善悪の非難の声に対して、揃ってキョトンとした表情を浮かべている二人に代わって、次に発言したのは二十歳前後まで若返ったトシ子である。
「あのな善悪、今さっきエスディージーズで無機物の命を吸っていたお前が言う事では無いんじゃないかい? それこそギリギリまで命とやらを弱めておったんじゃからのう~、無機物なんじゃから痛いとか辛いは無いのじゃろうし、バアルやダーリンみたいな魔神でも知らなかったんじゃから、この機会に試してみて命に対する知見を深めるのも良いんじゃないかのう?」
善悪は負けない。
「師匠ー、アスタに甘いのは理解出来るでござるが、この件に関しては吾輩、一切っ! 譲るつもりは無いのでござる! あのおりんは僕チンのパパンのその又パパン、おじいちゃんの代から使ってきた大切な仏具、謂(い)わば家族のような物なのでござる! 如何に師匠の言葉とは言え、はいそうですか、とはならないのでござるからっ!」
「むむっ、そう言われると、言い返せないのう……」
自らの祖母を応援しようと思ったのかどうかは定かではないが、ここに来て理事長っぽく、どっしりと成り行きを見守っていたコユキが口を開いたのである。
「良いじゃないの善悪! 皆が興味あるって言ってるんだから試してみようよ! 『物に執着してはならぬ』だとか、『諸行無常でござる』とかなんとか、いつも偉そうに言ってるじゃないのぉ! 何よ、あれ嘘だったのん?」
「勿論本当でござるよコユキ殿! たった今実験開始を高らかに宣言しようと思っていたのに、先に言っちゃうんだもんなぁー、もう! コユキ殿はぁー、でござるよ」
「へ、アンタ必死に反対してたんじゃないの?」
「あはは、あれは皆の本気度を試していただけなのでござるよー、本気にしたの? もー、素直なんだからー」
「なんだ、そうなのね、んじゃ実験開始しましょ」
「はいはーい、只今ー♪」
コユキ以外の全員の視線が氷点下になっていたが、当の善悪は一切気に掛ける様子を見せずに、弱々しく光るおりんに近付いて手に取り、バスケットのボールを指先で回転させるように、人差し指の上でおりんをクルクル回しながら元の位置まで歩きバアルに話し掛けたのである。
「ほら持って来たでござるよ、好きな様に実験すれば良いのでござる!」
言いながらバアルの目の前に置かれたおりんを見つめながらアスタロトが言った。
「さて、魔力を止めるか…… 一体どうすれば止められるんだろうな……」
バアルが首を傾げつつ返事をする。
「うーん…… そうだねぇー…… アヴァドンの『支配者(バシリアス)』とかで止められないのかな? どうだい?」
問い掛けられたアヴァドンは頷きを返して立ち上がり、件(くだん)のおりんに近付いて手を翳(かざ)し言葉を発したのである。
「試してみようではないか…… 『支配者(バシリアス)』停止せよっ!」
シーン…………
おりんはひっそりと光ったままで、特段の変化は見られなかった。
「ああ、やっぱりダメみたいだね…… アヴァドン、自我を持った生命体にしか効かないみたいだね、そのスキルってさ」
「むう、無念だっ!」
折角善悪が折れてくれたというのに、魔王や魔神が揃っているにも拘(かかわ)らず、誰一人魔力の止め方が分からない様である、残念至極であった。
その後も様々な意見が出たのだが、どうしても無機物であるおりんの中を流れ続ける魔力を止める事が出来無かったのである。
温めてみれば? いやいやむしろ冷やした方が良いのでは? アンチマジックシールドは? 思い切って岩にでも投げ付けたら止まるんじゃね?
そんな不毛な意見が交わされる中、トシ子が溜息混じりに言うのであった。
「やっぱり何を試してもダメじゃのう、こうなったら善悪がもっと限界ギリギリまで魔力を吸い上げて、極小な状態でもう一回試して行くしかないじゃろうのぉ?」
「違うわよおばあちゃん、減らすんじゃなくて増やすのよん! 逆よ逆! 当たり前の事じゃないのん?」
当たり前とはかけ離れた体格の孫、コユキに指摘されたトシ子は言われたまま馬鹿の子みたいに返した。
「ふ、増やすのかえ? 当たり前なのかい? なんで?」
コユキは心底呆れた、そう言わんばかりに首を何度も左右に振って、首回りに付いた贅肉をダイナミックに震わせながら答える。
「だから当たり前に考えれば良いんじゃないの? ほれ、電車のホームだって流れるプールだって空いている時にはスムーズに動くけど混んでいる時は自由に移動できないじゃないのよ! 高速道路の渋滞だって解消するのに何十キロも掛かったりするじゃない? 魔力を限界まで込めてみなさいよ! 迷わず行けよ、行けばわかるさっ! ありがとぉーっ! そう言う事じゃ無いのん?」
本堂に集まった殆(ほとん)どのメンバーが、この一見強引なコユキの論理に頷いてしまっていた。
恐らくコユキの内に秘められた『闘魂』的な物の影響でも受けたのでは無かろうか?
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