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◆ 7話 子どものMINAMOトラブル
市内の小学校。
教室は明るく、緑の植物が窓際に並び、
子どもたちの机には文具と──
小さな専用MINAMOケースが置かれていた。
小学四年の 藤木ひより(10) は、
肩につかないくらいの髪を後ろにまとめ、
水色のシャツに薄灰のスカートという元気な格好。
額には子ども向けのミニMINAMO。
レンズ上部に丸い緑のマーカーが付いていてかわいらしい。
国語の授業中、
ひよりは視界の右端をチラチラ見ていた。
『漢字の書き順、教えますか?』
MINAMOがそっと促す。
ひよりは口を開かず、
喉をこっそり震わせる。
「……あとで。」
その音のない返事は、
周りには聞こえないはずだった。
しかし──
彼女は癖になっていた。
また震わせる。
また震わせる。
また震わせる。
先生が黒板に向いている間も、
無意識に“会話”を続けてしまう。
前の席の男の子、
佐久間れん(10) が振り返って小声で言う。
「ひより、めっちゃ喉動いてるよ。バレるって。」
れんは黄緑のパーカー、
髪は短めで、子ども用MINAMOをちょこんと着けている。
しかしひよりは気づかない。
視界に出るアシストが便利すぎて、
知らないうちに“頼りきり”になっていた。
その時──
「ひよりさん。」
先生の静かな声が飛ぶ。
教壇に立つのは 雨宮(あまみや)先生、45歳。
淡い緑のシャツに灰のカーディガン。
落ち着いた雰囲気で、優しさと厳しさの中間のような表情。
「授業中の無声発話、控えましょう。
黒板を見ていなかったね?」
ひよりはビクッと肩を上げた。
「ご、ごめんなさい……」
周围から、クスクスと笑い声。
恥ずかしさで耳が熱くなる。
先生は優しく続ける。
「みんな、最近多いです。
便利なのはわかるけど、
“考える力”がMINAMOばかりになってしまう。」
黒板に大きく書かれる。
今日から導入:
“アナログ時間(15分)”
教室がざわついた。
「えー!外すの?」
「見えないと不安だよ」
「黒板の字ちっちゃいし……」
雨宮先生は静かに頷く。
「だからこそ練習するんです。
MINAMOは素晴らしい道具だけど、
“外の世界を見る力”も大事。」
そう言って、
先生自身もメガネを外す。
クラス中の子どもたちも渋々外し、
ケースにしまっていく。
ひよりも外すと──
視界が、急に軽くなった。
教室の色味が自然に感じられる。
(うわ……空気がちがう……)
周りを見ると、
数人の子が喉を動かすクセで困っていた。
れんも手首を軽く返しては、
「……あ、出ないんだった」と苦笑している。
ひよりはひそかに安心した。
(みんな同じなんだ……)
その時、
黒板の文字が少し遠いことに気づく。
今までMINAMOが補正してくれていたのだ。
ひよりは手を挙げた。
「先生……あの……
黒板、ちょっと見えにくいです。」
雨宮先生はにっこり笑った。
「大丈夫。
ちゃんと見えるように字を大きく書くからね。
アナログの時間は、みんなで作っていくものです。」
教室に静かな空気が流れる。
MINAMOが当たり前になった世界で、
“外す時間”は逆に新鮮だった。
ひよりは、
ほんの少しだけ胸が軽くなるような気がした。
(アナログって……ちょっと悪くないかも)
外したMINAMOは、
机の上で淡く光っていた。
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