【現在】
「と、まぁ。ここまでが私達が最初にケトロの町にきた時の、経緯っすね」
「なるほど。あの孤児院の有り様を見たのですね」
手帳のページを捲り、私と視線を合わせることもなく、すらすらと経緯を話すお弟子さん。事件があった孤児院のことはよく覚えていた。当時、新聞でもよく取り上げられていた。
「その時点で、貴方達は犯人の目星がついていたってわけね?」
「当時はあくまで推測でした。そして、何より…この時代は魔術だの、魔物だの、存在自体がファンタジーとして扱われていましたからね。犯人が人間じゃないと言っても、簡単には信じてくれなかったでしょうね」
今は魔物や魔術が当たり前となってきているのだが、昔は違った。魔術が使えるものは異端者として扱われ、神を信仰するにも国の許可が必要だった。ただの薬屋でさえも、異端者扱いされる。まさに、魔女狩りに近い制度があったのだ。
「まぁ、当時のケトロの長がこの事件を魔術師達に依頼するくらい調査も難航していたんでしょうけど」
「それも、そうね」
「さて、問題はここからですかね」
記者が取材をする時のように、お弟子さんは一本のペンを取り出して、手帳の上を走らせる準備をした。
「この先は貴方から語ってもらいたい。何があったんですか。貴方がいたあの孤児院で」
窓から見える空に広がった灰色の雲を見る。雨が降るのだろう。そう、あの日もこんな雨の降る日だったかもしれない。
「いいでしょう。私も語りましょう。あの時、何があったのかを」
私の名前はアリス。当時、戦争の多い時代だったので、両親と親戚が亡くなったり、孤児院に預けられるのも当たり前だった。持ち物は、両親から授かったこの名前だけ。
私は、この世界で独りぼっち、という孤独感に襲われていた。自分と似たようなことが理由で孤児院に預けられた、同い年の子供たちを見ても仲良くなれなかった。
そんな中、私の光となって現れた少年達がいた。これから話すのは、彼らとの思い出とあの時の事件についてだ。
【過去】
アリス 〜 ケトロ孤児院 リベールトにて 〜
ケトロ孤児院リベールト。私を含めて十三人の子供達と、三人の修道女の計十六人がこの孤児院で暮らしている。決まった時間にご飯を食べ、決まった時間に授業を受けて、決まった時間に遊んで寝る。そんな退屈な日々を送っていた。
つまらない。
私の日常はそんな一言で片付いてしまうほど、退屈で孤独だった。まるで、鳥かごの中で生活している気分だ。木陰の下で一冊の絵本を開く。この孤児院にきて、最初に手に取ったお気に入りの本。「太陽の王子と月のお姫様」
内容は、太陽の王子様と月のお姫様が恋に落ちる話。二人はお互いに一目惚れし、恋に落ちる。しかし、昼は昼の時間、夜は夜の時間という<きまり>がある限り、二人は直接会うことも触れ合うこともできない。そんな二人をかわいそうと思った星の観測者は、二人が唯一会える時間を作ったのだ。それが日蝕と月蝕が交わる日。年に一回会うことを許された二人はいつか、永遠に一緒になれる日を夢に見ているのだとか。
なんてロマンティックな話なのだろう。私も、この二人のような恋に落ちてみたいものだ。
物思いに耽っていると、ケトロの町の中心に建つ時計塔の鐘の音が鳴り響いた。鐘の音とともに、修道女達が庭に出てきた。
「皆ー! そろそろ中に入る時間よー!」
「「はーーい!!」」
ボールなどを持って、中に駆け込む同い年の子供達。私も彼らに続いて中に入ろうとした時、後ろからきたわんぱくな子が私にぶつかってきた。その拍子に持っていた本を地面に落としてしまった。
ーー痛いじゃない。…あーあ、本が汚れちゃった。
地面に落ちた本を拾い上げようとした時、私以外の誰かの手もその本に触れた。お互いに触れそうになったので手を引っ込める。私は視線をゆっくり本から目の前にいる誰かに向けた。
歳は私と同じくらいだろうか。この辺りでは珍しい白髪の少年で、少し霞んだ赤い目が印象的な顔をしている。孤児院にこんな子いただろうか?
「あ、ご、ごめん…。えっと、この本、凄くいい話、だよね」
素早く本を拾い上げて、ぽんぽんと軽くはたいて綺麗にし、本を渡してきた。どもったような声で弱々しく私に話しかける。困り眉が特徴的だなと思った。
「ジャックスー! 何ナンパしてんだよ」
白髪の少年の後ろから黒髪の少年がひょこっと飛び出してきた。よく見ると二人共顔がそっくりだった。双子なのだろう。<ジャックス>と呼ばれた少年は黒髪の少年の言葉に驚くと、顔を赤らめてしまった。
「ちちちちちちち違うよ!? ジャッキー!?」
「はは、ジョーダンだって! 早く中に入ろうぜ。お腹ぺこぺこだ」
<ジャッキー>と呼ばれた少年は白髪の少年<ジャックス>の手を引いて中に引っ張っていった。手を引かれながら、白髪の少年は困り顔で手を振っていた。
私はその様子をただぼんやり見て、ワンテンポ遅れて孤児院の中に入った。
夕食。長いダイニングテーブルには人数分のシチューとパン、サラダが用意されていた。デザートはクランチベリーのゼリー。お残しをすると、このデザートはお預けを食う。
席につくと、修道女がパンパンと手を強く叩いた。
「はい、注目ー! ご飯の前に皆に新しい家族を紹介したいと思います!」
そう言って私達の前に現れたのは先程出会ったあの双子だった。
「黒い髪の子がジャッキー。白い髪の子がジャックスよ! 皆、仲良くしてね?」
「「はーい!!」」
双子は私の向かいの席に座った。いつものようにお祈りを捧げ、食事を始める。地元野菜がたっぷり入ったシチューを木の匙で掬い、パンと一緒に食べていると、ジャックスがモジモジしながらこちらを見ていた。
「あ、あの、えっと。僕、ジャックス。よろしくね?」
「…よろしく。私は、アリスよ」
パンをちぎりながら、自己紹介をする。ジャックスはシチューに入っている人参を避けて食べていた。彼は人参が嫌いなのだろうか?
「おい、ジャックスー。また、人参残すのかよ」
「うう、だって…、人参、嫌いなんだもん。ジャッキー食べてよ」
半泣きで隣にいる双子の兄に懇願するジャックス。正直、泣くほどか? と思いつつもその様子を見る。
「お前、女の子の前で情けないな。ほんとに、俺の弟か?」
「うぅ…そんなこと言わないでよ」
目に涙を浮かべるジャックス。今にでも大泣きしそうな勢いだった。男の子なのに情けない。いつもはこんなことは柄ではないのだが、私は空いたサラダのお皿をジャックスの近くにおいた。
「ふえ? アリス?」
「人参、嫌いなんでしょ? このお皿に載せて頂戴」
「え、いいのぉ? ありがとう、アリス」
鼻をすすりながら、匙で人参をお皿に載せるジャックス。そのお皿にさらっと、グリンピースを載せてくるジャックスの兄、ジャッキーの姿があった。
「ちょっと、私はジャックスの人参を載せてって言ったのよ!?」
「えー、いいじゃん! 俺のも食べてよ、ね? あ、俺はジャッキー。こいつのお兄ちゃんだからよろしく!」
左手でピースサインを作りながら、二カッと笑うジャッキー。彼はどうやら、ジャックスとは正反対の性格の持ち主のようだ。陽気なジャッキーと陰気なジャックス。おかしな双子が孤児院にきたものだ。
「ジャッキーだって、グリンピース食べれないじゃん…」
「お前の人参よりは小さいし、まだマシだろ? ってことで、よろしくね? アリス」
「は、はぁ…」
結局、私のお皿には人参とグリンピースが大量に盛られた。この二つの食べ過ぎのせいか、夜中に腹痛を引き起こして大変なことになったのはまた別の話だ。
この双子と、私がきっかけであの日起きた事件の引き金になるなんて予想もできなかった。
【現在】
「…で?」
私が語るのをやめて、コーヒーを飲み始めると、お弟子さんは「その続きは?」と言いたげな顔でこちらを見ていた。この先を語りたいところだが、私も彼らの話の続きが気になっている。
「あの、アリスさん。その続きは?」
「あら、全部話すなんて、誰も言ってませんわよ? 貴方もご存知かもしれませんが、私はこう見えて小説家ですのよ? 話のネタが欲しいのは、貴方も同じでしょう?」
お弟子さんは引きつった顔をすると、諦めたかのように降参、と両手を挙げた。
「この先の話が欲しいなら、情報をよこせ、と。流石、うちの先生が熱烈なファンになるだけある。いいでしょう。次は私の番ですね」
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