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うめぼっち

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#溺愛
うめぼっち

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うめぼっち

609
#ざまぁ
うめぼっち

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窓辺に設けられた下級娼婦の待機場所は、ホールの客から見えないよう、仕切り板で区切られている。ホールから来たイレーヌには、カウチソファに座る者の姿は見えなかったのだろう。リアーヌの顔を目にしたイレーヌは、蛙のような声を「げっ」と上げ、露骨に嫌そうな顔をした。そして吐き捨てる。
「……何、その売女丸出しの髪型は」
リアーヌは本を閉じ、鼻で笑った。
「あら。ずいぶんと上品な言葉を使うのね。さすがは誇り高いお貴族様」
「なっ……! 下品なあなたに相応しい言葉を選んだだけよ」
「そう。そんな私があなたと似たような髪型をしていては、あなただって迷惑でしょう? だからお客様に好まれるような髪型に変えたのよ」
リアーヌは優雅にせせら笑う。もちろんそんな話は嘘だ。イレーヌに対する嫌味にすぎない。確かに昨日までのリアーヌは、イレーヌと同様に、癖のあるロングヘアを編み込んでハーフアップにまとめていたが、二人の前髪はまったく違っていた。イレーヌは額を出し、左右に分けた長い前髪でいびつな頬のラインを隠している。しかしリアーヌの前髪は目にかからない程度の長さで切られており、整った顔の輪郭を隠していなかった。
イレーヌは、怒りに震える声で言った。
「……裏切り者」
予想外の言葉だった。
リアーヌはイレーヌを見上げ、真顔で尋ねた。
「……私に言っているの?」
「他に誰がいるのよ。仲間だと思っていたのに、昇格の噂が出るほど客を取っているなんて」
「あなたが私に仲間として接してくれたことがあったかしら」
「それはあなたが無神経だからよ。私の名前を間違えて、私を嫌な気分にさせて……。私、知っているのよ。あなたが誰かを待っていたこと。いつもここで外を見ながら、自分からは客を取ろうとせずに……誰かを待っていたことを!」
リアーヌはイレーヌを見上げたまま、ゆっくりと息を吐いた。
そしてしばらく間を置いてから、正直に答えた。
「……最初は確かにそうだった。でも、今は違う」
「どうしてその人を待とうとしないの。どうしてこんな場所に染まって、平然としていられるの。あなたには貴族令嬢としての誇りはないの?」
「ないわ」
自分でも驚くほど、あっさりと言葉が出た。
イレーヌの眉が動く。しかし彼女は何も言わない。
リアーヌは言葉を続ける。
「父が処刑されたときに、一緒に死んだわ」
「……安い誇りね」
イレーヌはリアーヌから目をそらしながら言った。
リアーヌは、鼻で笑った。
「あなたは、まだ貴族のつもりでいるの?」
「失礼ね。私は、自分が何者だったのかを忘れてはいないわ」
「人を見下さなければ守れないような誇りになんの価値があるの」
「黙りなさい!」
イレーヌは今にもリアーヌに掴みかからんばかりの勢いで叫ぶ。
「順序が逆よ! 私は娼婦に成り下がることを拒んでいるの。客に媚びて、自分の価値を下げるような真似はしない。そんなことをしてまで生き延びたいとは思わない。そういう生き方をする女を軽蔑しているだけよ」
「……で。あなたの誇りは、何をしてくれたの?」
リアーヌの静かな問いに、イレーヌが息を呑んだ。
その音が、待機スペースに小さく落ちる。
リアーヌはイレーヌに言う。
「私だって、自分が何者だったのかを忘れたわけではないわ。でも、過去の身分だけを抱えていても、前には進めない。それに──私は誰かの妻になるために育てられた。幼い頃からずっと……男を立て、男を支え、男にとって価値のある女になるための教育を受けてきた。家のために。貴族の娘として」
それが、ヴェルムート王国の貴族の家の『常識』だった。貴族の娘の結婚は、家と家とのより良い結びつきのために行われる。結婚相手は親が決め、自由な恋愛は許されない。恋愛を描いた物語を、家庭教師は令嬢に「一時の感情に流された愚かな女の話」として反面教師にするよう教える。リアーヌ一人だけがそのように育てられたわけではない。ヴェルムート王国の貴族の家の娘の教育方針は、それが『当たり前』だった。
リアーヌは冷たく笑う。
「気づいたのよ。私は子供の頃からずっと、娼婦としての教育を受けてきた。だから自分の学んだことを、ここで役立てることにしたの。貴族としての誇りは死んでも、貴族の娘として受けた教育の成果は消えない。娼婦として生きることが、貴族令嬢として生まれ育った私の選択よ」
「結婚と売春を一緒にしないで!」
「いいえ。結婚も売春も似たようなものよ。一生をかけて一人に仕えるか、短い時間で相手を変えながら大勢に仕えるかの違いでしかないわ」
リアーヌの言葉に、イレーヌは絶句した。
しばらくしてから心底忌々しそうに吐き捨てる。
「……汚らわしい。あなたは貴族の誇りをどこまで冒涜すれば気が済むの」
リアーヌは何も言わなかった。イレーヌの言葉に一片の真実があるように思ったからだった。貴族の誇りを冒涜したい、という本心が自分の中にまったく存在しないとは言い切れない。少なくとも今の自分は、貴族社会を憎んでいる。壊したいほどに。それは事実だ。
そのとき、仕切りの向こうから、誰かの足音が近づいてきた。
リアーヌが視線を転じると、仕切りの向こうから、見慣れた姿が現れた。マデロンだった。マデロンは二人のいる待機スペースへ歩いてくると、イレーヌを見て、口元をゆっくりと歪めた。
「イレーヌ。ここにいたのかい」
「……支配人?」
マデロンは、楽しそうに笑った。
その笑みを見た瞬間、リアーヌの胸の奥に、かすかな違和感が生まれた。
「お前に、いい話がある。お前の身請けが決まったよ」
「……え?」
イレーヌが目を見開いた。
リアーヌも、思わずマデロンを見た。
身請け。それはイレーヌを手に入れるために莫大な恩寵金を支払う者が現れたことを意味している。しかし、リアーヌが館に来てからイレーヌは一人も客を取っていない。それは食堂に貼り出された表を見れば明白だった。
マデロンの笑みが深くなる。
「詳しい話は、向こうでしよう」
「はい!」
イレーヌの声が弾む。彼女は立ち去ろうとしてから、足を止めてリアーヌを振り返った。その顔には、勝ち誇った笑みが浮かんでいる。
イレーヌはわざとらしい声で、ゆっくりと言った。
「良かったわ。貴族の誇りを捨てたりしなくて。こんな場所に染まらなくて、本当に良かった」
イレーヌはそれだけ言うと、マデロンの後を追っていった。二人の姿が、仕切りの向こうへと消えていく。足音が遠ざかり、やがてホールの物音に紛れた。
リアーヌは、椅子に座ったまま動かなかった。胸の奥に、違和感がある。
──何かがおかしい。
──マデロンは、嘘をついている。
そんな直感が脳裏をかすめる。何故そんなふうに思ったのかは、リアーヌ自身にも分からない。あるいは、そうであってほしいと望んでいるだけなのかもしれない。それでも、胸の奥に浮かんだ違和感は消えなかった。
コメント
1件
おお、第21話めっちゃ重かった……。イレーヌとリアーヌの対比が痛すぎるわ。「結婚も売春も似たようなもの」って台詞、リアーヌの覚悟と冷めた諦念が滲んでてグサッときた。イレーヌが誇りを守った結果「身請け」される展開も皮肉よな。でもマデロンの嘘を見抜くリアーヌの直感、ここからどう転ぶんだろう。次が気になりすぎる🔥