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当初の目的であった『村長さんへの挨拶を先にしよう!』は、祝いの席の準備があるからという理由でそこそこに済ませ、ラウルから『まずはちょっと休むといいいよ』と言われ、柊也達は宿屋の一室を用意してもらうことになった。
宿屋の中でも一番豪華な部屋で今、柊也は暗い顔をして俯いている。ヘッドボード側に枕を集めて寄り掛かり、ルナールはベッドで脚を伸ばしてくつろぐ。……だが、その上に問答無用で座らされ、背後から抱き締められるという状況を、柊也はまずどう受け止めていいのかわからない。無茶振りされた『解呪ショー(仮)』も難問だし、もう頭の中は混乱状態だ。
そんな柊也の苦悶は横に置き、ルナールは全く別の事を考えていた。
「トウヤ様、あまり色々な人に頭を触らせないで下さい」
消毒でもしたいのかな?というくらい、この部屋に入って、この体勢にされてからずっと柊也はルナールに頭を撫でられ続けている。『禿げるわ!』ってくらい長いこと撫でられているが、不思議と嫌ではなかった。
「そんな事言われても、僕だって別に『撫でて』って頼んだわけじゃないんだから無茶言わないでよ」
「頭に手が近づいたら、逃げるとか」
「失礼だろ?そんなの。相手は好意を持ってやってくれてるんだから、傷付けちゃうよ。ってか、それよりもだ!僕にあんな無茶振りとか何ですんのさ!むーりーぃぃ!派手さとか、【純なる子】はパフォーマーじゃないって!」
「仕方ないですね。【純なる子】も【孕み子】も千年に一度しか現れないので、民衆からしたら『なんかスゴイ奴等らしい』くらいの知識しかありません。何故に呪われ、どうやって解呪するかなんて知らない者ばかりですよ」
「……え?でも、ルナールに『呪いの事とか随分詳しいね』って前に僕が言ったら、常識だって言ってたよね?」
ルナールの、柊也を撫でている手がピタリと止まった。
「——それよりも、夜の相談をしませんか?見世物に出来るよう、どうにかしないといけませんよね。夜まではまだ時間がありますから、最優先で一緒に考えませんか?」
柊也の頭に頰を乗せ、さてどうやって呪いの件から話をはぐらかそうかとルナールが思案する。
(自分はもっと発言に気を付けないと)
そう思いながらも無意識に手が動く。柔らかな黒い柊也の髪に頬ずりをし、頭を撫でていた手を下ろし、細い腰を抱いた。
「そうだよぉ……『僕が側に居るだけで解呪出来る』って今更言えないし、見せ方で工夫するしかないよね」
(……あれ?まさか、さっきので話を逸らせたのか⁈)
ルナールはギョッとした顔をしたが、腰を抱く手に柊也の手が重なり、自分の胸に体をすっかり預けてくれた事で、そんな驚きは一気にどうでも良くなった。
「そうですね、まずは衣装を工夫してみましょうか。あとは……トウヤ様の世界の知識で、何か活用出来るものはないですか?式典や祭りだとかは、参考になりませんか?」
「祭りかぁ……商店街の人達がやってくれる露店が沢山出ていて、近所の子供達が神輿担いでーくらいのお祭りしか行った事ないから、あんまり参考にはならないかな。——あ!舞台でクラスメイト達が踊ったりとか、バンド組んでる奴らが演奏してるのとかもあったわ。でも、そういうのは学校祭だっただから、誕生日のお祝い事とはまた違うけどねぇ」
柊也の話がほとんどわからなかったが、ルナールは話の中に一つ参考になるワードを見付けた。
「踊り、ですか。トウヤ様は踊れます?」
「無理だよ!ダンスの授業は出来る奴の指示通りにやっただけで、『この授業いらないよね⁈』としか思えなかったし……。そういうルナールは、踊れるの?」
「いいえ、知識としてこうやるみたいだとは知っていますが。実際には夜会などにも参加した経験が無いので、多分踊れません」
困ったね……といった空気が二人の間に漂う。旅に出て早々、まさかこんな事で躓くとは思ってもいなかった。
「では、衣装をまずどうにかしましょうか」
「そうだね。荷物の中の物で、何かそれっぽいのあるかな」
鞄の中身を確認しようとする柊也が膝から降り、ルナールは心細くなった。程よい重さと温かさはとても心地良いもので、人肌と縁遠い生を送ってきたルナールにとって、先程までの時間は『安らぎとはこういうものなのか』と心に深く染み入るものとなっていただけに体温の喪失が少し辛い。
軽く俯き、ルナールが服の胸元をギュッと掴んでいると、ベッドから離れ、荷物の側でしゃがんでいる柊也が「どうしたの?」と声をかけてきた。
「……いえ、何も。一度全て鞄から出して、ベッドにでも広げてみましょうか」
軽く頭を横へ振り、ルナールもベットから下りた。
鞄を二つ持ち上げ、それらをベッドの側に置き、柊也と二人で中身を出す。ほとんどが着替えの衣類ばかりだったので、この中からどうにか出来そうだ。
「まずこの金色のブレスレットは着けましょう。鈴の音を意識して鳴らしながら回れば、それっぽく演出出来るかと」
そう言って、ルナールが木箱に入る金のブレスレッドを二つ取り出し、柊也の腕にはめて銀のブレスレットを外す。柊也が音を確かめる様に軽く振ると、シャンッと綺麗で凛とした音が部屋中に響いた。
「おぉぉ!」
音を聴き、柊也が嬉しそうに声をあげた。
(何かいい!何が?って訊かれると説明に困るけど!綺麗ー!わー!)
語彙力の足りない感想を頭の中で叫びながら立ち上がり、腕を振ってくるんっとその場で回る。柊也のテンションに呼応するように鈴の音は大きくなり、黄金色に輝く波紋が周囲に広がった。
「な、何?今の!」
驚きで柊也の体が固まった。魔法など使えないはずなのに、『今のは何か魔法みたいだったよね?』と思いながらブレスレッドを凝視している。
「それは増幅器みたいな物ですよ。トウヤ様の【純なる子】としてのお力が強くなればなる程、波紋の広がる範囲が大きくなっていきます」
「へぇ……ルナール、やっぱり随分詳しいね。何で?」
「ウネグ様が……言っていましたよ?」
視線を反らし、『また言い過ぎた!』とルナールが悔いた。だが柊也の従者として、この世界を助けてもらう身としても『トウヤ様の疑問には是非答えてあげたい!』とどうしても思ってしまう。
「うわ、聞き逃してたんだね、ルナールがあの時居てくれてよかったな」
素直に喜ばれ、ルナールの表情が少し硬くなった。
詳しい説明などウネグは言っていなかったのに、言っていたとルナールは嘘をついてしまった。この程度、普段ならあまり気になどならない些細な嘘なのに、柊也の純真さは心に軽く刺さる。
「えっと……この、ストールを腰に巻いて先程の様に回れば、広がって綺麗かと。上の服はこちらの白い物に着替えて、前はボタンをせずに開けましょうか。首飾りもあった方がいいでしょうから、それらの装飾品はトラビスとでも相談して下さい。お顔はこちらで隠せば、より神秘的で雰囲気が出るかと」
嘘を言った気不味さを誤魔化す様に、ルナールが服を広げながら色々と提案していく。 言われるまま、柊也はその場でそれらの服に着替えると、部屋に設置してあった大きな鏡の前に立った。
「ちょっとだけアラビアンナイトとみたいだね!」
「それが何かは知りませんが、お似合いですよ。意外と手持ちの物だけでもいけますね」
口元を水色のシフォンのハンカチで隠し、落ちない様端をヘアピンで止める。お尻あたりまで長さのある七分丈の白いシャツはボタンを閉めずに羽織り、腰には長いストールをベルトがわりに巻いた。黒いトラウザーズはそのままにし、靴を脱いで裸足になっている。
鏡の前で腕を踊る様に振り、ちょっとだけ適当にステップを踏んでみた。『見世物になるとか無理じゃね?』と焦っていた気持ちが和らぎ、柊也が嬉しそうに微笑んだ。
「なんかちょっとそれっぽいね!衣装の効果ってすごいな」
柊也がはしゃぎ、部屋中を動き回る。はしゃぎ過ぎて行動が完全に子供だ。
その度に鈴の音が響き、波紋が部屋を満たす。問題解決の糸口が見付かった事で嬉しそうに動き回る柊也の姿を見詰め、ルナールは微笑ましい気持ちになり、そっと微笑んだ。
左腕にはまるブレスレットから光だけで形どられた弓を抜き出すと、床に胡座をかいて座り、ルナールはそれを横向きに構え、弦を弾く。ビヨォォン……と少し間の抜けた音がして、柊也が何の音だ?と足を止めた。
二度、三度と弦を弾き、ルナールが弓でリズムをとる。その度に弓からは矢となり損ね、行き場を失った火が、弾けて消えた。
「楽器では無いのでこんな音しか出せませんが、何か音があった方がトウヤ様も動きやすいかなと。視覚効果も上がりますし、どうでしょう?」
「いいね!ありがとぉ、沢山考えてくれて!」
柊也はそう言うなり、嬉しさのあまり床で座っていたルナールの首に勢いよく抱きついた。胸元が肌蹴た状態の柊也に抱きつかれた事で、ルナールが口元をくっと引き絞る。
肩が少し震え、手に持っていた弓が瞬時に消えた。柊也を思いのまま抱き返していいのか、我慢すべきかでルナールの頭が一杯だ。
「沢山っていうか……むしろ全部、だよねぇ。僕全然役に立ってないや」
ははっと自嘲気味に柊也が笑った。
「いえ……そんな事は。トウヤ様はちゃんとヒントを下さいましたし眼福だしで、感謝したいのはこちらの方です」
結局ルナールは欲求に逆らえず、柊也の背中に腕を回した。ギュッと抱き締め、顔に当たる素肌にそっと肌を擦り寄せ、こっそり深呼吸をする。獣耳がピンッと立ち、感情のままに尻尾が元気に左右へと動いてしまった。
「ルナールは謙虚だねぇ」
「初めて言われました」
眼福だと言った部分をスルーしてもらえ、うっかりもらした本音を隠せた事にルナールが安堵した。
いい匂いだし肌はつるつるだしで、もう色んな事がどうでもよくなってくる。このまま側にあるベッドに運び、好きに匂いを嗅げたら死んでもいいかも……なんて事をルナールが頭の隅でちょっとだけ、でもかなり真剣に考えていると、ノックもなくいきなり二人の部屋のドアが勢いよく開いた。
バンッ!と激しく開き、振動で設置されている家具がガタガタと揺れた。壁に飾られている風景画が少し傾いたままになり、勢いの強さを物語っている。
顔面を蒼白にさせた男が一人、ベッドの近くでいちゃいちゃしていたようにしか見えない柊也達に向かい、大声で叫んだ。
長身でガタイが良く、茶色い短髪の男には大きくて先の丸い尻尾が生えており、ちょっと狸っぽい。急いで走って来たのか体からは汗が垂れ落ち、ちょっとむさ苦しさもある。そんな風貌の男にいきなりドアを開けられ、唐突に叫ばれて、柊也はルナールの首に抱きついたままフリーズしていた。
「え、あ、はい……」
返事はしなければ失礼だ。その一心だけで出た柊也の声は、彼に聞こえたか不安になるレベルのものだった。
「そうか!とっとと帰れ!お前ら何か居たって迷惑なだけだっ!」
「——……えー」
やっと無茶振りされたお題をこなせそうだと思った矢先、最速で出鼻を挫かれてしまい、柊也の頭は真っ白になったのだった。