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私達はリンダの宿に一晩過ごした後、事件の犯人の手がかりを探すことにしました。このケトロの町で何かの影が蠢(うごめ)いていると推測して。
しかし、この時先生と私に思わぬ再会と出来事が起きた。
【過去】
クロッカー 〜 リンダの宿にて 〜
早朝、宿屋の女将であるリンダという女性を通して、お使いを頼まれたという子供から、儂あてに一通の手紙が届いた。ケトロの町の名物産のカカオ豆で作られたコーヒーを口に含みながら、その手紙に目を通した。
口の中に酸味と苦みが広がる。機械人形(オートマタ)でも一応味覚がわかるように作られたコーヒーなので、これは実に楽しいものだ。
「ふむ…」
一通の手紙の内容をさらりと読みつつも、大量の本と資料に埋もれている弟子に目をやる。昨日も遅くまで錬金術の研究と現在取得中の魔術に取り組んでいたようだ。
「ああ…」
二日酔いを経験した人間のような、唸り声にも似た声を絞り出して、むくりと起き上がる。いい加減、使い魔を召喚できるようにならなくては、この先が危うい。
「使い魔の一匹も召喚できんとは。我が弟子ながら成長の見られないやつよのう?」
「うるせえ、くそジジイ。ベテランの魔術師と記憶を一度失った素人じゃ、差がありすぎんだろうが」
「儂は魔具師なんじゃがなあ」
悪態をつかれながらも、カーテンを開けて朝日を浴びる弟子。床に落ちた資料を手に取り、またにらめっこを始める。所詮、資料などただの紙っペラにすぎないのだ。魔術とは己の想像力と創造力をプラスした技術にすぎない。ましてや、その魔術を開発したものの、経験を拙い文章にした資料など参考のさの字にもならない。
「…この魔法陣に詠唱を言葉として乗せる時に、正しい詠唱でないと使い魔が反応してくれないって、その正しい詠唱ってなんだよ」
「詠唱は詠唱じゃ。正しい言葉というのは、無数の言葉と単語を足したり引いたりして生まれるものであって、絶対にこれが正しいという言葉はあまりないじゃろうなぁ」
「名詞とは関係ないってことか?」
「ふむ…」
人間の会話であれば、簡単に伝わることならば簡単に理解できただろう。しかし、魔術というものは一般人に説明してもわからないもの。それをどう伝えようかと悩んだ結果、儂はお手本を見せることにした。
「見ておれ、エーヴェル」
手袋を装着した左手で、小さな魔法陣を出現させ、そこから火を生成して見せた。
「これが普通の炎魔法じゃ」
「それは知ってる。ファイヤーボールだろ? 魔法学校とかで一番最初に習う術じゃないか」
興味なさげに回答する弟子。だが、ここからが面白い。
「そうとも言うな? じゃが、儂はこれをファイヤーボール、ではなくイグニ、と呼んでおる」
ぎゅっと拳を握り、炎を消す。このように炎の魔術でも呼び方は多数ある。それが正解、というものはない。ただ、一般的に周りからそう呼ばれているだけであり、中には違った呼び方も存在する。
弟子が今取得しようとしている魔術も同様だ。資料にはあくまで一般的なやり方と詠唱が載せられているが、絶対にそれが正しいというわけではない。
「魔術の可能性は無限大じゃ、覚えておけ」
「へーい。ところで、さっきから読んでた手紙の内容なんだ?」
「ん? おっとそうじゃった」
儂は手に持っていた手紙を弟子に渡した。弟子はその手紙の内容を読みながら、瞳孔を大きく開いた。
「おいおいおいおい…、この手紙の内容が本当なら」
「…出かけるぞ、エーヴェル。儂らはこの事件の闇に、いや。影を追わねばならん」
ハンガーにかけていたコートを手に取り、儂らは昼のケトロの町に繰り出した。
クロッカー 〜 ケトロの町 路地裏にて 〜
先ほど読んでいた手紙の中には、二枚のチケットが入っていた。チケットには今日の日付と、場所が記載されており、儂らはさっそくその場所に向かうことにした。
「こんなところに、サーカスのテント」
弟子とケトロの町の路地裏に入ると、奥にキラキラとライトで装飾され、存在が強調されたサーカステントがそこにどっしりと構えていた。手首に巻いていたペンデュラムが震えている。
「…エーヴェル、手紙の内容を覚えているか?」
後ろにいた弟子は手紙を開いて内容を朗読し始めた。
「…親愛なるクロッカーへ。ケトロの町の路地裏にて待つ。孤児院襲撃事件の犯人」
「ふむ、やはり儂の勘は当たっておったかもしれん」
手紙の内容を聞くと、儂は弟子から手紙を奪い、その場で燃やした。
「キャキャキャキャッ! いきなり燃やすとは、相変わらず物騒だな!? クロッカー!?」
燃えた手紙から突然人の口が生えてくると、金切り声のような高笑いを上げて喋りだした。口の生えた手紙は儂らの周りをひらひらと浮遊しながらべーっと長い舌を出す。
「な、なんだこいつ!?」
「なんだこいつ!? なんだコイツぅ〜? キャキャキャキャ!!」
驚く弟子の真似をしながら、相手を馬鹿にするように嘲笑う手紙。その様子に弟子は片手を構え、魔術を放とうとするがやめさせた。
「久しぶりじゃの、ビヴォ。しばらく見ないうちにそんなペラペラの紙っペラになってしもうたのか」
「チッ、黙りやがれ。このおいぼれオートマタ! 数十年前、お前にやられて、力をまともに使えなくなってから溝鼠のようにひそひそと暮らしてきた僕ちゃんの気持ちを思い知らせてやるよ!」
<ビヴォ>というのは道化師の魔人で、数十年前にサーカスに訪れていた子どもの魂を喰らい悪さをしていた。その時、儂一人で完膚なきまで叩きのめしたつもりだったが、このように生き延びてまた、力をつけていたようだ。
「それで、孤児院を襲い、力をつけたのか。愚かな…」
「それじゃあ、本当にお前が? 今回の事件の犯人?」
「キャキャキャキャ! その通りぃ〜! 子どもの無垢で純粋な魂は俺達魔人にとっては珍味そのもの! 恐怖に歪む顔は実に滑稽だったなぁ!? いいスパイスになるぜぇええ?」
眉間に血管が浮き出た弟子が手紙をつかもうと儂の体を押し退け、手を伸ばす。しかし、ひらりとその手を交わした手紙はそのまま耳障りな高笑いとともに、サーカステントの中へと消えた。
「くっそ!」
「落ち着け、エーヴェル。恐らく、あの手紙はやつの分身じゃ。あの紙切れに無駄な体力と時間を割いても仕方あるまい」
「わかってる。だが、どうする? <ビヴォ>ってあの上級魔人だろ? 流石の私でもやつの危険性は知ってる」
魔人の中で上級クラスに該当するビヴォは、魂を喰らえば喰らうほど強くなるタイプの魔人。やつがいなくなってから数十年。こうして再会するまでどのくらいの人達が犠牲になっただろう。考えただけでやつの力量は計り知れないものとなってしまった。
「ここで逃すほど、儂はまぬけではないわい。それに、数十年前に溢れたオイルをきちんと拭えなかった儂にも責任はある。行くぞ、エーヴェル。歯車を括れ」
「わかってますけども、そのオートマタ独特の表現やめろ。私は生身の人間だっつーの!」
儂は手袋をくいっとひっぱり、トランクを片手に持った。弟子はシルクハットのつばを直して二人でサーカステントの中へと歩みを進めた。明かりは一切ついていない。ひたすら暗闇の中を歩く。聞こえるのはお互いの靴の音のみ。
儂も弟子も明かりは一切つけなかった。そんなことをしてしまうとやつに居場所を教えているようなものだ。そうすれば、攻撃の的となってしまうだろう。
ここは敵の巣窟。何があるかわからない。靴音が洞窟にいるように大きく反響する。五感を研ぎ澄まし歩いていると突然中央で明かりがぱっとついた。
「レディ〜〜ス、エーンド、ジェントルメ〜〜ン!! ようこそお越しくださいました! これより披露するのは、悲しくも派手な復讐劇ぃ〜! どうぞ、心逝くまで、楽しんでくださ〜い!!」
ふざけた音楽と拍手で現れたのは巨体の道化師。道化師はニタァと不気味な笑顔とともに、後ろにバク転すると暗闇に消えた。同時に明かりが一斉につき始めた。あたり一面が光でいっぱいになると、弟子と二人でステージの上に立たされていた。
「クロッカぁああ、待ちわびたぜ〜? 僕ちゃんの用意したステージにようこそ!!」
カーテンの裏からするっと出てきたのは、後ろにバク転して消えた道化師。間違いない。昔と容姿がだいぶ違って見えるがビヴォ本人のようだ。
「こいつが、ビヴォ…」
「気をつけろ、エーヴェル。やつは奇々怪々な魔人じゃ、手強いぞ」
攻撃態勢に入ると、ビヴォはまた金切り声のような高笑いをしながら、こちらを見ていた。
「子供達の無念、ここで晴らさせてもらうぞ。ビヴォ」
「キャキャキャキャ!! それは、どうかなぁ〜? 無理なんじゃないかなぁあ〜?? ここでお前を殺し、町の子供達を喰らい尽くせば、僕ちゃんはこのエスタエイフ地方で最強の魔人になれるんじゃないかなああああああああ!!!???」
ビヴォから黒いオーラがゆらゆらと見えた。やれやれ、魔人も人間もなんて浅はかな考えを持っておるのだろうか。そう簡単に物事が進まないのが、世の中の道理というやつだ。
高笑いをするビヴォに向かって魔法陣を生成し、呪文を唱えた。