「魔法の言葉」
一瞬、 久世(くせ)さんがなにを言ったのかわからなかった。
(リハビリ……って)
それって……久世さんと連絡以外にメッセージのやりとりをする……ってこと……?
「たとえばそうですね……。僕と一日一回、なんでもいいので、メッセージの交換をしてみるのはいかがですか?」
「えっ」
「内容は本当になんでもいいんですよ。ただのあいさつでも、ひと言でもいいんです。目的は男性とのやりとりに慣れることですから」
「えっ!いや、でも……」
私の事情を考えて提案してくれているのはわかる。
わかるけど……緊張するし、さすがにそこまでしてもらうのは気が引けてしまう。
「ちょ、ちょっとそれは……。うまく話せる自信もないですし……!」
「うまく話そうなんて思わなくていいんですよ。無理してほしいわけじゃなくて、本当にリハビリというか……。僕をつかって、すこしずつ男の人を平気になってもらえないかと思っただけですから」
「あ……」
「でも……やっぱり美穂(みほ)さんが難しいのでしたら、別の案を考えますね」
そう言って、久世さんは「うーん」と 唸(うな)って黙りこんでしまった。
「あっ」
……ど、どうしよう。
久世さんには男の人が苦手なことも、結婚に対する考えも言えたから、やりとり自体はできると思っている。
でも迷惑じゃないか心配だし、ちゃんと話ができるか不安だし―――。
「や、やりとり自体はできると思ってるんです。でも、本当にリハビリしてもらっていいんですか……?迷惑をかけそうだし、それに私……ちゃんと話せるかもわからないし……」
「あぁ、そんなことは気にしないでください。アドバイザーが男性で、美穂さんにとってマイナスもあるでしょうが、それを逆手(さかて)にとって利用しましょう。好きな人を見つけるために、できることはさせてほしいんです」
おずおずと口にすれば、久世さんは私を安心させるよう、力強く言ってくれた。
「久世さん……」
「あと、事情を打ち明けてくださったことも嬉しかったんですよ。その気持ちに応えたいですし……。だから……美穂さんがよければ、気負わずゆっくりやっていきませんか?きっと大丈夫ですよ」
久世さんの言葉が心まですっと入ってくる。
思いきって悩みを打ち明けたことを「嬉しい」ととらえてくれて、不安や心配をまるごと受け止めてくれて……胸が熱くなった。
「……わかりました。これからよろしくお願いします」
「よかった。こちらこそよろしくお願いします」
笑って通話を終えると、ほっとしたのと同時に、急に心臓の音が大きく聞こえた。
(ド、ドキドキした……)
こんなに長い間男の人と話していたのは初めてかもしれない。
久世さんが男の人だったことも、男の人が苦手なことを話せたことも……。
そのリハビリのために、久世さんとメッセージの交換することになったことも、まるで嘘みたいだ。
「なんか、いろいろ信じられない……」
今話したことが頭の中をぐるぐる回って、ベッドに横になっても落ちつかない。
ぼんやりしていると、ふっと久世さんの言ってくれた「大丈夫」が頭に浮かんだ。
耳に残る、温かくてやわらかい声。
久世さんの人柄が伝わってくるからか、「大丈夫」だと言ってもらえると、本当に大丈夫な気がして安心するな……。
(……まるで、”大丈夫”が魔法の言葉みたい)
ふと思い浮かんだ考えが、あまりにもぴったりで、小さく笑ってしまった。
それからすこしして、学生マリッジサポート内に新しいメッセージが届いた。
「さきほどはお電話ありがとうございました。美穂さんの結婚に対するお考えや、ご自身のことも聞かせていただけて嬉しかったです。あと交換メッセージにつきましては、本当になんでもよくて……。たとえば私の昼ごはんはサンドイッチだったんですが、美穂さんのお昼はなんでしたか?」
「お昼ごはんって……」
最後の一文を見て、思わずまた笑ってしまった。
きっと久世さんのことだから、答えやすい質問を考えてこう言ってくれたんだろう。
「こちらこそありがとうございました。これからよろしくお願いします。私のお昼ごはんはお弁当です。オムライスでした。」
メッセージを送ると、私ははあっと大きく息をはいた。
……大丈夫。
男の人でも、久世さんなら安心して話ができる。
アドバイザーがこんなふうに寄り添ってくれる人でよかった。
久世さんでよかったんだと思うと、さっきまで激しかった動悸が、いつの間にか落ち着いていた。
それから数日後の月曜日。
結婚のことでしばらく学校を休んでいたあかねが、一週間ぶりに復帰した。
「あかね、一緒にお弁当食べようー!」
ひさびさに話がしたくて、あかねのクラスにお昼を誘いにいくと、あかねは「オッケー!」と大きく笑ってくれた。
裏庭のベンチでお弁当を食べつつ、私はさっそくあかねが休んでいた間のこと―――結婚式と新婚旅行のことを尋ねた。
「あらためて結婚おめでとうー!結婚式はどうだった?新婚旅行は楽しかった?」
「ありがとう!結婚式は柄(がら)にもなく泣いちゃったよ。新婚旅行も楽しかったよー!またおみやげ渡すね!あっ、昨日引っ越しが終わったから、今度うちにも遊びにきて」
「あっ、うん!」
あかねの表情はキラキラしているし、幸せだと伝わってきて、私も嬉しくなる。
「あかねの結婚式の写真を見て、いいなーってすっごく思ったの。それで、実は……。私も思いきって、結婚相手を探すことにしたんだ」
「……えっ!?」
「実はもう結婚情報サービスに入会してね、結婚活動を始める準備中なんだ」
「えーっ、ほんとにー!?……そっか。やっとそういう気になったんだ。よかった……!」
あかねはすこし泣きそうな顔をして、私のひざをパンパンとたたいた。
あかねにはチカンにあったことも、それから男の人が苦手になったことも話していた。
男子とうまく話せないことも、近づかれると怖いことも気にかけてくれていたから……こうしてあらためて話すと、ちょっと照れくさい。
「えへへ、あかね見ていたら、私も好きな人を見つけたくなって。今から探せば25歳までに見つかるかもしれないし、それでマリッジサポートつかってみようって決心がついて……」
「えっ、マリッジサポート!?」
その時、突然真後ろから大きな声がした。
ビクッとして振り返ると、通りかかったクラスメイト――― 赤桐准(あかぎりじゅん)くんがこちらを見ている。
「わっ、赤准(あかじゅん)じゃん……!驚いたー」
私も驚いてあかねと顔を見合わせた。
赤桐准くん―――通称「 赤准(あかじゅん)」くんは、中学の時あかねと通っていた塾が同じだった男の子。
同じ高校になってからは、私は彼と2年間同じクラスで……苦手意識はあっても、唯一話せる男の子だった。
「……おい筒井(つつい)、マリッジサポートつかうって……。それってもしかして、結婚相手探す……ってこと?」
ありえないとばかりに私をにらみ、赤桐くんはずんずん近づいてくる。
「え?う、うん……」
「はぁー!?」
大声で叫んだ途端、赤桐くんは思いっきり顔をゆがめて、私たちの座るベンチの背をつかんだ。
「わっ」
「お前っ!今まで男に興味もなかったくせに、突然結婚相手探しってなんなんだよ!どうせ続かないって、やめろよそんなの」
「そっ、そう言われても、私だっていろいろ考えが……!」
なっ、なに、突然どうしたの……!?
前のめりになる赤桐くんに押されてのけぞった時、真横で私たちを見ていたあかねが声をあげた。
「ちょっと赤准!急に話に入ってきてなんなのっ?っていうか美穂に近づきすぎ!離れなさいよっ!」
あかねが赤桐くんの肩を押し返した拍子に、彼ははっとしたように私を見た。
あまりの距離の近さにも驚いたけど、それより不可解な言動をとる彼に呆然としてしまう。
赤桐くんは不機嫌な顔から 一変(いっぺん)、気まずそうに身を引いた。
すこし距離ができてほっとするも、赤桐くんは私から目を離さないし、苦い顔をしている。
「……んだよ、それ……」
聞こえてきたのは、「信じられない」と「信じたくない」が混じったような声で―――わけがわからない私は、ドキドキしながら彼を見返すだけだった。
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