそうだな。
「ああ、そうだ。貴方は私があまりこの街に滞在する予定が無いことは承知しているかな?正直、あまり指名依頼を出されたとしてもそれを全て受けるつもりは無いのだけど」
「聞いているよ。確か、中央図書館を目指しているのだったね。正直なところ、貴方にはこの街に留まってもらい”楽園”で活躍してもらいたいというのが冒険者ギルドの要望なのだが…。残念ながらその気は無いようだね」
“一等星《トップスター》”と同等以上の実力と判断している冒険者であれば、この国の人間としては是非とも”楽園”へ赴いてその資源を採取して来て欲しいのだろう。
残念だが、その要望に応えてやることはできない。私がこの国に訪れたのは、あくまで情報収集が目的だ。
人間社会を知り、その技術と知識、知恵を取り入れて家の皆と快適に生活を送る。それが私の本来の目的なのだ。
王都の中央図書館を目指してはいるが、そこが終点と言うわけでもない。この国だけでなく、他の国にも足を運んでみたいからな。
「悪いけど、私がこの国に来た目的はあくまでも旅行だよ。この街はおろか、王都にも長時間滞在することは無いと思うよ」
「そうか…。残念な話だが、仕方が無いな」
「意外だね。ギルドマスターと言う立場ならばある程度私に強制力を持つと思うのだけれど、貴方は私に自由を与えてくれようとしている」
「正直なところ、貴女の機嫌を損ねたくないというのが本音だな。強欲は破滅の始まりだ。我々はつい最近、それを思い知らされたばかりでね…」
最近思い知らされた、か…。
十中八九ラビックが始末した騎士団の事を言っているのだろう。確かカークス騎士団、と言ったか。
あれから図書館で少し調べてみたが、人間社会において騎士と言う存在はそれだけで強者に値するらしい。冒険者で例えれば最低でも”星付き《スター》”と同等の実力者と言われている。
それも、強さだけで就ける役職でもないそうなのだ。
騎士を目指す者は常々騎士であることを求められる。誠実にして清廉、自己のためではなく他人のために、守るべき者のために力を振るうことを義務付けられている。
所謂善人、俗な言い方をしてしまえば正義の味方と呼ばれるような者達の集まりだ。
そんな騎士達の中でも上澄みと呼べるような者達だけで結成されたのが、件のカークス騎士団だ。この国には他にも騎士団が存在しているそうだが、その戦力差は大人と子供ほどに差があるとまで言われていた。
カークス騎士団は、間違いなくこの国の最高戦力だったのだ。
そんなカークス騎士団から1ヶ月以上前から定期連絡が完全に途絶えてしまっている。
この国に限らず、世界共通の常識として”楽園”に入ってから1ヶ月以上音沙汰が無ければ、間違いなく命を落としていると判断される。
この国は、カークス騎士団の全滅を悟ったのだ。
ティゼム王国は、カークス騎士団から連絡が途絶える以前の状況を多少は把握している。
極めて特徴的で美しい、あの蜥蜴人《リザードマン》達の鱗が大量に手に入るとなれば、国としても彼等の行動を推奨するのは想像に難くない。
ユージェンが言う強欲とは、そのことなのだろう。その結果が何が原因かも分からないままの全滅だ。
ティゼム王国は強欲に飲まれた結果、国の最高戦力と得られる筈だった莫大な富の両方を失ったのだ。
もしかしたら、ユージェンは私が”楽園”から来た存在である可能性を視野に入れているのかもしれないな。
偶然になってしまったが、カークス騎士団が全滅したと判断して直ぐに”楽園”側から”一等星”を凌駕するほどの規格外の存在が現れれば、その可能性に辿り着いたとしてもおかしくはない。
もしも、私が”楽園”から訪れた存在の可能性があるとユージェンが考えているとしたら、少し厄介だ。
心の内に留めておいてくれるのであれば問題は無いのだが、その可能性を誰かに吹聴でもされれば可能性が波紋のように広がって円滑に人間社会を見て回れなくなりそうだ。
いっそのこと、ユージェンには正体を明かして内密にしてもらうのも手だろうか?
少し思索して、その手段を却下する。
駄目だな。私の正体を知った場合、内密にするよりも国に知らせる可能性の方が遥かに高い。
ともかく、ユージェンは私が〔”楽園”の関係者、もしくは”楽園”から来た存在である可能性を頭に入れている〕と判断しよう。
「私に対する対応が危険な魔物か魔獣のようにも感じるけど、おかげである程度の自由が与えられるというのなら良しとしておこうか」
「済まないな。こちらとしても、慎重に行動せざるをえなくなっているんだ」
「それで、指名依頼の話は結局のところ図書館と商業ギルド、そして魔術師ギルドから既に予約が入っているという話で良かったのかな?」
「ああ、それと依頼を円滑に進めるために依頼内容も今伝えておこうと思ってね。受注手続きはできないが、聞いてもらえるかな?」
それならば聞かせてもらった方が良さそうだな。それによってどの依頼から片付けていくかも決まっていくだろう。
「分かった。事前に内容を知ることができると言うのはこちらとしても有り難いからね、ぜひ頼むよ」
「では、まずは魔術師ギルドから、と言いたいところだが、此方の依頼内容は先程話したな。出来るだけ詳細な説明を彼等にしてやってくれると助かる」
「彼等が自力でガラスの容器を生成できるぐらいには面倒を見ようと思うよ。尤も、あの魔術は利便性が高すぎるからね。悪用を避けるためにも、ガラスを作ることが目的なのだから、ガラスを作る専用の魔術を教えるつもりだよ」
「…そんな衝撃的な事実を平然と言われると心臓に悪いな。少し、エリィの気持ちが分かった気がするよ」
しまったな。私が人間達の能力を鑑みたところ、『我地也』は明らかに彼等の魔術よりも性能が頭1つどころでは無く飛びぬけてしまっている。
それ故に目的に沿って効果を限定した物を使えるようにした魔術を教えようと思ったのだが、そういえば魔術を自作するというのはとんでもないことだったというのを失念していた。
「済まないね。なるべく自重しようとは思っているのだけど、なかなか全部は上手くいかないようだ」
「此方に合わせようとしてくれていることは伝わっているよ。我々が受け入れ切れていないだけさ。さて、図書館の依頼内容について話そうか」
ユージェンが大人な人物で助かった。エリィならば大声で叫んで訴えてきていたかもしれないからな。話が進まなくなるかもしれなかった。
「図書館の指名依頼は彼等が指定した書物の複製だな。材料の紙は向こうで用意してくれるから、貴女はその紙に資料室で行ったように本の複製をしてくれればいい。ただ、この魔術に関しても魔術師ギルドの一部の者が強い興味を示したので、彼等が見学を希望している。可能であれば見学させてやって欲しい」
「此方としては問題無いよ。ただ、本を複製する魔術は一度見れば分かると思うけれど、使用できる者がかなり限定されるだろうから、説明をするつもりは無いよ?」
「了解した。最後に商業ギルドだが、彼等の依頼は運搬依頼だ。ただ、街の外に品物を運ぶのではなく、彼等が所有している街の各倉庫から商業ギルド裏にある第一倉庫への運搬が目的だね。長年第一倉庫のスペースを圧迫させていた紙の山が消えたことで、需要のある商品を大量に第一倉庫へ保管させることができるようになったからね。貴女の『格納』を使用して手早く移動させてしまいたいのだろう」
本の複製依頼はエレノアから話を聞いていたし、商業ギルドからの依頼も予想していた通りだな。何も問題はない。明日直ぐにでも片付けてしまおう。
「分かったよ。だが、その3件は受けるとして、それ以降はこの街では依頼を受けるつもりが無いことを伝えておくよ」
「理由を聞かせてもらって良いかな?」
「流石に目立ちすぎだと判断したからだよ。私に向かってくる指名依頼を制限無く受けてしまった場合、私の予想ではほぼ確実に最速で”星付き”はおろか”一等星”になってしまう気がしてね。自重しようと思ったんだ。周りが騒がしくなるのが目に見えている。そうなれば、否が応でも私個人の時間が潰されてしまうだろうからね。そういった事態は避けたい」
「了解した。図書館と商業ギルドにもその話は事前に伝えておこう。さて、此方からの話はこれで全部だな。貴女から今ここで聞きたい事はあるかな?」
「ん……。特には無いかな。疑問に思うことができたら、その時に質問させてもらうことにするよ。いや、無いことは無いけど、絶対に話が長くなりそうな疑問だったからね。それは別の機会にさせてもらうよ」
「了解した。それでは、夜遅くに呼び出してしまってすまなかったね。話は以上だよ」
そうしてユージェンに別れを告げて査定室を退出することになった。
時間に余裕があれば人工鉱床や人工森林を所有しながらこの国が”楽園”の資源で生計を立てていると言われている理由を聞いてみたかったが、間違いなく厄介かつ長い話になりそうな話だからな。遠慮させてもらった。
さて、現在時刻は夜の鐘が9回なる前だ。
図書館へ赴くには時間が足りないし、資料室の本を複製させてから宿に戻って寝るとしよう。