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第279話 集められた者たち
【異世界・王都イルダ/王国警備局・南棟/帰還保護区画・午前】
南棟の廊下に、人の気配が増えていた。
もともとは負傷兵の一時収容に使われていた場所だが、今は部屋ごとに新しい札が掛けられている。
《治療室》
《安静区画》
《本人確認室》
《観測遮断室》
そして最も奥。
《帰還準備室》
ただしまだ誰も、そこには入っていない。
ハレルは廊下を歩きながら、一つずつ部屋を見ていった。
最初の部屋。
王都地下で見つかった女性。
左足の腫れはかなり引いていた。
今も名前は思い出せていないが、イデールの治療班と普通に会話できるところまで落ち着いている。
次の部屋。
佐野悠真。
深灰の森で長い間一人で暮らしていた少年。
入浴と治療を終え、髪も少し整えられていた。
まだ兵士が近くにいると身体を硬くするが、少なくとも逃げようとはしなくなっている。
さらに奥。
三浦啓介。
数字だけを頼りに、自分の名前と現実世界の生活を取り戻した男。
そして。
身体を持たない候補D。
銀の輪と保護結界ごと、専用の観測室へ移されている。
ハレルは廊下の中央で立ち止まった。
「こうして見ると……本当にいたんだな」
隣を歩くサキが頷く。
「うん」
見つける前は地図に浮かぶ点だった。
反応。
候補。
記録。
今は違う。
それぞれに顔がある。
声がある。
帰りたい場所があるかもしれない。
アデルが廊下の奥から歩いてきた。
「会議を始める。ノノも準備できている」
「はい」
ハレルたちは会議室へ向かった。
◆ ◆ ◆
【王国警備局・南棟/臨時会議室】
中央の水晶板に、現在の確認状況が並んでいた。
《高瀬直人》
《本人確認・完了》
《現実世界出身》
《帰還意思・あり》
《希望先・自宅/現実世界》
次。
《候補A》
《成人女性》
《本人確認・未了》
《名前・未確認》
《出身世界・高確率で現実側》
《帰還意思・未確認》
次。
《佐野悠真》
《本人確認・本人申告あり》
眠狂四郎
409
206
上野文
7,990
こはる
1,321
《現実世界出身・高》
《家族情報・照合中》
《帰還意思・確認待ち》
次。
《三浦啓介》
《本人確認・高》
《現実世界出身》
《帰還意思・あり》
《希望先・現実世界》
そして。
《候補D》
《長谷川修一との一致可能性・高》
《身体候補・現実側で生存》
《本人確定・未了》
《現実側への移動反応・あり》
アデルが全員を見る。
「これが現在、異世界側で保護している者だ」
ヴェルニが腕を組む。
「旧実験区画は?」
ノノが答える。
「生きてる人が複数いたわけじゃなかった。ほとんどは昔の残響」
画面が切り替わる。
《候補E・旧実験区画》
《複数反応の大半・過去残留》
《現在活動反応・リーネ関連経路》
《リーネ・アスト救出済》
「だから候補Eについては、今のところ新しい生存者反応は出てない」
アデルが確認する。
「今のところ、だな」
「うん」
ノノも頷く。
「“いない”とは断定しない。広域観測は続ける」
ハレルが聞いた。
「ほかの場所は?」
「王都周辺も、北西部も再走査してる」
ノノは新しい地図を開く。
以前は複数の弱い点が散らばっていた。
今はその多くに印が付いている。
《確認済》
《過去残響》
《重複》
《監視継続》
「以前拾った強い候補は、これで一通り追えた」
「じゃあ……」
サキが言いかける。
ノノが先に答えた。
「まだ“全員見つけた”とは言わないよ」
「うん」
「今確認できる強い反応を一通り調べた、って段階」
アデルも続ける。
「捜索は止めない」
ハレルは頷いた。
それでいい。
全員見つけた、と
簡単に言えることではない。
◆ ◆ ◆
最初に本人の意思を確認することになったのは、佐野悠真だった。
ただし帰還手続きを始めるためではない。
今何を望んでいるか。
それだけを聞く。
ハレルとサキが本人確認室へ入る。
悠真は椅子に座っていた。
机の上には紙とペン。
その紙には日本の住所が途中まで書かれている。
「思い出した?」
ハレルが聞く。
悠真が頷く。
「町までは」
住所。
学校名。
母親の名前。
父親の名前。
少しずつ現実世界の記憶が戻っている。
ノノと日下部が現実側で照合していた。
結果。
《佐野悠真》
同姓同名。
年齢一致。
失踪届あり。
そして。
家族。
生存確認。
ハレルは、その結果を伝える前に聞いた。
「今、どうしたい?」
悠真は黙る。
「家族は見つかった」
顔が上がった。
「……本当に?」
「うん」
悠真の目が揺れる。
「母さんも?」
「いる」
「父さんも?」
「いる」
しばらく何も言わなかった。
やがて。
「帰りたい」
小さな声。
「日本に?」
悠真が頷く。
「帰りたい」
そして少しだけ間を置いた。
「でも……怖い」
ハレルは何も言わず待った。
「何年経ってるか分からないし」
「みんな、俺が死んだって思ってるかもしれない」
「学校も……友達も……」
声が震える。
「帰ったら全部元通りになるわけじゃないんだろ」
ハレルは答えた。
「たぶん」
悠真が顔を上げる。
「でも、帰りたいなら」
ハレルは続けた。
「その方法を作る」
悠真は長く黙ってから。
もう一度頷いた。
「……帰る」
◆ ◆ ◆
王都地下で見つかった女性は
まだ答えを出せなかった。
「現実世界って言われても……分からない」
本人確認室。
女性は両手を膝の上に置いている。
ノノから送られた現実側の写真。
街。車。駅。店。
そのいくつかには反応した。
だが名前は戻らない。
家族も。
住所も。
「見たことはある気がする」
女性は写真を見る。
「でも」
ゆっくり首を振る。
「帰りたい場所かどうかは分からない」
アデルが答える。
「なら決める必要はない」
女性が驚く。
「みんなは、帰るんでしょう?」
「帰りたい者はな」
「私だけ残ったら?」
「残ればいい」
アデルは淡々としていた。
「少なくとも、自分で決められるまではここにいろ」
女性の目が少し潤む。
「迷惑じゃない?」
「迷惑なら最初から保護していない」
ハレルは黙って聞いていた。
今はそれでいい。
名前がないから。
選べないから。
誰かが代わりに答える。
それをしないためにここまで来た。
◆ ◆ ◆
【現実世界・都内総合病院/特別管理病室】
リーネはベッドの上で眠っていた。
七年前に消えた時の身体。
そこからほとんど時間が進んでいないように見える。
医師たちも
その点には強い違和感を持っていた。
通常なら七年間。
どこかで生きていた身体なら年齢も進む。
筋肉も変化する。
だがリーネは違った。
第三保留層の中では。
身体そのものの時間が、極端に遅く固定されていた可能性がある。
日下部が記録を見ている。
「生命反応は安定しています」
城ヶ峰が尋ねる。
「会話は?」
「短時間なら」
ベッド脇の通信端末。
異世界側。
イデール。
『リーネ~』
リーネが目を開く。
「……イデール」
『調子どう?』
「身体……重い」
『そりゃそうだよ~。ずっと変なところにいたんだから』
少しだけリーネが笑った。
本当にわずかだった。
だが七年前。
不安そうに病室の壁を見つめていた女性とは違う表情だった。
イデールが尋ねる。
『王都のこと、覚えてる?』
「うん」
『治療班は?』
「覚えてる」
『私のことも?』
「うるさい人」
『ひどいな~』
リーネがまた少し笑った。
その反応を見て。
日下部が本人記憶の一致項目を追加する。
ただし城ヶ峰は
一番重要な質問をまだしなかった。
どこへ帰りたい。
それは今日聞く必要はない。
◆ ◆ ◆
【現実世界・関東圏/福祉施設】
レグナ・フォルスは窓際に座っていた。
七年前。
異世界から身体ごと現実へ来た可能性が極めて高い男。
現在の日本で使っている名前。
山岡隆司。
異世界での名前。
レグナ・フォルス。
二つどちらも本人にとっては嘘ではない。
城ヶ峰との面談以降
レグナは昔のことを少しずつ話し始めていた。
王都。
南地区。
家具職人。
小さな工房。
同僚。
そして。
戦争。
大規模な結界がぶつかった日。
「空が割れた」
レグナは職員にそう話した。
「音はしなかった」
「でも、光が曲がった」
城ヶ峰が尋ねる。
「その直後に日本へ?」
「覚えていません」
「気づいたら?」
「公園でした」
レグナは窓の外を見る。
七年間日本で生きてきた。
「王都へ戻りたいですか」
城ヶ峰が改めて尋ねた。
レグナはすぐに答えなかった。
「分かりません」
前と同じ答え。
しかし今回は続きがあった。
「七年前なら」
少し間を置く。
「迷わず帰ると言ったと思います」
城ヶ峰は黙って聞く。
「でも今は、こちらにも知っている人がいる」
施設の職員。
同じ入所者。
近所の店。
七年間で作った生活。
「向こうに帰れば」
レグナは言う。
「こちらの人たちには、また私は突然消えた人になるのでしょう」
城ヶ峰は答えなかった。
簡単に答えられることではない。
「だから」
レグナが言う。
「少し考えさせてください」
「ああ」
「それでもいいのですか」
「そのために聞いている」
レグナはゆっくり頷いた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・警察関連施設/臨時合同分析室・夕方】
現実側でも候補者一覧が作られ始めていた。
《レグナ・フォルス》
《異世界出身・本人確認高》
《現実側生活・約七年》
《帰還意思・保留》
その下。
新しい候補が複数。
古い医療記録。
身元不明者。
警察保護記録。
言語不明者。
一人ずつ現況確認が進められている。
木崎が画面を見る。
「思ったよりいるかもしれないな」
日下部が答える。
「ただし、候補の大半は無関係です」
「そりゃそうだろ」
「だから慎重に絞ります」
別画面。
王都側の候補者。
現実側の候補者。
二つの一覧が同じ画面へ並ぶ。
世界は違う。
原因も。
時間も。
転移の形も違う。
だが同じことだけは
全員に確認しなければならない。
本人が今、どうしたいのか。
◆ ◆ ◆
【異世界・王国警備局/帰還保護区画・夜】
ノノは一日の記録をまとめていた。
《高瀬直人・帰還希望》
《佐野悠真・帰還希望》
《三浦啓介・帰還希望》
《候補A・判断保留》
《候補D・本人確定作業継続》
そして現実側。
《リーネ・アスト・安定化待ち》
《レグナ・フォルス・判断保留》
アデルが水晶板を見る。
「帰す人数だけを数えるな」
「うん」
ノノが答える。
「残るって決めた人も、一つの結果だから」
ハレルは廊下の向こうを見る。
いくつもの部屋。
いくつもの人生。
ここまで転移した人間を見つければ、元いた世界へ戻せばいいと思っていた。
だが、七年。十一年。
長い時間が経っている人もいる。
戻るということがその人にとって
本当に“元へ戻る”ことなのか。
それさえ一人ずつ違う。
リオが壁に寄りかかりながら言った。
「まずは帰りたいって言ってる人からだな」
アデルが頷く。
「そうなる」
ハレルが聞く。
「高瀬さんから?」
「その予定だ」
ノノが表示を切り替える。
高瀬直人。リーネ・アスト。
二人の名前が左右へ並ぶ。
一人は
異世界から現実へ帰りたい。
もう一人は
まだ答えを聞いていない。
ただしリーネが王都を覚えていることは確かだ。
ノノが言う。
「高瀬さんで、現実側へ帰る道を確かめる」
そしてリーネの表示を見る。
「リーネさんが回復したら、今度は本人に聞く」
どちらへ帰りたいのか。
一方通行ではない。
二つの世界。
二つの向き。
そのための準備がようやく始まろうとしていた。
コメント
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うわ〜〜第279話、読み終わったよ…!!😭💕 今回、めっちゃいろんな人の「今」が並んでて、胸がぎゅうってなった…。 特に悠真くんの「帰りたい…でも怖い」って言葉、めちゃくちゃ刺さったよ。 何年も経ってて、元通りにならないって分かってるのにそれでも帰るって決めたんだね…。ハレルが「たぶん」って正直に言ってから「でも作る」って言うの、すごく良かった…。 あと王都の女性が「迷惑じゃない?」って聞くシーンも切なかったなあ。 アデルが「迷惑なら最初から保護してない」ってバシッと言うのが、めっちゃアデルらしくてグッときたよ…! それにレグナさんの七年間の「こっちの生活」も重くて、単純に「帰る方が正解」じゃないんだなって考えさせられた。 みんながそれぞれの決断をしていて、それをちゃんと待つ大人たちがいる感じが、この物語の優しさだなって思う😢✨ 次は高瀬さんから現実への道が始まるのか…!ドキドキする…!!