テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「そういえば白露、ちょっと思い出したんだ。交差点ってのは危険な場所らしいぞ」
「へぇ、どうして?」
「十字路には怖い魔物が住み着いていて、やってきた人を迷わせるんだと」
自分で話していながら笑ってしまう。非現実的な話だけど、欧米では伝えられてる話らしい。白露は腑に落ちた様子で頷いていた。
「何かその感じ分かるかも。この世界にも魔物がいるってことかな!? 俺何年もここにいるけど、会ったことない……!」
「じゃあここにはいないんじゃないか? いたら、俺も全速力で逃げてるよ。オカルトだもんなぁ……でも信じてないと、ここには来れないんだろうな」
時間を合わせて十字路に入るだけなら、今頃何千何万という人がこの世界に来ているはずだ。しかしここにいるのは白露と自分だけ。一体、どんな条件が合致したのだろう。
…………。
大事なこともここにいれば忘れていく。
いつか、自分のことすら忘れてしまう。
「清心?」
動かない自分を不思議に思ったのか、白露は心配そうに近付いてきた。
俺は何がしたいんだろう。この先どうなりたいんだろう。
感情ほど不確実なものはない。目に見えない、信じられない。自分のことすら。
この世界の時間は止まっている。だから考えるよりも先に彼の腰を掴み、引き寄せた。
「んっ!」
かける言葉が見つからない時は、そもそも口を塞いでしまえばいい。そんな愚直な発想が蠢く。
清心は白露を押し倒し、彼の身体を愛撫した。
「あ……っ……気持ちいい……」
蕩けた瞳でそう零す少年は、狂いかけた青年を惑わす。
感覚だけ、何分、何十分と経過していく。深く、深く、暗い泥の中に潜り込んでいく。きっともう、這い上がることはできない。
────そう思って諦めたら、ここで終わりだ。
「白露」
清心は衣服を整え、身を起こした。
「俺と一緒に、帰ろう?」
「え……」
振り向き手を差し出す。
床に寝ている少年に向かって、真っ直ぐ伸ばした。いつでも触れられる距離にいたから。
「大丈夫だよ。帰ってもお前は独りじゃない。俺がいるだろ」
「……ううん。いないよ。だって清心は俺以外に大切な人がたくさんいるでしょ? 友達も家族もいて、俺とずっと一緒にいてくれるわけじゃない。俺がいなくても困るわけじゃない。それじゃ無理だ。向こうに帰りたくない」
白露は清心の手を取ろうとせず、自身で起き上がる。色素の薄い肌が、さらに色を失くしていた。
「誰もいない場所なら独りでも耐えられる。でも皆いる場所で独りは嫌なんだ。臆病で、我儘で、子どもみたいだって分かってる。でも、それでも嫌なんだよ。……そんな気持ち、幸せな清心にはわからないでしょ」