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魔王城の訓練場。
リゼはひとり、無言で大鎌を振るっていた。
銀髪は風に舞い、鋭く整った瞳にはどこか空虚さが宿っている。
「……リゼさん、最近……夜もずっと練習してるみたいで……」
そう心配そうに話しかけたのは、トアルコだった。
「もし、疲れてるなら……あの、あたたかいスープとか用意しますけど……」
「……トアルコ」
リゼは鎌を地面に突き立て、ぽつりと呟いた。
「私ね、かつて……“処刑人”だったんだ」
リゼの過去は、魔族の処罰機関「断罪連隊」にいた頃にさかのぼる。
罪人とされた者に刃を下す任を担う中で、
“命令されたから”という理由だけで、多くの命を奪ってきた。
だがある日、抵抗しない少年に刃を振るうことができなかった。
「目を見てしまったの。怖かった。怖くて……私の刃は止まったの」
その日、リゼは連隊を追放された。
「私が斬れなかったのは、ただ、怖かっただけ。勇気がなかっただけ」
自嘲する彼女に、トアルコはそっと近づいた。
「……僕も……怖いですよ。ずっと。
誰かを傷つけるのも、嫌われるのも、誰かに泣かれるのも……」
トアルコの声は震えていた。
「でも、“こわくないフリ”するより、怖がってでもやさしくあろうとするほうが……きっと、強いって思いたくて……」
リゼは驚いた顔で、トアルコを見つめた。
彼の瞳には、偽りのない震えと、揺るがぬ優しさが浮かんでいた。
「……バカみたいな魔王」
リゼはうつむいて、肩を震わせた。
「でも、そんなバカみたいな魔王に……私は、救われてるかもしれない」
その夜。リゼは初めて、自分から訓練をやめて食卓に座った。
「……あたたかいスープ、悪くない」
「よかった……味、合いました?」
「……泣きそうな味だった」
「えっ、それって美味しかった……?」
「黙って座ってろ。魔王」
彼女の手元にあった鎌は、その夜だけは、壁に立てかけられていた。