テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
うめぼっち

706
#溺愛
うめぼっち

527
うめぼっち

609
#ざまぁ
うめぼっち

521
焼け落ちた修道院から、王女セレスティーヌを保護した数日後。モンフォールはヴィエル公爵邸の応接室で、ジェラール・ド・ヴィエルと向かい合っていた。 ジェラールの表情は険しい。
「──セレスティーヌ王女が?」
「はい。私の管理する館で、保護しております」
ジェラールは腕を組み、低い声で尋ねた。
「モンフォール司祭。貴殿は教会に虚偽の報告をおこなったのだな。生存者なし、と。……その理由を聞かせてほしい」
「セレスティーヌ王女の安全を危惧しての事です」
ジェラールの目が細くなる。
モンフォールは慎重に言葉を選んだ。
セレスティーヌに王位継承権を放棄させたのは、ファミーユ家だ。そして教会が得た情報は、ファミーユ家へ筒抜けになる。なぜなら教会の上層部には、ファミーユ家出身のカスティエル枢機卿がいるからだ。もし王女が生きていると知られれば、再び命を狙われる可能性がある──
ジェラールは黙ってモンフォールを見つめた。
「……王女の生存を知っているのは?」
「閣下と私のみです。館では王女の身分を隠し、偽名を使わせております」
しばらくの沈黙のあと、ジェラールの表情が穏やかになった。
「実に賢明な判断だ。私に報告してくれた事を光栄に思うよ」
「痛み入ります」
「セレスティーヌ王女は、カルディナ共和国の聖ルシア庇護修道院に移送しよう。部下のエルンストが護衛にあたる」
聖ルシア庇護修道院は、ヴェルムート王国の隣国、カルディナ共和国の山間部にある。政治的中立性が高く、他国で異端とされた者の保護も黙認されるという特殊な修道院で、この国の王家の力は及ばない。
モンフォールは黙ってジェラールの話を聞いていた。
これでいい。王女は生き延びられる。そして自分は、王家の秘密を知る一握りの人間になれる。力を持つ側になれる──
ジェラールの言葉が続く。
「そして国内では、大々的に葬儀を行う。死んだと思わせない限り、謀殺犯は何度でも王女を殺しに来るだろう。問題が起きた際は、私がすべての責任を負う」
ジェラールは、毅然とした表情で言った。
「この件は他言無用だ」
モンフォールは恭しく頭を下げた。
「承知いたしました」
◇
あれから、八年が経った。ジェラールもエルンストも、この世にはもういない。そしてモンフォールは、王族に仕える宮廷司祭になっていた。
王女セレスティーヌは生きている──モンフォールにとってそれはただの情報などではなく、出世のための唯一無二の切り札だった。もちろんその事実を誰かに話したことはない。ただ、他人の弱みを握り、力関係を変える上で、この上なく有用なカードとなっていた。
日が沈み、王宮の回廊の燭台に魔導灯がともる頃、モンフォールは王弟アヴィリオの執務室を訪れていた。窓の外には、暮れきった庭園が広がっている。部屋を照らすのは机上のランプと壁際の燭台だけ。華美な調度品はなく、書棚には神学書と古い年代記が整然と並んでいた。敬虔な王弟の人柄を、そのまま部屋にしたような空間だ。
「例の司祭について、調べがつきました」
モンフォールは報告書を机に置いた。
「地方では評判の人物だそうです。貧しい者には施しを与え、教会の修繕にも私財を投じている。信徒からの信頼も厚いとか」
「……そうか」
アヴィリオは報告書を開き、目を通した。表情に大きな変化はない。
モンフォールはもう一枚の紙を差し出した。そこに記されているのは、教会の修繕費として寄せられた寄付金の一部が、司祭の親族名義の口座に移されていた記録だった。
アヴィリオはモンフォールを見た。
「帳簿の数字が合っていないな」
「本人は、管理を任せた信徒の不手際だと説明しているようです」
「なるほど……」
アヴィリオは二枚の書類を並べた。しばらく黙って読み比べていたが、やがて顔を上げ、冷ややかに笑った。
「彼は、この帳簿を誰かに見せたいのだろうな」
「と、申しますと?」
「寄付金を盗むだけなら、もっと簡単な方法がある。わざわざ帳簿に痕跡を残す必要はない。彼の目的は、金を自分のものにすることではなく、おそらくは、誰かに責任を負わせること……」
モンフォールは目を細めた。
そこまでの推測は、彼自身も立てていた。しかしそれはファミーユ家の令嬢である愛人から得た情報あってのことだった。アヴィリオが報告書を一読しただけで同じ結論に至ったことに、モンフォールは内心で驚いていた。
「その司祭は、来月、王都に招かれる予定です。慈善活動への褒賞という名目で。招待を取り消すこともできますが……」
「いや、その必要はない」
アヴィリオは静かに言った。
「彼が王都でどのように振る舞うか、見てみたい」
その言葉は事務的で、興味も感情も感じられない。
モンフォールは報告書を片づけながら、内心で笑った。
この男は、決して鈍くない。むしろ人の虚栄や臆病さ、欲望がどこに潜んでいるかを見抜くことにかけては、並の貴族よりもはるかに鋭い。しかも、見抜いたことをすぐさま相手に悟らせないだけの自制心まで備えている。
「殿下は、あの司祭をどうなさるおつもりですか?」
「証拠が揃えば、相応の処分を下す。だが、揃わない限り、判断は保留だ」
アヴィリオは淡々と答えた。
「疑わしいというだけで人を罰するのは、神の教えにも反している」
その言葉だけを聞けば、いかにも敬虔で、慎重で、政治とは縁遠い王弟に見える。
だが、モンフォールは知っている。
アヴィリオは、モンフォールを専属司祭としてそばに置いている。貧しい村で生まれ、神への信仰をとうに失い、出世のためなら他人の秘密も弱みも利用する男を。アヴィリオが人を見る目を持たず、モンフォールの本性を知らずに信頼しているのなら、王族としてあまりに愚かだ。しかし、知ったうえでそばに置いているのなら、王弟に対する世間の評判が間違っていることは疑いようもない。
窓の外では、夜の闇が庭園を覆い尽くしていた。
モンフォールは笑みを浮かべ、深く頭を下げる。この王弟は、王位に興味がないのではない。王位を望む者たちとはまるで違うやり方で、それを見据えている。そして彼は、その目的のために自分を使おうとしている。
──結構なことだ。
利用されることを恐れるほど、モンフォールは善良ではなかった。相手が自分の価値を正しく見積もっているのなら、こちらもまた、相手の価値を見極めればいい。
王弟アヴィリオは野心のない、敬虔な聖人君子である──そんな世間の評判を、モンフォールは一片たりとも信じていなかった。
コメント
1件
第26話、読み終わりました。 ジェラールとのやりとりから一転、アヴィリオ王弟との距離感の描き方が本当に巧みで、じわじわと引き込まれました。モンフォールが「利用されることを恐れない」と胸の内で笑う場面、あの一文に彼の冷徹な計算と、アヴィリオへの静かな敬意が同時に滲んでいて、すごく好きです。 そして「敬虔な聖人君子」という世評を一片たりとも信じていない、というラストの一文。あそこで物語の奥行きがぐっと深まりました。お互いの値踏みをしながら進む二人の関係、続きがとても気になります。