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「…や…なに言って…だって…」
ヘンなことしないって…。
「このままじゃ俺…もう抑えきかなくなる…。ひどいことして、蓮を泣かせるかもしれない…」
ひどいこと…。
ガキって言われる私でも、どういう行為か解かる…。
だからって…キスってどういうこと…?
キスだってひどいことじゃない…!
私、まだなにも整理できてない…。
まだ、『蒼が好き』って認めてないよ…!
「一回だけだから。一回したら、もうしないから…お願い」
『お願い』なんて下手に出ること言うくせに、
口調や押さえつける手の強さからは、私を尊重する気持ちは感じられない。
私の返事なんか聞くつもりないみたいに、蒼の顔が近付いて来る。
「や…、こんなの…やだぁ…!」
「やだじゃねぇよ。ぜんぶ、おまえが悪い」
「や…」
こばまなきゃ…。
やだ…
やだ…
なのに、
手がびくともしない。
ううん、それ以前に…。
力が、入らない。
麻痺したみたいに、力が湧いてこない。
私…
こばめないんじゃなくて…
こばみたくない、って思ってる―――?
唇に柔らかい感触を感じた―――。
それがキスと解かるまでは、数瞬が必要だった。
だって、唇がふれただけで、こんなに胸が痛くなって、蕩けそうになると思わなかったから―――。
苦しくて顔を背ける。
けど、息をする暇もなく、また押し付けられてしまった。
「も、いいでしょ…も…」
「まだ」
「んっ…一回だけ、って…!」
「悪ぃ。一回じゃ、やっぱ足りなかった…」
うそつき…。
うそつき、うそつき…!
二回、三回…どころじゃない。
何度も何度も重ねられて、息するタイミングを失う。
苦しかった。
息がしづらいせいだけじゃなくて、胸が押し潰されそうなくらい、甘く痛んで…。
身体の中が熱くなって、
頭も心も、とろとろにとろけ落ちていく。
「息、して…。口じゃなくて…うん、そう…」
暗闇の中から声が落ちてくる。
低く掠れた、こんな声聞いたことないってくらい、
色っぽい声で…。
「きもちいい?蓮…」
「ん…」
いつしか私は、
繰り返されるキスを、夢中で受け入れていた。
抵抗することを忘れた手は、逆に蒼の手を強く握っていた。
蒼の片手がそっと私の頬を包んで、首筋を撫でる…
ふぁって思わず声を上げたら、もっと深く吸いつくようにキスされた。
蒼が与える熱にとっぷりと飲み込まれてしまった私は、その熱の中に蕩けそうになって…
「ん…っふ…」
普段は絶対出すことないような…鼻にかかった声が出てしまう…。
すると蒼も苦しそうに吐息して、
手で、私の腰を撫で上げた―――。
ひくり、と身体が震える。
その手は、ゆっくりと上に上がってきて…
待って…待ってよ、蒼…。
それはいや…そこまでしちゃ、いや…もうこれ以上飲み込まないでよ…。
私まだ、なんの準備もできてないのに…!
瞬間、辺りが明るくなった。
はっとなって、私は蒼の身体を押し返した。
「ち…なんだよ…」
「て、停電、なおったみたいだね」
なんて場違いなことを言ってごまかそうとしても、
蒼は驚いた表情を浮かべつつも、押し黙っていた。
けど、そっと手を伸ばした。
「や…!」
びくりと身を縮こまらせてしまう私。
胸には、自分に対して愕然とする鈍い痛みが走っていた。
私…流されるところだった。
あのままでいたら、どうなっちゃってたんだろう…。
そんな私をどこか冷やかな目で見つつ、蒼はゆっくりとソファから起りた。
「拒む理由は?」
「…」
「けっこう気持ちよさそうにしてたのに。なんで拒む?」
おそるおそる見上げて、私は言葉を失う。
蒼の表情は、怒ったように張りつめていたから。
けど、すぐにそう思ったのは間違いとわかった。
「そんなに『幼なじみ』がだめなのか?」
「え…」
「どうがんばったって『幼なじみ』って枠からは出られないのか?俺はいつまでも『へなちょこ』のままなのか…?」
蒼…。
そんな泣きそうな顔、しないでよ…。
「いいよもう。今日はこれで帰ってやるよ」
ふいと背けて冷たく言い放つと、蒼はリビングを出て行こうとした。
「ま…待って…そ…!」
「なんだよ!?」
突然張り上げられた大声に、言葉をつまらせた。
「私…わたし…」
言葉の続きが出てこない…。
私なにを蒼に伝えたいの…。
「今日はもう、おまえの顔はみたくねぇ」
「待っ…蒼…!」
「話しかけんな!」
蒼は乱暴に廊下を歩くと、乱暴にドアを開けて出て行ってしまった。
雨も小降りになって、
静かなリビングには、独りきりになった私の泣き声だけが響いていた。
「待って…待ってよ、蒼…」
行かないで…。
私を嫌いにならないでよ…。
言葉にするには遅すぎた想いが、涙と一緒にいつまでもこぼれ落ちていく。
※
それからどうにかお風呂には入ったけど、食欲もわかないまま、ずっと蒼のことを考えていた。
ズクズクと痛む胸…。
私、蒼に嫌われちゃったかな…。
でも、どうしてこんなに気にしなきゃならないの。
悪いのはあっちじゃない。
キスなんかして。
あれが、ファーストキスだったのに…。
このまま嫌ってくれれば、ちょうどいいじゃない。
振り回されずにすむんだから。
こんなことになって、もうこれまでみたいな関係には戻れない。
それならいっそ、距離を置いた方が…。
そうやって、自分に言い聞かせても。
私はずっと、スマホを手放せずにいた。
蒼とのラインを開いて、のろのろと打っては消して、消しては打って…を繰り返すのは、たった四文字の言葉。
『ごめんね』
蒼に嫌われたくない。
『ご』
蒼とまた、楽しく笑いあいたい。
『め』
そうして途中まで打つけど…謝って、仮に許してもらって…そうして…
私は蒼の彼女になるの…?
そう考えると戸惑ってしまって、その先が打てなくなってしまう…。
だって、恋する相手が、幼なじみだなんて、思わなかったんだもん…。
頭はまだ混乱していて、気持ちの整理がつかないの…。
でも、身体は蒼の熱を恋しがってる。
唇は、蒼の感触を覚えている。
心は、蒼の想いにほだされている
本能が、蒼に嫌われたくないって叫んでるの…。
理性と本能。
ふたつにもみくちゃになりながら考えて悩んで、疲れ果ててしまった私は、スマホを握りしめたままいつしか眠っていた。