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お互い食べ終わってからもなんとなくだらだらと話していたが、シュンが少し言いにくそうな顔をしてから


「あのさ……」


と話を切り出す。


「さっきの話。涼ちゃんがキーボードしんどくてやめたいんだったら、俺は止めないよ」


ぎくりとして身体の中心が冷える感覚が俺を支配する。


「涼ちゃんを苦しめたくないし、俺の我儘で追い詰めるわけにいかないと思ってる」


「……うん」


膝の上でぎゅっと、にぎりしめたこぶしを見つめながら、俺は自分がどうしたいんだろう、とぼんやり考えた。確かにいま、キーボードは楽しくない。つらい。でも、嫌いじゃない。


「でもさ、やめるかどうかを決める前にみてほしい、というか聴いてほしいものがあって」


これなんだけど、と何やら使い込まれた風のノートを1冊渡される。表紙を開くと、あちこちに修正のように上書きが繰り返されていてかなり見にくくなってはいるが


「楽譜……?」


彼は黙ってこくりと頷く。


「誰にも言ってなかったんだけど、俺さ昔から詩を書くのが趣味で、歌うのも好きだったからいつか自分で曲を作れたらなってずっと思ってたんだ。大学から軽音始めたのもそれが理由」


えっ、と俺は驚いて彼を見る。


「初めて聞いた……」


「人に言ったの涼ちゃんが初めてだもん」


「じゃ、じゃあ、これがその……?」


「うん、俺はこれを今のメンバーでやれたらなって。そう思って書いてる曲で、涼ちゃんのキーボードが欠かせないんだ」


俺は楽譜を目で追う。すごい、ちゃんとキーボードパートもあって……滑るように音符が身体に入り込んでくる。頭の中で音が作られていく。


「今はギターしかないし、作成も途中なんだけど、ちょっと聴いてみてほしい」


そう言って彼は壁に立てかけてあったアコギを手に取り、音を紡ぎ出す。


彼の低くて落ち着いているがよく伸びる声にぴったりなメロウな曲調。切ない愛のうただった。これは俺だ、と思った。彼を想う俺の気持ちにまったくぴったりで、感情が強く揺さぶられる。でもきっと誰しもがそう思うに違いない。きっと誰もが、こうやって切なく人を愛した記憶を持っている。いつの間にか頬を涙が伝っていた。弾き終えた彼がこちらを見てちょっと恥ずかしそうに、困ったように笑う。


「めちゃめちゃ泣くじゃん」


「だっ、だって〜……いい曲だったんだもの……」


「はは、ありがと。涼ちゃんにそういってもらえて嬉しい……なぁ、涼ちゃん」


——この曲を、来年の学祭ライブで俺とやってくれないかな。


真っ直ぐな瞳に射抜かれる。迷うまでもなく、俺の心は決まっていた。


「やる。やりたい。俺に弾かせて、この曲を」


俺も真っ直ぐに彼を見つめた。もう身体中に音が溢れている。すぐにでも鍵盤に指を載せてみたかった。彼は、安心したように相好を崩し、ありがとう!といって俺を抱きしめる。こんなに感情をあらわに嬉しそうな彼は初めて見た。急に抱き着かれて、俺は顔が赤くなってしまっていないか心配になった。シュンはよっぽど嬉しかったのか、ずっと抱き着いたままだ。


「涼ちゃん」


いつもより少し小さな声で彼が僕の名前を呼ぶ。


「どうしたんだよ~、ずっとひっついて」


ふふ、と笑って彼の背中をぽんぽんと叩く。


「だってさ、涼ちゃんがバンド抜けちゃうかもって思ったから。そしたらあの曲も意味をなさなくなる」


「あー……、キーボードパート?」


確かにあの曲は最初にソロもあるし、かなりキーボードが主力だ。しかしシュンはそれもあるけど、と言って俺の肩口で小さく首を振る。


「あの曲は涼ちゃんに向けて書いたんだ。どうしても涼ちゃんに演奏してほしかった」


ごめん、言うつもりなかったんだけど……。小さな声はいまにも消え入りそうで。少し震えていて。でも俺を抱きしめる腕は力強くて。俺は言葉の意味を理解するのにかなりの時間を要した。だってあれは、誰が聴いたって間違いなくラブソングだ。叶わない恋を、伝えたくても伝えられない想いを、もどかしさ、切なさ、苦しさを。彼の群を抜いた語彙力と表現力で描きあげている。それを、俺に向けて?

黙り込んでしまった俺に、彼はぱっと身体を離す。


「ごめん。普通に気持ちわりぃよな。急に男にこんなこと言われたって。ごめん、本当に言うつもりなかったのに、なんか、あの曲やりたいって言ってくれた涼ちゃん見たらつい……本当にごめん、頼むから忘れて」


目も合わせず、口早にまくしたてる彼に「待って」と制する。


「違う、驚いただけで気持ち悪いなんて思ってない……だってあれ、ラブソング、だよね?そういう意味だと思ってもいいの……?」


彼は俯いたまま、確かに頷いた。


「ごめん。これが理由でバンド辞めるなんて言わないで……」


消え入りそうに震える声。


「言う訳ない!」


思わず俺は彼の手を取る。その指先は氷のように冷たく冷え切っていた。


「だって、だってずっと俺、クロのこと好きだったんだもん!離れるなんて言う訳ない!」


彼の目がこちらを捉えて、俺たちの視線が交わりあう。そして、どちらからともなく、唇を重ね合わせた。


※※※

先日フォロワー様400人&500人突破記念作品を公開させていただいたのですが、なんと先日600人に到達いたしまして……!めちゃくちゃ嬉しい、読んでくれる皆様に本当に感謝感謝です。

というわけで明日は600人突破の記念作品を更新しますので、こちらはお休みになります。

よろしくお願いします!

この作品はいかがでしたか?

1,729

コメント

9

ユーザー

涼ちゃんたちにこんな過去が、、、ここからどうなってくんだろう くだけると一人称が俺になる涼ちゃんかなり好きかもです!にやにやしちゃう(笑) (前のあとがきのやつですが、タメで絡んでもいいですか!?ちょっと恐れ多くてどぎまぎしちゃうんですが(笑))

ユーザー

うはぁ😭嬉しいような泣けるようななんかすごい感情できてる。うぉぉこれはすごく楽しみだ🫶🫶 600人記念も楽しみにしております!!😊😊

ユーザー

やっぱり2人は想いあっていたんですね🥹過去編がどう進むのか、楽しみ過ぎます✨ そして、600人おめでとうございます🎉

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