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うめぼっち

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#溺愛
うめぼっち

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うめぼっち

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#ざまぁ
うめぼっち

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マデロンとイレーヌの姿が、廊下の奥へと消えていった。リアーヌの膝の上には、先ほどまで読んでいた本がある。けれど、ページを開く気にはなれなかった。イレーヌの勝ち誇った顔が、頭から離れない。そして、それ以上にマデロンの言葉が引っかかっていた。
チェンジリング・エルフには、《真視の瞳》という異能力がある。他人の嘘を見抜くというもので、その力は異端審問官の特権である『真実を見抜く力』を奪うものとして、教会に危険視されている。
もし、あの直感が《真視の瞳》によるものなら──
けれど、リアーヌは確信を持てずにいた。イレーヌが身請けされるなど、嘘であってほしい。そんな自分の願いが、疑念を生み出しているだけなのかもしれない。そのような迷いを抱く程度には、リアーヌはイレーヌに対して嫌悪感を抱いていた。
窓から差し込む光が、少しずつ床を移動していく。時間だけが、静かに過ぎていく。リアーヌは本を開くことができないまま、西日の生み出す影をぼんやりと眺めていた。
窓から差し込む光は、いつの間にか低くなっている。待機スペースの空気も、昼間とは少し違っていた。開店の時間が近づいている。そんな気配が、館のあちこちから伝わってくる。
そのとき、人の気配がした。リアーヌは顔を上げた。廊下の向こうから、一人の娼婦が歩いてくる。両手には紙の束を抱えていた。見覚えのない女だった。しかし華のある女でもあった。女は窓辺で足を止め、紙の束を一枚、抜き取る。そしてリアーヌに見せるように掲げた。
「『燭影』の最新号が手に入ったわ」
「燭影……?」
聞き慣れない名前だった。
リアーヌが怪訝そうに見上げると、女は少しだけ目を細めた。
「あら、初めて見る顔ね。新人かしら」
「はい。私はリアーヌ……《灰の奉仕者》です。ここでの名前はリュネットといいます」
「リアーヌ……?」
女は何かに気付いた様子で、手にした新聞に視線を落とした。
「では……ここに書かれているのは、貴方のお父様のことかしら……」
「え……?」
リアーヌの心臓が跳ねた。
女は、そこでようやく自分が相手の質問に答えていなかったことに気づいたようだった。
「あぁ、質問に答えてなかったわね。『燭影』というのは、地下新聞の名前よ」
「地下新聞……」
「お客さんが持ってくるから、皆に配っているの。私はマノン……《薔薇の乙女》よ」
女はそう言って、新聞をリアーヌへ差し出した。
リアーヌは、差し出された新聞を受け取った。紙は薄く、少しざらついており、王侯貴族を思わせる人物を風刺した絵が描かれている。玉座に座る、太った豚。その傍らには、宝石を抱きしめながら炎を吐く白狐。炎の向こうでは、人々が焼かれている。リアーヌは息を呑んだ。名前など書かれていなくても分かる。これはソル=アンリとファティマを風刺した絵だ。
新聞の見出しには、大きな文字でこう記されていた。
『王太子は“正義の敵”か──処刑された忠臣の名誉を問う』
その下に本文が続く。
「ジェラール・ド・ヴィエル元公爵が斬首されたその朝、王都には『異端を匿った罪』という教会の通達が貼り出された。だが、告発に用いられた証書は、王太子ソル=アンリの側近によって作成された写しであり、真証文の原本は未提出のまま、火にくべられたとされている。
処刑当日、ジェラールは刑場で叫んだ──『我が娘リアーヌは人に仇なす異端にあらず! この国を蝕むは、王の名を語る暴君なり!』
……その叫びは、民に届いたのか。教会の鐘は、何を祝福したのか。王政の名を借りた個人的な粛清は、正義を模した仮面を被る。だが、仮面の下の醜さは、燭火の中では隠せない」
リアーヌは紙面から目を離すことができなかった。
そこに書かれているのは、父の名誉を問う記事だった。
リアーヌの胸の奥で、何かが大きく揺れた。
父の無実を証明する方法はないと思っていた。父のことを知っていたはずの人間は皆、口を閉ざした。何が真実で、何が嘘だったのか、確かめる術などもはや存在しないと思っていた。なのにここに、父の名誉を問いただす者がいる。父の無実を信じる者が、危険をかえりみずに声を上げている──
リアーヌは、紙面を凝視した。目頭が熱い。手が震えそうになる。何かを思うよりも先に、涙が溢れ出した。この館に来てから初めて流れた涙だった。
マノンは黙ってリアーヌの様子を見ていた。
その表情には、先ほどまでの軽やかさはなかった。
しばらくの間、リアーヌを気遣うように見つめていたが、やがて穏やかな作り笑いを浮かべ、マノンは紙の束を抱え直した。
「折角だけど、もう行くわ。他の子たちにも配らなければいけないから……」
「あ……」
リアーヌが顔を上げたときには、マノンは彼女に背を向けたあとだった。
待機スペースを出て、廊下の向こうへ歩いていく。
リアーヌの手元には、地下新聞が一枚、残った。紙面に躍る父の名前。それだけで、胸の奥が苦しくなる。リアーヌは新聞を抱きしめ、声を殺して泣いた。
どれほどの時間が経っただろう。窓の外から、不穏な気配がした。リアーヌは顔を上げる。窓の向こうの路地側に、何人もの人影が見える。恩寵の館の警備兵と誰かが話している。その背後には、大勢の騎士が控えている。リアーヌは目を細めた。客ではない。開店には、まだ少し早い。それに、あの制服は──教皇直属の騎士団のもの。
リアーヌの胸に、不吉な予感が走った。教会から派遣された一団は、警備兵の脇を通り、館の入り口に近づいてくる。リアーヌは窓から離れようとした。しかし、彼女が立ち上がる前に、ホールから女の声が聞こえてきた。
「ちょっと……あなたたち、何なの。教会の人が来るなんて聞いていないわ」
ホールスタッフの女は、戸惑っているようだった。
リアーヌの心臓が激しく脈打つ。
低くよく通る男の声がホールに響く。
「我々は聖環騎士団だ。教会法に基づき、宗教反逆の嫌疑を告知する。──全員、その場を動くな」
ホールの空気が、一瞬で変わった。
コメント
1件
第22話、読み終えました。地下新聞「燭影」の登場、本当に巧いですね。父上の名誉を問う記事が、これまで閉ざされていた物語の空気を一気に変えた。あの紙面を抱きしめて泣くリアーヌの姿に、胸が詰まりました。ラストの聖環騎士団の闖入で、また物語が動き出す予感——続きが気になって仕方ないです。白波さん、今回も素晴らしい構成でした。