文化祭2日目────…
昨日の大盛況を受けて、今日はさらに賑わっていた。
廊下には開店前から行列ができていて、僕たちのクラスの売り上げは学年全体でもトップクラスだったそうだ。
その喧騒と達成感に、僕は疲労を忘れるほどだった。
「お客様、お飲み物をお持ちいたしました」
僕は再びセーラー服姿で、慣れた手つきで完璧なメイドのように振舞いながら、お客様に飲み物を運んでいた。
エプロンのフリルと、少しタイトなスカートの感触が、非日常を演出する。
學くんも隣で、爽やかで誰にでも分け隔てない笑顔で、きびきびと対応している。
彼の周りだけ、いつも明るい光が当たっているようだ。
「今日もすごい人だな~」
學くんが、カウンターの影で小声で息を吐いた。
「うん、なんか昨日よりも多い気がする…!」
僕も疲労を滲ませながら返した。
午後になり、足の裏がじんじんし始め、肉体的な疲れを感じ始めた頃だった。
ドリンクの受け渡しで、學くんとすれ違いざまになった瞬間
彼は顔を近づけ、誰にも気づかれないように「ひとみ、ちょっと耳貸して?」と小さく耳打ちしてくる。
彼の声は、周囲のざわめきに紛れるほど小さかった。
「何?」
僕がわずかに首を傾げると、続けて。
周りのお客さんに聞こえないように學くんは耳元で小さく囁いてきた。
「今日の後夜祭、教室で打ち上げ花火見る人もいるしさ…空き教室で待ってるから一人で来てくれる?」
その言葉に僕の心臓はドキッとした。
予想外の誘いに、思考がフリーズする。
「?わ、わかった」
閉店作業が終わった夕暮れ時。
西日が長い廊下に影を落としていた。
片付けを終えた生徒たちがそれぞれ解散していく中
僕もセーラー服からいつもの男子の制服に着替えると
人目を避けるように、約束通りに自分の教室の隣の空き教室に向かった。
心臓はまだ、あの時の言葉を思い出して高鳴っている。
扉をそっと開けると、窓際に學くんがすでに立っていて
外の茜色を背景に、こちらに気づくと笑顔で手を振ってくれた。
「お、きたきた、おつかれさん」
「まなぶくんもお疲れ様……っていうか、どうしてここに…?」
僕は緊張で、少しだけ声が上擦ったのを感じた。
夕陽に照らされた學くんの横顔は、なんだかいつもより真剣で、その真剣な眼差しに胸がドキドキする。
彼はしばらく黙ってから、窓の外の景色から僕へと視線を移し、意を決したように続けた。
「ひとみが可愛いから……独り占めしたくなっちゃった」
「へっ?!か、かわいいって……」
「ふっ…そういうとこも可愛いよね」
「ま、また僕のことからかってるんでしょまなぶくん!」
僕は恥ずかしさから、いつもの調子でごまかそうとした。
しかし
「今は、本気だよ」
彼の声は、低く、力強かった。
「え……?」
彼はゆっくりと近づいてきて
僕が逃げられないように、僕の手首を優しく掴んだ。
彼の体温が、僕の手を通して全身に伝わる。
「ねね、前にクラスの連中に「お前らってBLっぽい」っ的なこと、言われたの覚えてる?」
「えっ?あ、うっうん…覚えてるけど……」
「質問なんだけど、ひとみはさ、俺とBLみたいなことすんの……嫌?」
その真っ直ぐな眼差しに僕は息を詰まらせ、言葉を失ってしまう。
頭の中が真っ白になって
彼の体温と、この密室の静けさが、僕の理性を揺さぶる。
「俺ら男同士じゃん。だけどさ……BLっての知ってから、最近ずっと考えちゃうんだよね」
「ま、まなぶくん……それって…」
「文化祭でのひとみの格好見てたら余計に……なんつーか、欲しくなっちゃってさ」
彼の視線が、僕の制服の上をなぞった。
彼の温かい掌の感触と切実な告白に、全身の体温が上がる。
僕はどう返事をすればいいのか分からなかった。
ただ、彼の手を振り払いたいとは、微塵も思わなかった。
ただひとつ確かなのは—この瞬間、僕も同じ気持ちを持ってしまっているかもしれないということ。
「あっ……えっと……そ…その……」
僕の口から出るのは、意味を成さない音だけだった。
沈黙が流れる中、パン!という破裂音と共に
遠くから後夜祭の始まりを知らせる花火の音が聞こえてきた。
一瞬、窓の外が明るくなる。
言葉が詰まる僕に學くんは、優しく
少しだけ悲しそうな色を帯びた声で微笑んだ。
「急に変なこと言ってごめん、やっぱ困らせた?」
「ううん……そんなことない…BLって、なにするのかよく分からないけど…なんていうか……っ」
僕は、震える声で、必死に言葉を紡いだ。
自分でも驚くほど素直な言葉が出た。
「僕、まなぶくんと一緒にいると楽しいし…それに……」
「それに?」
學くんは、希望を込めたように、僕をじっと見つめた。
「こっ、この間から……まなぶくんのことばっかり考えちゃってたから……!そういう関係になっても、まなぶくんなら、いいかもって…」
僕は意を決して、顔を赤くしながら、本心を打ち明けた。
思わず口に出てしまった言葉に自分で赤くなる。
それでも嘘じゃない。
學くんは、驚きが歓喜に変わるような表情のあと
ふわりと優しい笑顔になった。
そして一歩近づいて、僕の耳のすぐそばで囁いた。
「そんな可愛すぎること言われたら……俺もう我慢できないかも…」
そのまま彼は僕の体をぎゅっと抱き締められて
突然の力強い抱擁に初めての感覚に戸惑いながらも、彼の腕の中で僕の心臓は激しく早鐘を打つのだった。
彼の制服越しに伝わる体温と鼓動が、僕の全てを支配した。
「ひとみ…電気消しても大丈夫?」
「…え、でもそしたら、まなぶくんの顔見えなくなっちゃう」
「大丈夫、ひとみから離れないし、視覚じゃなくて、感触で俺を感じて?」
僕が頷くと、學くんは慣れた手付きで教室の電気を消した。
真っ暗な部屋は窓から差し込む花火にぼんやり照らされて幻想的でわいつもと違う景色に見えた。
すると後ろから抱きかかえるように椅子に座り、
學くんは自分の膝の上に僕を乗せて背中にピッタリと寄り添った。
「ま、まなぶくん?」
「ひとみ、せっかくだしキスしてみない?」
「え……!」
突然の提案に思考停止していると
「大丈夫だって、てか…今のはかっこつけか。……俺がひとみとキスしたいんだ。ひとみは、やっぱイヤ?」
「そ、そういうんじゃなくて…初めてだから…どんな顔したらいいのかわかんなく、て」
「…っ、なにそれ可愛すぎ」
學くんは僕の顎を持ち上げ自分の方に向けると、ゆっくり目を閉じるよう促した。
僕はそれに応えて瞼を下ろすと
唇が触れる寸前に學くんの指先が僕の肩に触れてびくんと身体が跳ねる。
それでも學くんは止まらずにそのまま───
柔らかな感触が押し当てられた瞬間、全身に電流が走ったような衝撃が駆け抜けた。
ただ触れ合うだけなのに頭の中が真っ白になりそうで必死に彼にしがみつくしかなかった。
そのうちに、ちゅっと軽く吸い付かれるとさらに熱が増していくのがわかる。
こんなにも胸が高鳴るのはきっとお互い初めて同士だからだろうと思いつつも、幸せ過ぎてどうにかなりそうだと思った。
「…はっ、はあ…」
自分の息と重なるように、學くんの吐息が自分の耳を擽る。
「まな、ぶく…っ、好き……」
「…俺も…俺も好きだよ、ひとみ」
花火の光が、窓を七色に染めながら教室内に射し込む中で交わされた会話と触れ合いは
僕たち二人の関係に新しい色を加えるものとなった。
文化祭最終日の思い出として──
それは決して忘れることのできない瞬間だった。
𝑭𝒊𝒏.








