「案外あっちは早く終わったな。俺様も落ち着くの待ってる場合じゃねぇな」
ケインは家の屋根に立ち、パフィ達の様子を把握していた。アリエッタが疲れ切るか、なんとなく気持ちが落ち着くまで待っているつもりだったのだが、先にヴェリーエッターの方が片付いたのだった。
無駄に町まで破壊したのを確認し、視線を空中に浮かぶ雲へと向けた。
シャービットから離れていた『雲塊』は、アリエッタの安全のためにその高度を下げ、屋根より少し高い位置にいた。
「ムチャクチャだな、アイツも……」
拳で降り注ぐ霰を弾き続けるという、その人とは思えない動きに、ピアーニャも呆れ顔。
(コイツもな)
チラリと横を後ろを見ると、アリエッタが天気記号を発動しながら焦っている。ずっと霰を撃っているが、これが魔法ならば、魔力と精神をすり減らして疲れ果てているところである。
実際、発動時に力は使っているが、色を変える能力を使って絵を描き続けているからか、能力の使用量が増加しており、さらに力の運用が最初の頃より上手くなっているのだ。今では1日に5枚程度の絵なら余裕で描くことが出来る。
撃ち続ける霰によってケインを近づけていないが、やはり拳で対応されている事に驚き焦っているようだ。
(何あの変態。格闘漫画の登場人物じゃないんだから、弾丸全部弾くなよおおお! 霰って結構痛いんだぞ!)
離れていても、自分の嫌がらせに対応され続けているのが見える。直撃を防ぎながらこちらを睨む女装筋肉男という存在は、相当プレッシャーを感じるようだ。
アリエッタはこの攻撃に自信を持っていたようだが、それにも理由がある。以前精神世界でこの霰を試してみたところ、アリエッタは何粒か当たった所で、体の方が我慢出来ずにちょっぴり泣いてしまっていたのだ。
(泣く程痛いのに、あの変態は平然と手で弾いてる。痛くないのかな? いや、よく考えたら、前に霰が降ってきた時とか、僕も結構平気だったような?)
思い出して不思議に思っているが、子供としての感覚と、女の子の肉体の柔らかさで、前世に比べて身体の頑丈さがほぼ皆無になっているだけである。加えて天性の泣き虫のせいで、色々な意味で我慢強さも無い。
母親のせいで発生した身体能力の差に違和感を感じ、なんとなく霰は効果が薄いと感じたアリエッタは少し考えを改めた。
「ん~」(あの人かなり頑丈そうだし、これくらいは必要かな?)
(まだナニかしようというのか? ダイジョウブなのか?)
ピアーニャが不安に駆られるが、何をする気なのか、何が出来るのかを知るのも、今は重要である。流石にミューゼの家を壊す事はしないだろうと信じて。
そしてアリエッタは霰を止めて、筆を動かした。
「お、止んだか。疲れたかは知らんが、変な抵抗される前に捕まえた方がいいよな」
ケインは再び高く跳躍した。海にも暴れる子供はいるので、それなりに小さな子の扱いには慣れている。多少強引でも、怪我をさせないよう気を付ければ、その場は大体なんとかなるものなのだ。その後は親の責任問題となるが。
気を使ったピアーニャが、自分達の前方に雲の足場を作った。そこへケインが綺麗に着地を決める。
「というわけで、いい加減捕まえるぜ、おふたりちゃん」
(いいからはやくしてくれっ、ここからカイホウされたいんだ)
「ふっ、この肉体美に掴まる事を幸せと思うがいい。ハッ」
ビリッ
(……カイホウされるのもイヤになってきた。もうイヤだ)
空中でポーズをとって服をちょっと裂いてしまった変態を見て、ピアーニャの心があっさり折れたようだ。
しかし、その様子を察したアリエッタが、その瞳に涙と怒りを滲ませ、ケインを睨みつけた。
(ピアーニャにそんなもの見せるから、怖がってるじゃないか! 許さない!)
当然のように気持ちの方は察していなかったりするせいで、自分に都合の良い解釈をしている。そして、霰の天気記号に滑らせていた筆を止め、すぐさま手をかざして発動した。
「ふっ。なかなかやるようだが、そんなものは効かぬ効がほぅっ!?」
「へ?」
天気記号から発射された1粒の氷の塊が、ポーズを決めていたケインの脇腹を直撃した。その塊はなんと大人の拳サイズである。
発動した天気記号の三角は、黒く塗りつぶされていた。
「おっづううぅぅぅぅ……」
「え、なに? ヒョウ…か?」
雲のリージョンの生まれであるピアーニャは、すぐにその正体に気付いていた。
「んっ!」(よし効いてる! でも危ないな)
相手が頑丈なので遠慮なく発射したが、流石に当たれば危ない雹を沢山当てる気にはなれず、1発発射するだけで止めるアリエッタ。しかし、念のためいつでも発射出来るように身構えている。
「……やさしいコなんだがなぁ」
ちゃんと教育すれば、きっと美しさと優しさを兼ね備えた素晴らしい女性に成長するだろうと、ピアーニャが確信できるその行動。妹扱いも、その対象が自分じゃなければ、ただただ感心するだけなのだが。
脇腹をやられ、悶絶していたケインがなんとか立ち直り、空中に描かれた雹の天気記号に注意しつつ、アリエッタ達を見た。出来るだけ優しい目で。
「お、お嬢ちゃん達。大人しくしてくれねぇかな? ヨークスフィルンで世話んなったお礼もしたいんだ。下のねーちゃん達にもな。なぁいいだろぉ?」
(笑顔こわっ。やっぱりピアーニャに近づけちゃダメだ)
ケインはアリエッタの事を覚えていた。まぁ自分の股間を殴って握って引っ張り、スラッタル騒動の割と中心にいた挙句、事態を収めた人々を労って、天使と呼ばれた美少女を忘れるのは難しいだろう。
ちなみに、アリエッタの印象が強すぎて、ピアーニャがリージョンシーカーの総長である事は気づいていない。
せっかく近づいたという事で、説得を試みる事にした。
「ほらほらお嬢ちゃん。一度話さねぇか? うまいお菓子もいっぱい買ってやるからよ。ほら良い子だから、な?」
(ユーカイのテグチかっ)
なんだか危険な感じがする説得に、アリエッタの答えは……
(何か言ってるけど……分からないからえいっ!)
ポンッ
「うおぉっ!?」
言ってる意味が分からないので、とりあえず雹を1発撃ってみたようだ。それを何とか避けるケイン。
「なにしやが…るんだい? おぢさん怖かったよ?」
ヒクヒクと笑顔を引きつらせ、それでもなんとか穏便に説得しようとする警備隊長の鑑。
そこへピアーニャから悲しいお知らせが。
「すまんな。このコはまだコトバをあまりしらないのだ。ちからづくでホカクしてくれんか?」
「は? ぶふっ」
悲しい事実を説明され、唖然としてしまった。その隙をついて、雹が一発腹にめり込んだ。
「ヨウシャないな、アリエッタ……」
「容赦ないわね、アリエッタちゃん」
「まぁ何言ってるか分からないから、隙があったらぶち込むしかないのよ」
下から様子を見ているパフィ達は、一撃を食らって突き出された変態のパンチラを眺……すぐに目をそらした。そして近くにいるネフテリアを見下ろし──
「で、こっちのゴミ王女とバカ妹はどうしてくれるのよ」
もとい、見下した。町をかなり破壊したネフテリアとシャービットが、並んで正座している。
「丸焼きなの?」
「いぶしますか?」
「ちょっ、シスまで何ノッてるの!?」
「助けてなんゴメンなん! 太ってないのに食べられるのはイヤなーん!」
ラスィーテ人にとって、太っていない状態で食べられてしまうのは不条理である。怖くなったシャービットが泣き叫んでいる。しかし、パフィの餅に縛られいて動けない。
その横で、なんとかオスルェンシスの束縛から逃れようと、ネフテリアがモゾモゾしている。しかしそれを放置する程、王女の護衛は甘くない。
「パルミラ、お願いします」
「はいっ」
オスルェンシスに起こされていたパルミラが、大きな鎧型の拘束具のような物に変形し、ネフテリアに被さった。
「おも゛っいだっ!? ちょっとまってなんか痛いいだだだだだだだ! ぱるみらああああ!?」
「痛いのよ?」
「ええ、マッサージにいいやつです」
パルミラは内部に小石のような小さな突起をいくつか生やしていた。しかも時々体を揺らしている。
ちょっとでも動けば突起が体に食い込んで、悲鳴が上げる。日頃の行いによるうっぷんもあるのか、結構楽しそうだ。
見かねたパフィが前に出た。
「ちょっとうるさいのよテリア」
コンコン
「ひぎゃああああ! ぱっふぃいいいい!?」
ゆっさゆっさ
「おおうっおおおうっっ」
ガンッ
「いたっ」
「っ!? っを゛を゛を゛ぉぉぉぉ……」
なんとなくやってみたかったようだ。その人、王女ですよ? パルミラを殴ったので、そちらもちょっと痛がっているが。
その時、けたたましい絶叫に反応したのか、ネフテリアの服の中から小動物2匹が飛び出した。
『キュ?』
「ん? なんでトトネマがいるのよ?」
「あ、本当ですね」
地下水路に突入した時に、うっかり連れてきてしまったのである。
トトネマ達は、目の前の壁から声が聞こえた事に驚き、再び服の中に引っ込んでしまう。
「……まぁいいのよ。テリアはこのままにして、先にアリエッタをなんとかしないと」
上空では、引き続きアリエッタが雹を撃ち、ケインが弾いている。近づこうにも、本当に強引に捕まえていいのか迷っている様子である。
弾かれた雹は、容赦なく着地地点にある家にめり込んでいる。被害がさらに広がっていく。
と、そこへ……
「おじゃましまーす。えーっと、これはどういう状況でしょうか?」
「ん?」
「あれ?」
1人の人物が何気なくやってきた。その人物とは、
「アデル、何故ここに?」
「アデルさん?」
ディランの側仕えであるアデルだった。
「アデルっ、たすけてっ……」
助けを求められたアデルは、ネフテリアとパルミラをチラリと見て……目をそらした。
「ちょっと待てこるぁああああああ!! ぃぃいたいいたいいたいやめてゆらさないでパルミラあああああ!!」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!