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眠狂四郎
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上野文
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こはる
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第278話 閉じた転送層
【異世界・王国警備局/臨時分析室・翌朝】
不明層の反応は、一晩経っても消えていなかった。
ノノの前に浮かぶ水晶板には、昨日と同じ位置で小さな波形が明滅している。
《第三保留層・仮称》
《内部反応・継続》
《人型反応・一》
《本人情報・未確認》
ハレルは表示を見つめた。
「昨日より弱くなってない?」
「少しだけ」
ノノが答える。
「でも、消えかけてるって感じではないよ。
ずっと同じ場所に閉じ込められてるせいで、外への反応が出しにくいのかもしれない」
アデルが腕を組む。
「今日は接続するのか」
「うん。ただし、人が通れる大きさにはしない」
ノノは新しい図を開いた。
現実側。
312号室。
異世界側。
旧実験区画。
その中間。
第三保留層。
三つの位置が三角形のように表示される。
「昨日は両側から場所を確認しただけ。今日はここに細い観測路を一本だけ通す」
リオが聞く。
「声は届く?」
「うまくいけば」
「向こうから来ることは?」
「人間は通れない」
ノノははっきり答えた。
「だから最初はそれで本人確認をする」
ハレルが第三保留層の表示を見る。
「もしリーネさんだったら?」
「それでもすぐ出さない」
アデルが答えた。
「身体の状態、意識の状態、こちらへ移した時に崩れないか。それを先に見る」
「はい」
急がない。
それは高瀬の時から何度も繰り返してきたことだった。
見つけた。
だから引っ張り出す。
そういうやり方はしない。
ノノが別の通信を開く。
『日下部さん、そっちは?』
現実側から返事。
『312号室、準備できています。城ヶ峰さん、木崎さんもいます』
「病室に仕込まれてた線は?」
『床下に残したままです。周囲の電源系統は切り離しました』
「了解」
もう一つ。
ノノが王都医療棟へ接続する。
『イデール、聞こえる?』
『聞こえてるよ~』
明るい声が返ってきた。
イデールには、別室で待機してもらっている。
リーネ・アスト本人だった場合。
名前だけでなく。
本人しか知らない王都での記憶も確認するためだ。
◆ ◆ ◆
サキのスマートフォンでは、reが静かに光っていた。
旧実験区画では進路を示さなかった。
だが今は
第三保留層の表示へ向かって、ごく細い白線を一本伸ばしている。
ノノがそれを見る。
「昨日とは違う」
サキが尋ねる。
「今ならいいってこと?」
「そこまでは分からない」
ノノはすぐに否定した。
「でも少なくとも、完全に避けようとはしてない」
セラも画面を見ている。
「閉じた場所の中にいる人が、こちらを知ったからかもしれません」
ハレルが聞く。
「昨日、呼びかけたから?」
「可能性はあります」
セラは断定しない。
「案内する側だけでなく、案内される側にも意思がありますから」
アデルがノノを見る。
「始めろ」
「うん」
◆ ◆ ◆
ノノが出力を上げる。
ほんのわずか。
現実側312号室の測定線。
異世界側旧実験区画の残留線。
その二つを直接繋ぐのではない。
両方から第三保留層の表面へ触れる。
透明な水面へ。
左右から一本ずつ針を近づけるように。
水晶板の中央。
黒かった部分に白い点が浮かぶ。
「固定」
ノノが小さく言う。
ダミエが隣の結界台へ手を置いた。
「外周、閉じる」
薄い膜が表示を包む。
第三保留層から別の場所へ接続が漏れないようにするためだ。
現実側では日下部が312号室の波形を確認している。
『こちらも変化あり』
「数値送って」
『送ります』
ノノが受け取る。
一致。
観測路が開いた。
細い。
人は通れない。
声と反応だけが届く道。
ノノが呼びかける。
『聞こえますか』
反応。
昨日より早い。
波形が一度上がった。
『あなたを助けたいと思っています』
もう一度。
強くなる。
サキが画面へ近づく。
「聞こえてる」
ハレルも頷く。
ノノが続けた。
『名前を無理に聞くつもりはありません』
その瞬間。
人型の輪郭が、昨日よりはっきり浮かんだ。
女性。
膝を抱えるように座っている。
だがまだ顔は見えない。
映像というより。
意識の位置を人型として表示しているだけだった。
ノノが尋ねる。
『話せますか』
波形。
一度。
音が混じった。
雑音。
途切れる。
その奥かすかな声。
『……だれ……』
サキが息を呑む。
昨日は波形だけだった。
今日は声になった。
◆ ◆ ◆
ノノはすぐ質問を重ねなかった。
『私はノノです』
少し間を置く。
『王都イルダにいます』
反応が急激に上がった。
人型の輪郭が震える。
『……イル……ダ……』
ハレルたちが顔を見合わせる。
イデールが別室から息を呑む音も聞こえた。
ノノは慎重に続ける。
『王都を知っていますか』
『……知って……』
そこで途切れる。
呼吸のような雑音。
ノノは出力を下げる。
「負担が上がってる」
アデルが言う。
「止めるか?」
「もう少しだけ」
ノノは本人の反応を確認する。
拒絶ではない。
むしろこちらへ届こうとしている。
『王都治療班を知っていますか』
人型が動いた。
『……治療……班……』
今度はさっきより明確だった。
別室のイデールが、堪えきれず声を出す。
『リーネ?』
ノノが振り向く。
「イデール、まだ名前は――」
その前に、
第三保留層の女性が大きく反応した。
『……イ……デ……』
輪郭が崩れかける。
ノノが慌てて出力を下げた。
「ゆっくり!」
イデールもすぐ声を柔らかくする。
『大丈夫だよ~。急がなくていいからね』
女性の反応が少し落ち着く。
『……イデール……』
今度ははっきり聞こえた。
イデールが黙った。
数秒。
それからいつもの柔らかな声で言う。
『うん。私だよ~』
第三保留層の波形が静かに上がった。
◆ ◆ ◆
本人確認を続ける。
ただし、ノノは名前を直接尋ねなかった。
代わりにイデールが話す。
『第二派遣隊、覚えてる?』
『……第二……』
『北門を出る時、いつも荷物多すぎるって怒られてたよね~』
わずかな反応。
『……薬……必要……』
イデールが小さく笑う。
『そうそう。リーネはいつも全部持っていこうとするから』
女性の輪郭が少しだけ頭を上げた。
『……負傷者……いる……から……』
イデールの表情から笑みが消える。
それは王都側の記録とも一致していた。
リーネ・アスト。
治療班・第二派遣隊。
戦地から戻る途中で行方不明。
ノノがさらに一つだけ確認する。
『あなたの名前を、こちらから言ってもいいですか』
しばらく反応なし。
ノノは待った。
やがて、弱い波形が一度上がる。
肯定。
ノノは言った。
『リーネ・アスト』
人型の輪郭が大きく震えた。
だが今度は崩れない。
『……リーネ……』
女性自身が繰り返す。
『……私……』
そしてゆっくり。
『リーネ……アスト……』
ノノの前に表示。
《本人申告》
《リーネ・アスト》
《王都側記録一致》
《イデール・本人記憶一致》
《本人同一性・高》
サキが小さく笑った。
「見つけた」
ハレルも息を吐いた。
だが。
その瞬間だった。
◆ ◆ ◆
水晶板の端。
黒い点一つ。
ノノの顔色が変わる。
「待って」
アデルがすぐ反応する。
「何だ」
「別の線が入った」
第三保留層の外側。
今まで何もなかった場所から黒い線が一本。
こちらの観測路へ近づいている。
ダミエが結界台を見る。
「外から押してる」
リオが立ち上がる。
「カシウス側?」
「たぶん」
ノノは即座に出力を下げる。
だが黒い線は止まらない。
現実側の日下部からも声。
『312号室の床下線、反応上昇!』
木崎の声が重なる。
『切るか?』
「まだ切らないで!」
ノノが答える。
『今切ったらリーネさん側も閉じる!』
ハレルが表示を見る。
第三保留層の女性。
リーネの輪郭が震えている。
『……くる……』
全員が止まった。
『……また……くる……』
二日目の看護記録。
《クル》
《コナイデ》
あれはやはり
この反応を恐れていた。
「誰が来るんですか!」
ハレルが思わず呼びかける。
リーネの声
『黒い……』
そこで黒い線が観測路へ接触した。
表示全体が激しく揺れた。
◆ ◆ ◆
【どこでもない層/深層】
Cの表示。
『外部観測路・確立』
『第三保留層・対象識別』
『リーネ・アスト』
ジャバが笑う。
「見つけたな」
カシウスは無言。
『回収路接続』
Cが告げる。
黒い線が伸びる。
白峰が画面を見る。
「彼女を戻すのですか」
「回収する」
カシウスが答える。
「まだ使える」
白峰の目が細くなる。
「七年前に失敗した対象を?」
「失敗とは限らない」
カシウスは第三保留層を見る。
「保留できた。それだけでも結果だ」
ヴァルドが回収路の揺れを見る。
「押しすぎるな」
カシウスが視線だけを向ける。
「崩れるか」
「層じゃない」
ヴァルドは短く答えた。
「中の意識だ」
ジャバが言う。
「なら先に引いた方の勝ちだろ」
カシウスは止めなかった。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/臨時分析室】
「引っ張られてる!」
ノノが叫ぶ。
リーネの輪郭が
黒い線の方向へ少しずつ動いている。
アデルが左手首の副鍵へ触れた。
「こちらから固定する」
「待って!」
ノノが止める。
「強く固定するとリーネさん本人に負荷がかかる!」
「ではどうする」
「道だけ守る!」
ダミエが結界台へ両手を置く。
「外周、替える」
黒い回収線とこちらの観測路。
その間へ白い膜を一枚挟む。
黒い線が膜を押す。
ダミエの腕が震える。
「強い」
リオが前へ出る。
「俺にできることは?」
ノノは一瞬、右手首の副鍵を見る。
もちろん実物は見えない。
数値だけだ。
「副鍵は使わないで」
「分かった」
「通常魔術でダミエの結界だけ支えて」
リオが頷く。
〈固定・第二級〉
結界の端へ魔力を流す。
壊れた副鍵の経路には触れない。
アデルは左手首の副鍵を最低出力で開く。
主鍵。
ハレルの胸元。
副鍵。
アデル。
二つの反応が観測路の両端を支える。
ハレルが聞く。
「俺の主鍵も?」
ノノが答える。
「出力しないで。今はそこにあるだけでいい」
主鍵は存在そのものが座標になる。
ハレルは触れるだけにした。
その時、
サキのスマートフォン。
reが激しく光った。
白い線が二本に分かれる。
一つ。
こちらの観測路。
もう一つ。
その少し横。
細い空白。
ノノが目を見開く。
「別の道?」
セラも反応する。
エリウスの案内層。
表示。
《危険》
黒い線。
そしてreが示した細い空白へ。
《通過可能》
ノノが理解する。
「引っ張り合わなくていい」
アデルが見る。
「何?」
「今の道を守る必要ない!」
ノノが急いで経路を切り替える。
「黒い線に掴まれてるなら、別の出口を作る!」
ダミエが白膜の角度を変える。
「面、替える」
アデルの副鍵の出力先も。
少し横へずらす。
現実側。
312号室。
日下部たちにも指示。
「床下線を切って!」
『今?』
「今!」
木崎の声。
『やるぞ!』
次の瞬間。
現実側の古い黒線が切断される。
同時に、
カシウス側の回収線が大きく揺れた。
第三保留層に一瞬だけ
空白ができる。
reの白い線がそこを指した。
◆ ◆ ◆
「リーネさん!」
ハレルが呼びかける。
人型の輪郭が震えている。
「こっちです!」
だが、ハレルはそこで言い直す。
「違う」
アデルが見る。
ハレルはリーネへ向かって言った。
「こっちへ来たいなら!」
「この線を選んでください!」
ノノも、
セラも、
誰も、
リーネを引っ張らない。
白い線。
黒い線。
二つ。
リーネの輪郭が止まる。
黒い方。
七年前。
病室へ迎えに来た線。
自分を閉じた場所へ連れてきた線。
そして、白い方。
今。
自分を探しに来た者たちが作った細い出口。
リーネの声。
『……私……』
弱い。
『……出たい……』
白い線が強くなる。
『ここから……』
輪郭が一歩。
動いた。
『出たい……!』
ノノが叫ぶ。
「本人選択確認!」
アデル。
「開ける!」
ダミエ。
「出口、固定」
現実側。
日下部。
『受け入れ座標固定!』
城ヶ峰。
『来い!』
細い観測路がほんの数秒だけ。
人一人を通せる大きさまで広がった。
第三保留層から
白い光が抜ける。
黒い回収線が追う。
だが、
ダミエの結界が遮る。
アデルの副鍵が支える。
エリウスの案内層が。
《安全》
と表示。
そして。
光が現実世界側へ落ちた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・都内総合病院/旧病棟312号室】
空だった病室に突然
人影が現れた。
床へ崩れる。
「来た!」
木崎が駆け寄ろうとする。
「待ってください!」
日下部が止める。
まず転移反応が消えるまで触れない。
数秒。
白い光が収まる。
女性。
病院へ収容されていた当時と、ほとんど同じ姿。
ただ顔はひどく青ざめ。
長い間眠っていたように身体が弱っている。
城ヶ峰が膝をつく。
「聞こえるか」
女性の目が。
ゆっくり開いた。
見慣れない天井。
白い壁。
そして、記憶にある。
312号室。
女性の唇が動く。
「……ここ……」
日本語ではない。
だが王都側へ音声が送られる。
イデールが聞いた。
『リーネ』
女性の目が動く。
通信機器。
その向こうから。
イデールの声。
『大丈夫だよ~』
『もう、あそこじゃないよ』
リーネの目から。
涙が一筋だけ流れた。
「……イデール……」
城ヶ峰が日下部を見る。
日下部は頷く。
生命反応。
弱い。
だが安定。
意識もある。
リーネ・アスト。
七年前に病室から消えた女性が
同じ病室へ
戻ってきた。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/臨時分析室】
観測路を閉じる。
黒い回収線も同時に消えた。
ノノはしばらく画面から目を離さなかった。
《第三保留層》
《内部反応・消失》
《対象・移動完了》
《リーネ・アスト》
《現実側生命反応・確認》
サキが椅子へ座り込む。
「よかった……」
リオも息を吐く。
ハレルは胸元の主鍵から手を離した。
アデルが言う。
「まだ終わっていない」
「はい」
リーネは見つかった。
閉じられた場所から救い出せた。
だが、まだ聞いていない。
これからどこへ行きたいのか。
現実に残るのか。
王都へ戻るのか。
その答えを今決める必要はない。
まず休ませる。
身体を確認する。
記憶を確かめる。
そして本人が答えられる時を待つ。
ノノが新しい記録を作る。
《リーネ・アスト》
《本人確認・高》
《第三保留層より救出》
《身体・現実側》
《意識・安定化待ち》
最後の項目。
《帰還先》
ノノは入力欄を空白のまま残した。
誰も、そこへ答えを書こうとはしなかった。
コメント
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ゆめかだよ〜🌸 第278話読み終えたよ!! リーネさん、やっと見つかったね…😭✨ 本人が「出たい」って選んだシーンでもう胸がいっぱいになったよ…! みんなで無理に引っ張らず、本人の意思を待ったのがすごく温かかった。 でも最後の「帰還先」が空白のままなのが気になる〜! 続きが待ちきれないよ🥺 橘さん、今回も最高だったよ!!