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私って悪いコですか?
薄れゆく意識の中で、私は自問自答していた。
黒く塗りつぶされていく自分の記憶に、恐怖感を抱いていたのにそれがすっかり無くなってしまったような気がしたのだ。ああ、この水の中は気持ちが良い、怖いことも辛いことも全部忘れられると思ったのだ。
両親に愛されなかったこと、学校で虐めを受けたこと。それらが原因で人間不信になったこと。遥輝に何も返せなかったこと。偽物聖女に転生したこと。
それらが、ぜーんぶどうでも良くなる気がして、私は口角を上げて笑っていた。もしかしたら、今の私は滅茶苦茶悪女に見えるかも知れない。
まあ、そんなことどうでも良いんだ。
『……私の記憶』
ふと、目の前に自分が吐いた息だと思われる水泡が現われ、昔の私の記憶を映し出した。
苦い記憶、忘れたい記憶、辛い記憶。
小学生の私が、親に見放されたという記憶がそこには映し出された。
あれだけ勉強をして、頑張って中学受験にも受かったのに、両親は何も言わなかった。それどころか、家に帰ってくる頻度が少なかったというのに、それがもう全くなくなってしまった。聞いた話……というか、紙には「大きくなった貴方へ、もう私達が何かしてあげる必要は無いですね」的な事が書いてあったのだ。
きっと、私が仕事をする上で邪魔だったのだろう。なら、最初から産まなければ良かったのにと思ったが、私は小学生の時、両親がそんなんだから、愛を与えてくれなかったから覚めてしまったのかも知れない。両親からの愛は期待しない。これが、私の出した結論だった。
自分たちのマンションを買って、そこから会社に行けるようにしていたみたいで。まあ、仕送りとかはして貰っていたし、本当に育児放棄を……ではなかったみたいだった。いや、育児放棄そのものなのだが。彼らが取った行動は。
だけど、怒る気にもなれなかった。
両親が、母親が授業参観に参加しなくても、家庭訪問に来て先生が秒で帰ってしまうことも。それが私の家では普通だったから。他の普通の家を羨ましくは思わなかった。思う気持ちもなくなってしまった。
だって、両親にどれだけ言って彼らが私の言葉に耳を傾けてくれることはなかったから。
普通を望まなかった。
これが第一の転機。
二つ目は、両親がそんなんだから私は二次元に走った。ピアノを頑張ったところで、勉強を頑張ったところで褒めてくれない。家にも帰ってくれない。なら私は好きなことを他に見つけなければと思った。そこで、中学生に上がる前、アニメを初めて見て衝撃を受けてそれにずぶずぶとはまってしまった。
二次元のキャラのゲーム、現実では感じられない温かさがあった。確かに、画面の向こうにいる人で、手なんて繋げないし、まだまだ技術は未発達だから、本当に私の名前を呼んでくれるわけじゃない。でも、彼らは私に優しかった。
二次元のキャラは私を否定しなかった。それだけで、私は救われた。
救われようとしていた。
こんなに好きになったのは初めて、中学生になったらこの話で盛り上がろうと、沢山沢山本を読んだ。
けれど、そこの学校は二次元のキャラより三次元のキャラ、例えばアイドルとかそう言うのが好きなこが多かった。私はそう言った話にめっぽう弱くて、テレビなんてアニメを見るためにしかつけなかったから、アイドルの名前とかグループとか曲とかそういうのを知らなかった。知っているのはアニソンとかボカロとかそっちだけ。
だから、私は彼女たちに奇異の目を向けられた。
アニメって何って……否定された。
読めば分かると説得したし、私はどうにか推しキャラのことを知ってもらいたくて熱弁したら、それがまた気持ち悪いって言われて。
それで完全に孤立してしまった。
ああ、やってしまった。そんなことを思ったときには遅かった。
私はきもオタとかいわれて、気味悪がられた。私からすれば、アイドルが好きできゃーきゃー言っている女の子が理解できなかったし、それはそれで一種のオタクだろうと思った。でも、彼女たちは、同じ趣味を持つこがいるから仲間外れを作らず固まることが出来た。数の暴力ともで言うのだろうか。
そうやって、私の中学生活は最悪なものになった。
本当は、アニメが好きって子もいたみたいだけど、そのアイドル好きの子達が所謂カースト上位のこだったから、自分も話を合わせないと虐められるって思ったんだろう。だから、私に話しかけてくることはなかった。
知ってたんだよ? このキャラが好きなんでしょ? 何で、話してくれないの?
私は中学生活を最悪な気分でおくり、そのたび二次元のキャラに慰めて貰っていた。
そうして、何度も何度も、二次元の世界にいけたらいいのにって泣きじゃくった。
私は親にも友達にも理解されない存在なんだと。
二度目の転機。
そこまで、別に人と関わるのが苦手だったわけじゃないけど、その二つのことがあって私は人間不信になった。人と関わるのが嫌になった。どうせ、私の言葉なんかに耳を貸してくれないんだろうって、理解しようとしてくれないんだろうって諦めた。
だから、高校生活はひっそりと……
そこまで、自分の過去が見えて、そこから良い方向に行ったはずなのに……と、ふと思い返してみようとしたとき、ズキンと頭が痛んだ。
まるで思い出すなとでも言うように。
(でも、私の高校生活は――――)
悪い物ではなかったはず。だって、だって、私には――――
『や……だれ、おもいだせない……』
そう、私の高校生活では三度目の転機が訪れた。そう、友達が出来たのだ。オタ友。初めて趣味があったこ。私に話しかけてくれたこ。一緒にゲームセンターとかアニメショップをまわったこ。
好きだった、支えだった、初めての友達だった。
なのに――――
『どうして、どうして思い出せないの!』
その子の顔にもやがかかって私は思い出せなかった。思い出そうとすればするほど私の頭はズキンと痛む。
苦しい……真っ黒い水の中で息ができなくなり、私は思い出すのをやめようと思った。
彼女のこと……彼かも知れないけど、忘れた方が楽になるのかも知れないって思った。
『……、まだ、何か、思いで、あったっけ』
良い思い出があまりない気がして、良い思い出を探すのは大変だった。
思い出せないけど。
『……私、誰か、好きだったっけ?』
ここに来てからの記憶もうしないつつあることに絶句した。ここは、好きな乙女ゲームの世界で、それで、私は……
『悪役聖女、偽物聖女になっちゃったんだった。あーあ、私ついてないな』
でも、必死になって攻略キャラを攻略しようとした。
亜麻色の髪の子とか、黒髪の人とか、ピンクの双子とか……
あと二人いた気がしたが、どうにもその二人が思い出せなかった。一人は、なんとなく髪の毛が長かった気がしたけれど、もう一人は全く記憶にもなかった。
いた。ということだけ覚えている後は何も。
私が作り出した架空の人物?
そう問いかけて、私は首を横に振った。
思い出せないだけで、きっとその人も先ほど忘れた人と同じぐらい大切な人なんだろうと。
私はそう考えて、自然と目から涙が零れていることに気がついた。水の中でもはっきりと自分が泣いていることに。
『あれ、あれ、忘れちゃいけない人だった気がする。その人に何か言わないとって、その人のこと一杯傷つけて、それでそれで、私は――――』
ズキンッ!
と、コレまで感じたことのない痛みが、脳みそを抉るように走る。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!
考えない方が楽なのに、私の頭はそれをよしとしなかった。
考えて、思い出して、思い出して、思い出して。と叫んでいる。
だが、その声に混じって、憎悪の籠もった声が私を射貫くように言うのだ。
『偽物聖女なんだから、そろそろ消えなよ』
と。偽物聖女、確かにそうだと私は笑う。でも、私は抗うと決めていた。何故だか分からなかったけど、いつもの私ならとっくに諦めているだろうに。
私は、頭を必死で抑えながら、息のできない水の中で必死にその誰かの名前を叫ぼうとした。叫ぼうとすればするほど肺に水がたまっていくようで、ゴボゴボと酸素が抜けていく。
それでも、私は届かない声で叫んだ。
『――――、――――!』
くぐもっていた声が、自分の耳にも響く。
「×××ッ!」
そう、叫んだ時、真っ黒い水に一点の光が差し込んだ。
「エトワールッ!」