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それは酷く甘く――懐かしい夢だった。
山々に囲まれた田舎町。それは何処か時代錯誤、しかし古き良き日本の風景なのかもしれない。
仲睦まじい二人の男女。年頃から兄と妹だろうか?
それはとても楽しそうに――
この日々がずっと続くと――そう思っていた。
「…………朝?」
そこで意識は覚醒。窓から射し込む日差しが、朝を告げている事を意味していた。
久しぶりに目覚めが良かったのだろう。その表情は何処か晴々と。
起きる為、ゆっくりと意識を脳に、そして身体中に浸透させていく。それと共に、不意に身体に感じる違和感。
「――っ!?」
ソファーの上で寝ていた筈なのに――
「すぅ……すぅ……」
己以外の寝息。と言うより、もう起きているのだから、自分のである筈がない。
「ななっ……な!」
幸人は己が目を疑った。
「なぁぁぁぁぁっ!!」
そして余りの事に絶叫する。
何故なら其処には、幸人に寄り添うように寝息を発てる、悠莉の姿があったからだ。しかも御丁寧に毛布まで持参。
つまりはベッドで寝ていた筈の悠莉が、何故かソファーで腰掛けたまま寝ていた幸人の下で、何時の間にか寝ていたという事態が展開していたのだ。
『この体勢、寝難くないか?』の突っ込み処は置いといて、幸人は状況の不明さに困惑するしかない。
「……もう、うるさいなぁ~。なに~?」
反応するかのように、もぞもぞと悠莉が起き出した。寝惚け眼を擦りながら、甲高い声を上げた幸人へ不満の声を洩らす。
悠莉は朝が苦手の模様。寝起きの機嫌の悪さが、如実に感じられる程。
「なに~? じゃない! 何で此処で寝てるんだ!?」
だが幸人は御構い無し。取り敢えず悠莉を引き離しに掛かる。
『間違いだけは“くれぐれ”も犯さぬよう……』
こんな状況を、琉月に知られでもすれば――有り得ない事ではない。立体透視鏡還で、監視している可能性も無きにしも非ず。
只でさえ不味いのだ。在らぬ誤解は元より、何より幸人自身が。
「だって寒いんだも~ん」
しかし力無く引き離そうとする幸人を、まるで猫みたいにいなし、悠莉は再度身体を埋める。まだ眠いのだろう。
「だって……じゃねぇぇぇ!!」
幸人は心を鬼にし、悠莉の両肩を掴んで引き離し、向き直らせる。
「年頃なんだから、もっと分別を弁えて! 恥じらいをもって! 男は危険だという危機感をもって――」
今の内にしっかりと、悠莉の無防備な行動を正そうと熱弁する幸人だが、彼は自分で自分を『このままでは間違いを犯しそうになるから』と、暗に言っている事に気付いていない。
“凄まじく説得力ねぇ!”
「ククク!」
既に起きてて、それを遠目に眺めていたジュウベエは、そのしどろもどろさに笑いが堪えきれないでいた。
つまり本日は平和で――
「よく分かんないけど……幸人お兄ちゃんが悪い!」
ズレた高説を打ち切る悠莉の反論。やっぱり気のせいだった。
「何故にぃ!?」
当然こうなる。幸人は俺が悪い筈は無い――と。
しかし彼女に正論は通用しないのだ。
「あんなちっちゃいベッドしか無いから、こうなったんだよ? ふかふかで大きなベッドが無いと……ねえジュウベエ?」
「うんうん、お嬢の言う通り……ククッ(もう駄目!)」
悠莉はその正当性をジュウベエへ振る。勿論同意だ、笑いを堪えながら。
「そっ……そんな無茶な!」
既に幸人に主導権等、有ろう筈がない。
“多数決”
此所では悠莉とジュウベエが“主”なのだ。
「て事で、目も覚めたし、準備して出発~だね?」
冷や汗が引くよう幸人は思う。
今日は只で済む筈が無い――と。
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「ねえねえ幸人お兄ちゃん、どう? 似合うかな?」
試着室より躍り出てくる悠莉の姿に、幸人は息を呑む。先程までのゴスロリ衣装とは打って変わって、ミニデニムが活発そうなカジュアルスタイルだが、どっちにしろ目を惹く事に違いはない。
「うんうん、似合うし可愛いぜお嬢!」
幸人の黒いコート(裏で着衣する黒衣ではない)の内から、ひょっこり顔を出したジュウベエが、その正直な感想を述べていた。
「馬鹿、隠れろ!」
無理矢理隠すように、幸人はジュウベエを内側へ無造作に押し込む。
「ちょっ……乱暴にすんな! 見つかってもいいじゃねえか。動くマスカット人形で通せ」
当然不満の意を唱えるジュウベエだが、館内はペットの持ち込みは禁止されている。
「…………(静かにしてくれ……)」
それでもジュウベエは、自分を動く猫人形で誤魔化そう算段だが、マスカットでは只の葡萄である。これもまた、彼が間違って覚えた知識の一つだが、幸人は敢えて突っ込まない。端から見ると、一人突っ込みをしている“痛い人”にしか見えないからだ。
「ねえ~幸人お兄ちゃんは?」
悠莉は感想を求めている。そこはやはり年頃の女の子。
『どうでもいい』
何時もの幸人なら、率直な感想はそれだろう。だがそれはあくまで副音声で留めねば。
「うん……良いんじゃないかな?(前のゴスロリよりは)」
当然というか、此処に来る迄、悠莉の姿はとにかく目立っていた。
先に『お洋服買いたい』と悠莉がせがんだのは、幸人にとっては願ってもない事だった。
先ずは只でさえ人の目を惹く悠莉を、衣装だけでも“普通”へ。
兄妹にしても恋人同士にしても、幸人と悠莉の連れ添い歩くちぐはぐな姿は、周りから好奇心に晒されるのは当然。
普通の“目”なら――
『年の離れた兄妹かしら? 女の子の方、可愛い! お人形さんみたい』
それが彼等に抱く印象。だがある者は――
『あんな萌え萌えな子とぉ!? 何処の変態だあいつ? うらやましいぃぃ!』
勿論、そう思われている事等、幸人は夢想だにしていないだろう。
幸人の姿が端から見ると、時雨と同じ印象を持つ者多数だと。
「――少し丈が短いとは思うが……」
ゴスロリよりは遥かにまし(周りの目が)とはいえ、ミニデニムからの白い素足の強調さに、幸人は声を詰まらせた。
「ええ~? 普通だよこれ。幸人お兄ちゃん遅れってるぅ~」
からかうような悠莉の口調はもとより、こういうファッションなのだ。
「うっ……」
反論出来ない幸人のそれは『何時の時代の人?』とも取れる、古臭い思考。疎いにも程がある。
「じゃあ次いこ~! これ払っといてね~」
図星を突かれた感があるが、これにて着替えは終了。ようやく“まとも”に見回れる事に、幸人はほっとした。
「早く早く~」
急かされる悠莉に引っ張られながら、お互い次の目的へ――
「次はおっきなベッドだからね?」
モール内を腕組みしながら、というより悠莉の半強制だが、並んで歩くその姿はかなりアンバランスな対比だ。これなら在らぬ誤解や、好奇の目に晒されるのも致し方無い。
「はいはい……」
幸人は悠莉の積極さに、溜め息を吐きながら館内を見渡した。
※ヴァーミリオンシティ。
都心でも広大な部類に入る、大型ショッピングモールの一つで、二階と別館を道路越しに別けられた構造が特徴的。
外装も名を示す通り緋色で彩られており、遠目でも一目で認識出来る程に目立つそれは、さながら情熱の赤。キャッチコピーらしいが定かではないし、見方によっては趣味が悪い。
肝心のモール内は流石に赤一色ではない(明るい白を基調)が、食料品から日用品、娯楽施設に至る迄あらゆる物を取り揃えており、平日でも人だかりは絶えない。
この人混みが、幸人はある意味苦手だ。
テンションの低さは、悠莉のテンションの高さの反比例感もあるが、裏に属する幸人にとって、こういう“明るい”場所は馴染めないのだろう。
少し前――
『じゃあボクは先に行くね~』
此所に赴く時、悠莉は分子配列相移転で行こうとしていた。
これには流石に幸人も仰天。
真っ昼間から姿を消したり現したり等、表の事情を知らないにも程がある。
やはり目が離せない。幸人は彼女に表事情を説明するが、まだまだ時間は掛かるだろう。
つまり此所には幸人が保有する自家用車で、三十分余り掛けてやって来たのだ。
――次に二人が赴いたのは家具売場。
「これがいい! これに決定~」
悠莉が目を付けたのは、如何にも高級そうな広いシングルベッド。価格もそれに相応しいが、彼女の“稼ぎ”からすれば、それは造作もない玩具購入感覚。
これまでの寝心地が悪いパイプベッドに比べればそれは、比較するのも憚れる雲泥の差。
「少し大きいな……。もう一つ必要にせよ、もう少しコンパクトな方が良いんじゃないのか?」
そのベッドに難色を示す幸人のそれは、金額の問題ではない。
自宅の面積からすれば、それは余りに大きいのだ。それに悠莉の体格からすれば、その広さは余りに不必要。
幸人とすれば、自分用は以前ので充分なのだから、別に自分のを新たに購入する必要は無いが、その無駄に場所を取るのが気になった。
「ええ~? これでちょうど良いよ」
だが悠莉は意に介さない。
「だってこの位ないと“幸人お兄ちゃんも入れない”じゃない」
「ああ……それもそうだな……っ!」
何気無い悠莉の理由付けに、幸人は『なるほど』と感心するが、すぐに気付く。その間違いに。
「――ってオイ! まさか一緒に寝る気か!?」
流石に焦った。悠莉のその購入意図に。
「うんそうだよ? 当たり前じゃない。幸人お兄ちゃん何処で寝るつもりだったの?」
勿論別々に。だが悠莉は最初っから、幸人と一緒に寝るつもりでいたのだ。
朝の事を垣間見れば、それも自然な流れ。彼女とっては。
「だっ……駄目駄目! そんな危険な無茶苦茶な!」
当然、幸人は反論。只でさえ不味いのに、これからも一緒に寝るともなれば――
幸人は気付いていない。自分で自分の暗を認めてしまっている事に。
「危険? 何で? 変な幸人お兄ちゃん……。店員さ~ん!」
悠莉にとっては変な意味はなく、ただ一緒に寝たいだけなのだ。寒さも防げるし、一石二鳥。幸人だけが変な意味に取りたがる。
「これすぐに送ってくださ~い」
呼ばれて駆け寄って来た店員に、悠莉は購入と配送の意を告げる。
「ちょ……ちょっと!」
幸人の意見は御構い無し。悠莉が欲しいと言えば、幸人に選択権は無いのだ。これはあくまで彼女のお金である。
それに、有無を言わせないそれがまた、悠莉の持つ天真爛漫さだろう。
――昼飯時。既に幸人は疲れ果てていた。
購入した家具は全て配送という形なので、手持ちが疲れる事はないが、その振り回され様にだ。
現在は館内のテナント、ハンバーガーショップで少々遅い昼食中。
テナント内の簡易テーブルで腰掛ける幸人の隣には、チーズバーガーを頬張る悠莉の姿が。
「おいし~。でもまだ足りないかなぁ?」
とっくに食べ終わった幸人に対し、悠莉はこれで五個目である。しかもまだ食べる気満々。
“この小さな身体の何処にそんな?”
幸人はその旺盛さに呆れるしかないが、止める気もない。
よく食べるという事は、成長の証しでもある。
「は~いジュウベエ」
その合間、悠莉の傍らには彼女の手から、チキンナゲットを頬張るジュウベエの姿が。
「人間の食い物は濃過ぎてオレの口には合わないが、たまには悪くないな」
金のスプーンしか口にしないジュウベエにしては珍しい事。文句を言いながらも、しっかりと貪っていた。
これも悠莉だからこそだろう。これが幸人の手からだったら、金のスプーンでない事から、即座に猫パンチを見舞う状況が、容易に想像出来る。
「そうそう、たまには良いよね~」
二人のその光景は、もはやジュウベエはマスコット人形では通らない気もするが、今更感で隠すの億劫の模様。幸人も華麗にスルー。見なかった事に。
「幸人お兄ちゃん、チーズバーガーあと二つお願いね~」
“まだ食うつもりか!?”
だが幸人は逆らわない。仰せのままにと腰を上げる――その時だった。
「あれ? お前、幸人じゃね?」
不意に背後から呼び掛けられる声。
“この声!?”
幸人にはその声に聞き覚えがあった。
良い意味としてではない。寧ろ聴きたくない、出会いたくない部類の。
幸人はゆっくりと振り返る。そして驚愕に引きつる表情。
「時人? 何でお前が……」
予感的中。よりにもよって、今一番出会いたくない人物。
その視線の先には、昼飯時なのだろう。セット片手に佇む時雨の、“表”の姿が其処にあった。