コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
次の日。
2人の人物が、ミューゼの家の前に立っていた。
「分かっていますわよね」
「はい、大事なのは自制心です」
「アリエッタちゃんを怖がらせてはいけませんわ。やさし~くリードしてあげますのよ」
「はいっ。そんな事をした場合、良くても死、悪くて出禁ですからね」
自分達の行動の確認をしたノエラとルイルイは、笑みを浮かべて頷き合った。彼女達にとっては、手の届く場所にあるにも関わらず触れない逸材がいるというのは、処刑以上の罰なのだろう。
そんな2人の目的は、もちろん着せ替えをするのが第一の目的である。ヨークスフィルンへ行く前から着せ替えの事はパフィに厳重注意され、以前よりも勢いは無い。しかし内に秘めた着せ替え欲は、膨らむ一方である。
今や対象はアリエッタだけではなかった。スレンダーなミューゼ、ナイスバディなパフィ、そして王女というネームバリューと美しさを併せ持つネフテリアがモデルとなっている事もあり、その全てが詰まっている目の前の家は、まさに楽園だった。
「店長、ノックする前にヨダレを」
「あらいけない。では……」
ノエラは息を吐き、家のドアへと手を伸ば──
どばたむっ
「えべっ!?」
──そうとしたら、いきなり思いっきり開いたドアに巻き込まれ、ドアと壁に挟まれてしまった。
さらに、
「うえっ!?」
ゴチン
「きゃひっ!?」
ドアが開くと同時に物凄い勢いで飛び出したネフテリアの頭が、ルイルイの頭に直撃。そのまま荷物をまき散らし、ルイルイが尻尾から漏らした糸によって絡まりながら、2人はゴロゴロと転がるのだった。
「あ、あれ? ルイルイさん?」
ドアが開いた先では、蔓を何本も伸ばしたミューゼが、倒れている客人を見て首を傾げていた。
「大丈夫ですかー?」
声をかけるが、聞こえたのは返事ではなくうめき声。
「ん~、仕方ない。一旦回収!」
慌ててネフテリア、ルイルイ、そして散らかった荷物を蔓で回収し、家の中に戻っていく。
ドアが閉まると、ドアと壁に挟まれていたノエラがパタリと倒れた。ミューゼはノエラの存在に気付かなかったのである。その様子を、兵士や通行人達が呆れながら見ていたのだった。
2人を拾って家の中に戻ると、折り紙に色を着けているアリエッタと、育児日記をつけているパフィの姿がある。
「あれ? 王女捨ててないのよ? どうして増えてるのよ?」
「ん-、なんか丁度ルイルイさんが来てたみたい」
「一応その方、偉い方なのですが……」
もはやゴミレベルの扱いの雑さに、オスルェンシスからも流石に苦言が漏れた。しかしエプロンをつけて、アリエッタの家から持ってきて栽培している野菜を抱えているという、護衛らしからぬ状態。
攻撃される王女を放置して、家庭菜園で収穫の手伝いをしていたのだ。
「今更思ったのよ。私達からテリアを守らなくていいのよ?」
「ええ、元々こういう事は多かったですし、なにより御二方には頑張って欲しいですから」
普段はネフテリアを強引に連れ戻す役割を持っているオスルェンシスだが、今は王妃と王女の命令もあり、大人しく外敵からの脅威に対する護衛を務めていた。しかし、ミューゼ達が危害を加えても、全く動かない…どころか、内心応援する始末。
フレアが追放された時は、ネフテリアと一緒にハウドラントへと向かっていた為、何事もなくフレアを王城へ捨ててくることが出来た…という訳ではない。
ミューゼとパフィは知らない事だが、オスルェンシスや兵士がミューゼ達の攻撃から王族を守らないのは、王族側が『対等』を望んでいるからである。アリエッタの正体を知って、女神の娘に畏まられたら怖いという考えも無くは無いが。
最初こそミューゼは畏まったり、丁寧に接する事も多かったが、ネフテリアの方がバカっぽくミューゼに絡み、急激に緊張を解していったのだ。その結果、だいぶ過激な付き合いになっているが、王族側は楽しんでいた。もちろんミューゼを狙っているのも本心ではある。
「だったらテリア様を城に帰すの、協力してくれたらいいのに」
「それに関してはスミマセン。双方の手助けをするなという命令ですので」
「変なの……」
理由は分からずとも、すっかりそんな状況に慣れたミューゼは、ルイルイが持ってきた荷物をまとめ、2人を転がした。そして2人がぶつけた頭を魔法で治療していく。
ミューゼは命の魔法は得意だが、治療はそれほど得意ではない。深い傷は治しきれないものの、表面のたんこぶ程度ならば問題無いのである。
「おーい、ルイルイさん」
「うぅ……あれ?」
治療されたルイルイは、声をかけられるとすぐに目を覚ました。その横では、ネフテリアがオスルェンシスに揺り起こされている。
しかし2人とも起き上がる事が出来ない。
「んー? なんか絡まって……糸?」
「あれ? 王女様? なんで?」
気絶しながら絡まった2人にとって、現状が全く理解できない。
ミューゼが蔓を使ってドアを開け、ネフテリアを思いっきり投げ捨てたところに、偶然ルイルイがいたという事を説明。その間に、ルイルイが絡まった糸を解いていった。
「いや何やってるんですか」
そのツッコミは当然である。
丁度昼という事もあり、パフィが軽食を持ってきた所で、ルイルイが来た目的を聞く事にした。
「なるほど、新作」
「その試作なのですが、一度みなさんに見てもらおうと思ってます。もちろん試着も」
「わたくしも! わたくしも!」
試着と聞いて、1人勢いよく挙手。
「ええ、王女様の分もありますので、ぜひ」
「用意が良いのよ」
「当然です……ん?」
この時、ルイルイは何かを思い出しかけたが、それが何なのかは分からなかった。
「それでは、こちらがパフィさん、ミューゼさんの服です。アリエッタちゃんは……まずミューゼさんが着替えた方が良いでしょう。ネフテリア様はこちらで着付けますので」
「はーい」
ミューゼとパフィがその場で脱ぎ始め、一瞬アリエッタがビクッっと驚いた。
(なんでいきなり着替え……あぁそっか。男がいないからか)
この状況にもそれなりに慣れてきたアリエッタは、近くにある小さな服とミューゼを交互に見る。そして決心して、自分で服を脱ぎ始めた。
「おやおや。アリエッタちゃんがミューゼの真似して着替え始めたわ」
「えっ、なにそれ可愛い……」
会話は分からずとも、状況判断で行動を起こせば、間違っていない限り止められないと学んだアリエッタは、置かれていた服を手に取り、どう着ればいいのか観察。しかしそれはアリエッタにとって見覚えのある服。あまり悩む事無く、袖を通していった。
「せっせと着替えてるのがまたイイのよ……」
『わかる』
着替えの間、語彙力の乏しい会話が繰り広げられていた。大人達の手が完全に止まっている。
(描いておいてなんだけど、やっぱりコスプレだよねぇ。まぁ普段着もそんな感じだし今更か)
服の設計として、多少の構造指定もちゃっかり描いていたお陰で、触って確認すればすぐに自分で着る事が出来る。
大きく開いた赤と白のスカート、白のシャツに黒のビスチェを装着。赤いケープを羽織り、仕上げにケープについているフードを被った。そして姿見の前でクルリ。
「おおー!」(我ながらよく似合う! 女の子達がお洒落やコスプレしたがる気持ちが実感出来たよ!)
腰についたフサフサの尻尾が揺れ、フードについた狼の耳が、ペタンと垂れた。
(むふふ。童話そのままだと味気ないからって、アレンジして正解だったかも)
デザインした服は、前世の童話の主人公を元に、色々手を加えたものである。もちろん今いる次元には同じ話は存在していない為、元ネタがある事を知られる事すら、まずあり得ない。
以前なんとか伝えた刺繍や、色違いの糸を組み合わせた布も使われ、ファナリアとしては初となる模様を使った服が、販売向けとして正式に作られたのだった。
ソックスなどはまだ履いていないものの、服の出来に満足したアリエッタは、ミューゼに見せる為に振り返った。
「みゅーぜ…えええええっ!?」
そこには、着替え中の状態で天に召されかけているミューゼの姿が。
さらに横を見ると、興奮のあまり顔を真っ赤にして鼻血を垂らすパフィ、アリエッタを崇めながら涙を滝のように流すルイルイ、そして放心状態で倒れているネフテリアがいる。ちなみにルイルイ以外は着替え中である。
「だいじょうぶ? だいじょうぶ!?」
「んへあっ!? あれ、4年前に亡くなったおばあちゃんは? 久しぶりに会えたのに……」
どうやら危ない所だったようだ。
「だいじょうぶ?」
「あ、アリエッタ……なにその可愛さ……はぁはぁ」
首を傾げたアリエッタによって、再びアブナイ状況になった。主に目と息づかいが。
「ぱひー! ぱひー!」(よく分からないけど、みゅーぜは大丈夫。次はぱひーだ!」
こうして、部屋にいる4人全員の蘇生活動で、少々時間を費やしたのだった。
「いやぁ、可愛いアリエッタちゃんが最高に可愛い服を着ると、ここまで破壊力があるとは」
「ふぅ……ハウドラントの寝間着でも危なかったのに、これはたまらないのよ」
「本当ですね。この姿、店長にも見せたかっ……あ」
王女達を半裸にしたままアリエッタを堪能したルイルイが、今まで忘れていた事を思い出した。急激に顔色が悪くなっていく。
「そうでした店長も一緒に来てるんでしたあぁぁ!!」
「え? 外で拾ったのはルイルイさんだけでしたけど?」
「てんちょおおぉぉぉ!!」
大慌てのルイルイは、首を傾げる着替え中のミューゼ達を残して、リビングから出て行くのだった。
ほんの少し時間を遡って、こちらは家の外。今もネフテリアがいる事で、ミューゼの家には数人の兵士が交代で警備していた。
そんな男達の中心で、横たえられたノエラが目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
「くぅぅ……いたたた。えーっと……」
事態が全く飲み込めないノエラは、兵士達に説明を聞き、ルイルイがミューゼに拾われて、家に持っていかれた事を知った。流石にいろんな意味で酷い潰され方だったせいか、ドアと壁に挟まれた事はぼかされていたが。
なんとなく状況を飲みこみ、ルイルイを追って改めてミューゼの家へ入ろうと、ドアへ手を伸ば──
ばたんっ
「がべっ!?」
「てんちょおぉぉぉ!!」
──そうとしたら、またしても思いっきり開いたドアに巻き込まれ、ドアと壁に挟まれてしまったのだった。
「……あれっ? 店長?」
なんとも言えない沈黙の中、ノエラを呼ぶルイルイへの返事の代わりに、哀れみが籠った兵士達のため息だけが辺りを支配した。